自己紹介
あの少し衝撃的だった入学式を終えた俺たちは、それぞれの教室に移動することになった。
残念だが、秀也は違うクラスになってしまったので、凜華と大介の二人と移動だ。
一組の教室に辿り着くと、もう既に結構な人数が集まっているらしく、教室内から談笑する声が聞こえてくる。
そんな教室の扉を開け、俺たちは入室した。
「「「っ!?」」」
俺たちが入室した瞬間、何故か教室が一瞬で静まり返った。ん?
「なあ、凜華。俺たちが見られてるような気がするの、気のせいか?」
「……こんだけ注目を浴びといて、気のせいで済ませようとするアンタがすごいわ……」
「ああ、これを気のせいとか……普通考えられねぇぞ?」
何故か知らんが、二人から呆れられた。
納得いかないが、いつまでも入口で立っているわけにもいかないので、適当な席を探す。
すると、窓際の一番後ろの席が空いていることに気付いた。
「ん。あそこでいいか」
すぐに一番後ろに席に移動し、そのまま座る。
すると、その隣が空いていたため、そこに凜華が座り、その前に大介が腰を下ろした。
足を組み、先生が来るまでどうしようか考えていると、何やら自身に視線を向けられていることに気付いた。どうやら、前の席の男子からのようだ。
取りあえず、何か用でもあるのだろうか?
「あ? 何見てんだよ」
「ひぃぃいいい!? スミマセン、スミマセン!」
「何でケンカ腰なのよ!」
凜華に頭を殴られた。ひでぇ。
「だってよ……意味もなく見てくるから、何か用があるのかと思って……」
「だったらそう言いなさいよ!」
「言っただろ? 何見てんだって……」
「それがダメだってなぜ気づかない!?」
どうやら、俺の対応はダメだったらしい。フム……コミュニケーションって難しいな。そういや俺、男友達が圧倒的に少ないんだよな……。
今になって、その事実を再確認した俺は、内心へこんだ。
結局、そのまま俺は、窓の外を眺めながら時間をつぶすことにした。凜華は凜華で、女子の友だちがいるし、大介も、俺なんかと違い、たくさん友だちがいるのだ。……言ってて悲しくなってきた。
自分で傷口を広げ、さらにへこむ俺。
誰かに気付かれるわけもなく、沈んだ気分でいると、教室の扉が開かれた。
もう既に、生徒の全てが教室に入室している。ということは、先生だろうか?
教室の扉が開けられたことによって、生徒たちはそれぞれの活動を止め、扉を注視した。
すると、一人の女性が入室してくる。
「なっ!?」
「あれ?」
そして、入室してきた女性を、俺は知っていた。……いや、俺と凜華は知っていた。
どこか優しそうな印象の女性で、長めの茶色い髪を一つにまとめてあり、左肩から垂らしている。目も若干たれ気味だ。
そして何より……凜華に、どことなく似ている。
そんな女性は、ワンピースにカーディガンを羽織ったスタイルで、堂々と入室し、教壇に立った。
「……なあ、玲雄。あの爆乳美人は誰だ?」
「ああ、そういえば大介は知らなかったな」
体を捻り、そう訊いてくる大介に、俺が教えてやると同時に、女性が口を開いた。
「――――このクラスの担任になった、宮代優華よ。よろしくね?」
「――――凜華のお姉さんだ」
俺たちの担任は、凜華の姉だったのだ。
◆◇◆
凜華のお姉さんである優華さんが、担任の先生であると分かったその瞬間、凜華は立ち上がり、優華さんを指さした。
「お、お姉ちゃん!? 何でここにいるのよ!?」
すると、優華さんは苦笑い気味に答える。
「ダメよ? 凜華ちゃん。学校では優華先生って呼ばなきゃ」
「そんなのはどうでもいいのよ! 今までどこに行ってたのよ! 心配してたのよ!?」
凜華の言う通り、優華さんとは数年ほど前から顔を合わせていなかった。
行方不明届を出そうかという話にもなったが、電話での連絡は一応とれていたので、その選択肢を選ぶことはなかった。
それでも、頑なに自分のいる場所を教えてくれなかったため、凜華は常に心配していたのだ。
「う~ん……話すと長くなるのよねぇ……それに、今は詳しいことを話している時間もないのよ。ほら、他の生徒が待ってるでしょ?」
「あ……」
優華さんに言われ、初めて凜華は他の生徒たちに見られていることに気付いた。
それを自覚し、顔を赤くすると、もう一度優華さんに視線を向けた。
「……後で詳しい話、聞かせてもらうから」
「分かったわ」
優華さんの返事に納得した凜華は、取りあえず腰を下ろす。凜華も大変だな。
「……さて、さっそく高校生活初のLHRを始めましょうか? と言っても、今日の内容は、ただ自己紹介をするだけで、そのあとは解散なのよねぇ……」
さっきまでの雰囲気を振り払うかのように、優華さんは一度掌を叩くと、そう告げた。
「まあ、とにかく自己紹介をはじめちゃいましょうか。それじゃあ、廊下側の生徒からよろしくね?」
優華さんに促される形で、自己紹介が始まった。
最初の人は、やはり緊張するのか、名前を言う時も若干噛んでいた。
俺はその人の自己紹介をしり目に、窓の外を眺める。
……帰ったら、まず昼飯を用意して、風呂場の掃除をして、凜華と俺の晩飯を作って……。
ああ、明日から弁当もいるのか。その準備もいるな。
クラスの連中が自己紹介を進める中、俺は帰ってからのことを考えていた。寮長の俺は、なんだかんだで忙しいのだ。……入寮者は一人しかいないがな。
そんなことを思っていると、いつの間にやら大介のところまで回ってきていた。……というより、自己紹介の最後って俺か?
