遭遇
自己紹介が終了した後、優華さんの言った通り、俺たちはそのまま解散となった。
しかし、そのまま帰宅する連中は少なく、それぞれが自分の入りたい部活の見学などに向かっていった。
俺自身も、部活に興味がないわけじゃないが、寮長としての仕事が忙しいからな。掃除に料理に洗濯……気づけばどこぞの主夫のようだ。
「んで? 凜華はどうして帰るんだ?」
くだらないことを思いつつ、俺は隣を歩く凜華にそう訊いた。
「何よ。私は帰っちゃダメなわけ?」
「んなこと言ってないだろ。お前、優華さんに話訊くんじゃなかったのか?」
「それがね……今日学校の仕事が終わったら、私の部屋に来るみたいなの。だから、そのときに話すことになったわけ。全く、今まで散々心配させて……」
「ふぅん……」
なんかよく分からんが、凜華も苦労しているんだな。
「ま、お前の事情は理解した。でも、優華さんは仕事を終わらせてから来るんだろ? なら、時間があるわけだし、お前も部活見ればよかったんじゃないか?」
詳しいことはよく分からないが、大介や秀也が言うには、凜華の運動神経はずば抜けているらしい。だから、中学時代も色々な部活で引く手あまただったとか。なぜアイツらはそんなこと知ってるんだろうか?
「それに、優華さんが寮に来るんなら、何か用意しないとな。晩飯くらい、食べていってもらおう。何なら、部屋は余ってるんだし、一日くらい泊まっても問題ないしな」
「そ、それはダメっ!」
「は?」
「あ……え、ええっと……~~~~っ! 気づきなさいよ、バカっ!」
なぜか凜華に殴られた。こいつ、すげー理不尽だよな。
痛くはないが、鬱陶しい攻撃に顔を顰めながら歩く。
そして、寮が見えてきたころだった。
「……ねぇ、玲雄。なんかうるさくない?」
「お前のことか?」
「……それ、どういう意味か一度詳しく話を聞きたいのだけど?」
軽い冗談だったのに。
「はぁ……もういいわ。とにかく、なんだか寮の方が騒がしいって言うか……」
「ん……言われてみれば、なんか工事みたいな音が聞こえるな」
凜華に言われ、少し耳を澄ましてみると、ズドンっ! やら、ドガンッ! やら、何かを破砕する音が聞こえてくる。ふむ……今日、寮の工事をする予定なんてなかったはずだがな……。
「……取りあえず、見てみないことには何も言えないな。それに、いろいろと困る」
「そうね……もし、誰か危ないヤツでもいたら――――」
「近所迷惑だからな」
「そっち!?」
なぜか驚く凜華を無視し、そのまま寮へと俺は歩いて行った。
そして、寮に帰ると――――。
「な、何よ……これ……」
「……」
寮の庭が、荒らされていた。
もともと、旅館だった施設を寮にしたので、無駄に広い敷地と、寮生活の中で必要のない庭園のような場所があったのだが、そこが見るも無残な姿になっていたのだ。
そしてさらに、その光景に不釣り合いな姿が二つ。
一つは、赤髪の鎧姿の女子で、西洋剣のようなものを構えている。世間で言う、コスプレというヤツだろうか?
そして、もう一方は、青髪の女子で、なぜか空中に浮いた状態のまま、掌に大きな火の玉のようなものを出現させていた。こっちは手品師か? 最近の手品は凄いんだな。
そんなことを思っていると、目の前の二人は口論を始めた。
「魔王! 貴様のせいで私まで巻き込まれたのだ!」
「何を言うか! お主こそ、妾を巻き込んだのじゃ!」
「ぐぐぐぐっ!」
「ぬぬぬぬっ!」
「「やっぱりお前が悪いっ!」」
お互いにそう言い切ると、赤髪の女子は大きな西洋剣にオーラのようなものを纏わせながら振りかぶり、青髪の女子は、両手を上にかざし、巨大な炎の塊を作り上げた。
ふむ……取りあえず――――。
「ふざけんな」
「え!? ちょっ! 玲雄!? あ、危ないわよ! 絶対普通じゃないって!」
凜華の制止を無視し、俺は両者の間に割って入るように歩いて行った。
◆◇◆
私――――宮代凜華は、目の前の光景が理解できなかった。
何よあれ!? 何で空中に浮いてるわけ!? しかも、掌から火が出てるし!
あっちの鎧姿の女の子も、なんで剣なんて持ってるの!? あ、あれ……本物じゃないでしょうね?
