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「うん。仕事は丁寧に相手の事を考えてするんだよね」
「それは向こうでも地球でも同じだ。学校の掃除でも友達のお願いでも受けた以上はきっちり最後まで面倒をみる。どんな風に働いているかを見ている人間は必ずいる。それにお天道様が見ているって言うのはいい得て妙で、本当に見ているのは自分なんじゃ。
サボらなければサボらない自分に自信が持てる。自信が持てる人間はゆとりができ、そういう人間には人が集まる」
夏休みに入って僕は毎日お爺ちゃんから剣の修行を受けている。お爺ちゃんに向かって木の棒を振ったり突いたりしてるんだけど、当たらないだけじゃなくお爺ちゃんが軽く棒を動かすだけで僕は転んでいたりする。どうなってるのかさっぱりだけどお爺ちゃんはなかなか筋がいいと誉めてくれた。
今は剣の修行を休憩して、冒険者としての心得講座だ。この間からスペクタクルアドベンチャーな話じゃなくなったのは、冒険者として生きていける実のある話にする為だったらしい。
「じゃあ草むしりの続きの話だ。新人の冒険者は、お金はカツカツだが草むしりの依頼を真面目にこなす毎日。それをかならず見ている人間がいる。誰かわかるか」
「自分でしょ。今言ったばかりじゃない」
お爺ちゃんは多少ボケがきているのかもしれない。前にお年を聞いたときには後期高齢者2回分っていってたから多分間違いない。ボケてもお爺ちゃんが好きな事は変わりないけど。
「正解だがまだ他にもいる。それは依頼主だ。考えてみろ草むしりをわざわざお金払ってしてもらわんでも自分ですればいい。お金を払うなら家で正式にお庭番を雇えばいい。ではもう1つ質問だ。なぜ冒険者ギルドにお金を払って依頼をするか」
ごめんなさい。お爺ちゃんはまだボケてないみたいだ。僕は麦茶をいつもよりゆっくりと飲みながら必死に考える。
「お金はあるんだもんね。自分でしないで済むだけのお金はあるけどずうっと雇うほどのお金じゃない…… 違うか。ねえお爺ちゃん、庭を綺麗にする以外の意味なんてあるの?」
「ほう、正解じゃ。ほんに洋は頭の回りがいいのう。これなら立派な冒険者になれるぞ。
では正解のご褒美に、今度泊まりがけで夜営のいろはを教えてやろう」
野営! 冒険者の醍醐味だよね、ぱちぱち燃える焚き火の前で、魔物が襲ってこないか不寝番をするんだ。いついけるのかな。
「答えは洋が言った通り、草むしり以外の意味があって依頼を出している。
草むしりの依頼を出せるような庭をもっているのは商人か貴族ぐらいのもんじゃ。彼らはわざわざ安くないお金を出して、依頼に真面目に取り組む冒険者の卵をいつも探している。
そしてそんな冒険者が見つかれば、もう少し割りのいい商品配達の依頼を出す。ここでも依頼主達は寄り道や商品を抜く事もせず、届け先にも丁寧な態度をとる冒険者なのかを見定める。
そこまで出来る冒険者には武具や消耗品。自らの店の商品を割安で譲ってやる。冒険者は感謝するし結果的に他の駆け出しより安全に力をつけれるようになる」
お爺ちゃんは熱くなると言葉が長くなる癖があって、理解する方は大変なんだけどちゃんと頭に入れておかないと、お爺ちゃんが熱くなる話はきっと意味があるんだと、なんとなくそう思う。
「配達の依頼でも真面目な態度が評価されればそのようやく街を出る護衛の依頼の端に加わる事が出来る。
ここまできてようやく冒険者から仲間としてみてもらえるな」
「冒険者ギルドに入ったら冒険者じゃないの?」
「名乗るだけなら冒険者に資格はいらんよ。しかし冒険者の先達から仲間だと認められるには護衛の依頼を受けられるかで一つの目安になっとるな。
そもそも冒険者ギルドに入った者のだいたい30%はそこまで辿り着けずに死ぬか、立ち直れないケガをするか、金銭的に持たずに田舎に帰ることになる。ああもしくは賊に身をやつすって選択肢もあるか。
ズルをしたりお金に汚いのに力が有って冒険者を続けられるのは20%。彼らは信用がないから『ゴブリンの右耳10個で1万セラ』みたいな常時依頼か素材の売却で生活をするしかなくなる。
そうなると信用を積み重ねてきた冒険者よりも粗末な武具で先達からのアドバイス無しに魔物と戦う羽目になる」
いつもの木陰の椅子に座りながら話を聞いてた僕の背中から冷たい風が吹いてきた気がした。
夏だって言うのに鳥肌が立つ。これはちゃんと聞かないといけない話だ。そして聞くのが怖い話だ。
「他人への思いやりを持ち、お世話になった恩を忘れずに、人に対して礼を尽くし、先人の知恵を重んじ、信用の大切さを忘れない。そんな人間には洋は成れるよう生きていくんだぞ。
才能は他で補うことが出来ても、生きざまだけは本人以外にはどうにも出来ない。そこさえしっかりしていれば、お前なら残りの50%に入る事が出来ると儂は信じておる」
「お爺ちゃんが20%だって言った人は? 助け合いは大切だって先生がいつも言ってるよ、その人たちにもちゃんと話してあげればきっと…… きっと生きられるよ」
気付けばこの時僕は叫んでいたと思う。お爺ちゃんは正しく見捨てろと言っていると理解してしまったからだ。
「先生が口がすっぱくなるぐらい言うのはそれが難しくてなかなか出来ないからだ。ましてや異世界人では魔物がおる。戦う力をつけた熟練の冒険者でも自分を守って残りの力で依頼人か仲間を守るので精一杯。魔物によっては自分1人すら助かるか危うい。だから助け合いが大事なんじゃ
護衛依頼の末席に加わった新人冒険者にベテランは野宿に適した場所選びや魔物の知識、戦いかたの注意点などを雑談として教える。恩に着た新人は他の冒険者の力になる。冒険者通しで恩が回りベテラン冒険者が生き残る確率があがる
洋にはまだ難しいかもしれないが、助け合うのと荷物を背負うのはまるで違う。自分が潰れないか、大切なモノを守りながら背負い続けられるか、荷物が自分の脚で立てるまで面倒をみてやる覚悟が自分にはあるか。そこを踏まえて行動するんじゃよ」
「わからないよ……」
「今日はちと難しかったな。明日は準備をして明後日は野宿を教えてやろう」
憧れの野宿だったけど、今日の話で頭が一杯でとても喜ぶ気持ちが沸いてこなかった。