「俺は堀内大介だ。趣味は特にねぇけど、遊びとかに関しちゃあ、イロイロ知ってるぜ。よろしくなっ!」
大介は、いつも通りのへらっとしたまま、自己紹介を終えた。周囲をふと見てみると、かなり好意的に受け止められたようだ。よく見てみれば、特に女子からの好感度は高そうである。ふむ……これが、中学の頃、秀也の言っていた、『イケメンは爆発するといい』というヤツなのだろうか? 未だに意味は分かっていないんだがな。
続く形で、さっきまで顔を赤くしていた凜華の番になる。
「……宮代凜華よ。趣味は、料理。さっきは見苦しいところ見せたわね。とにかく、よろしく」
若干頬を赤く染めながら、凜華はそう言い、席に着いた。
優華さんとのやり取りを思い出して、恥ずかしくなったのだろう。それにしても……愛想ないな。俺が言うなって怒られそうだが。
「……何見てんのよ」
「いや、愛想がないなと思って」
「アンタに言われたくないわよっ!」
本当に怒られてしまった。反省。
馬鹿なことをやっている間にも、俺の自己紹介の番にまで回ってきてしまった。
今までの連中……と言っても、大介と凜華のしか聴いていなかったのだが、自己紹介は名前と趣味、一言程度でいいようだな。
頭でそう整理し、俺は席から立ち上がる。
その瞬間、クラス中がザワついた。
「お、おい……」
「やっぱり……【黒獅子】、だよな……」
「知ってるか? ここ最近、この街の不良が減った理由……黒獅子が食い散らかしてるからなんだってよ……」
「100人のFBIと正面衝突して、完勝したらしいぜ……」
「いや、CIAじゃなかったか?」
「……どちらにせよ、その二つと正面衝突って……どういう状況だよ……」
何だ? なぜ俺が立った途端、ひそひそ話を始めるんだ?
よく分からないが、いきなりひそひそ話をされた俺は、少し気分が悪い。まあ、人の自己紹介を聞いていなかった俺が言えたことではないが、それでも俺を見てしゃべりはじめるのはどうかと思う。無視するのなら、別にいいんだがな。
そんなことを思いつつ、自己紹介を始めた。
「大神玲雄。趣味は(家の)掃除。……よろしく」
「「「っ!?」」」
自己紹介を超簡単に済ませ、席に着く。すると、再び周囲がざわつき始めた。
「き、聞いたか? 今の……」
「あ、ああ……それに、あの目つき……」
「ヤバかったな……」
「つか、そんなことより……」
「……趣味、(不良共の)掃除だってな……」
「……はは、はははは……」
「「「……消される……!」」」
……なぜだろうか。たった今、すさまじい勘違いが起こった気がする。
よく分からない謎の不快感に眉をしかめていると、優華さんが切り出した。
「は~い、自己紹介は終わったわね? それじゃあ、この後のことなんだけど……君たちは、このまま今日は解散です。でも、部活を見学しに行ったり、他の学年の教室にお邪魔しに行ったり、放課後をどう過ごすかは自由ですから、それぞれの活動をしましょう。それじゃあ……解散!」
こうして、俺の高校生活初日は終わったのだった。