いろいろと言いたいことはあるが、とにかく目の前の状況は普通じゃないことだけは分かった。
呆然と今の状況を眺めていると、不意に玲雄から冷たい気配のようなものを察した。
そして……。
「ふざけんな」
ただ、その一言だけ呟くと、何の躊躇いもなく二人の間に入って行ったのだ。
もちろん、私は止めようとしたけど、玲雄は止まらなかった。
それは、もういない玲雄の祖父母との思い出が詰まった、大切な場所を荒らされたからなのだと思う。
それでも、玲雄が危険なことに変わりない。
正気に戻った私は、再び玲雄に言った。
「ダメよ! 怒ってるのは分かるけど、今はとてもじゃないけど近づける状況じゃないわ! だから落ち着いて!」
何とか追いつき、そう言ったのだが……。
「大丈夫。ただ、少し説教して、ここを綺麗にさせるだけだからよ」
「へ?」
何の気負いもなさげにいうモノだから、私は呆気にとられ、その隙に玲雄は二人の間に完全に入ってしまう。
すると、ちょうどその二人に動きがあった。
「はあああああああっ!」
「やあああああああっ!」
鎧姿の女の子は、大きな剣を振り下ろし、空に浮いてる女の子は、火の玉を打ち下ろした。
そして、その攻撃は、玲雄に向かって直進する。
そんな玲雄に、今さら二人は気付いたようだった。
「なっ!? に、人間!?」
「ど、どうして!?」
焦る二人だが、放たれた攻撃は止まることなく玲雄に向かう。
私を含めた、その場にいた全員が玲雄に直撃すると思ったそのときだった。
「邪魔」
一瞬だった。
玲雄は、光り輝く斬撃のようなモノを右手で叩き落とし、巨大な火の玉は左手で握りつぶしたのだ。
「「へ?」」
あまりに非常識な光景に、争っていた二人はともにマヌケな声を上げる。
……うん、今さらだけど、心配いらなかったかもしれない。
よくよく考えれば、銃弾が飛び交うような場所を、鼻歌まじりに散歩してたり、スーパーのバーゲンセールに遅れるって理由だけで、道をふさいで抗争していた二つのヤクザを潰しちゃったり……心配する理由が見当たらないわね。
それでも、す、すす好きな人を心配するのは当たり前っていうか……なんていうか……。
一人で勝手に赤くなっていると、玲雄は二人をいつものように鋭い目つきで睨みつける。……あれ、わざとじゃなくて、癖なのよね。多分今も、睨んでるつもりないんだろうなぁ……。
「おい、テメエら」
「む? お前は誰だ?」
「何じゃ、貴様は!」
唐突に話しかけられた二人は、正気に返ると、そう返事をする。
だが、玲雄はそんな二人にお構いなしに言い放つ。
「元に戻せ」
「「は?」」
「聞こえなかったか? 元に戻せと言ったんだ」
玲雄にそう言われた二人は、一瞬言葉の意味が分からなかったのか、不思議そうな表情をし、そして怒ったような表情に変化した。
「ふざけるな! 私は今、この魔王を成敗しようとしているのだ! お前こそ、邪魔をするな!」
「そうじゃ! たかが人間の分際で、調子に乗るでないわっ!」
あ、この二人ダメね。ご愁傷様。
私は静かにその場で合掌した。
そして、案の定玲雄は――――キレた。
「ああ?」
一瞬、すごい形相を浮かべた玲雄だが、次の瞬間にはその場から掻き消え、気付けば鎧姿の女の子の前にいた。
「なっ!?」
「人様の家荒らしといて、邪魔をするな……だと?」
玲雄は、鎧姿の女の子が持っていた剣を片手で掴むと――――粉々に砕いた。
「わ、私の聖剣が!?」
「オシオキだ、寝てろ」
それだけ言うと、玲雄は鎧姿の女の子にデコピンをお見舞いした。
バガンッ!
「きゃっ!?」
鎧姿の女の子は、玲雄のデコピンを受け、そのまま気絶した。……今の音、絶対に音おかしわよね?
鎧姿の女の子がやられたことで、空に浮いている女の子は、焦り始める。
「なっ! 勇者!?」
「次はお前だ」
すると、どうやったのかは知らないけど、玲雄は空に浮いて、女の子の背後に立っていた。
「な、何なのじゃ!? お主は一体何なのじゃ!?」
「んなことはどうでもいい。取りあえず、反省しろ」
「ふげっ!」
ズドオオオオンッ!
玲雄は、容赦なく空に浮いていた女の子にチョップを振り下ろした。
……だから、絶対に音おかしいわよね?
結局、空に浮いていた女の子も、乙女らしからぬ声を上げて、地上に叩き落とされたのだった。
そして、何事もなかったかのように、玲雄が下りてくる。
「ん。コイツらが起きたら、問答無用でこの庭直させる」
淡々とそう言い、二人の首根っこを掴んで引きずりながら寮に入る玲雄。
そんな姿を見て、悪いのは二人だと分かっていても……同情せざるを得ないのだった。