入学式
あの後、特に何の出来事もなく、俺たちは学園に辿り着いた。
これから俺たちが通う学園は、『星陵学園』。
私立の高校ではあり、珍しいことに併設されている『星陵大学』へそのままエスカレーター式に進学できる学園である。
それに、入学金も授業料もすべてが免除されているといった、とんでもない学園なのだ。まあ、その理由の一端は、俺の悪友が原因なわけだが……。
凜華と共に玄関に向かうと、多くの新入生が、自身のクラスが書かれた張り紙を前に、殺到していた。
「これじゃあ、多くてクラスの確認ができないわね……」
「俺はどこでもいいんだけどな」
「そんなのダメよ! 私と一緒のクラスじゃなきゃ!」
「え?」
「あ……な、何でもない!」
よく分からんが、凜華は俺から顔をそむけた。
その様子に首を捻っていると、俺たち二人に声がかけられた。
「よぉ、玲雄。それに宮代さんも。今日も朝からお熱いねぇ」
「暑い? そうか? 今日は過ごしやすい気温だと思うが……」
「あー……うん。分かんねぇならいいわ。とにかく、おはようさん」
「ああ、おはよう。大介」
「おはよう」
疑問符を浮かべる俺に対して、苦笑いをした男子。
コイツは、昔からの腐れ縁で、悪友の一人である堀内大介だ。
染めた茶髪に、いわゆるイマドキの高校生といった感じで制服を着崩している。
顔だちも、俺にはよく分からないが、もう一人の悪友が言うには、とても端正な顔立ちらしい。俺からすれば、いつもヘラヘラしてるイメージしかねぇけどな。
それはともかく、ここの制服は水色を基調としたブレザーで、見た感じの印象は、非常に爽やかであった。
「大介。お前はもう、クラスの確認をしたのか?」
「いや、まだだ。だって見てみろよ? あの人数だぜ? あの中に突入する気力はさすがにねぇよ……」
「お前の場合、もともと体力ねぇだろ」
「うるせぇ! つか、お前と一緒にすんなよ!?」
「……たしかに、玲雄は時折無限に体力があるんじゃないかと思うくらい、ぶっ飛んでるものね……」
なぜか、二人から人外認定された。理不尽だな。
そんなやり取りをしていたにもかかわらず、クラスの書かれた紙の前から、人が減る気配がない。
このままじゃあ、いつまでたっても入学式にいかれねぇな。
そう思った俺は、多くの人で溢れるそこに、近づいた。
「ちょっといいか?」
「え? っひぃ!?」
まず、手前にいた男子に声をかけると、何故か思いっきり怯えられた。
さらに、その声が周囲にも聞こえたらしく、一斉に俺の方へ視線を向けた。
そして――――。
「く、【黒獅子】だ……」
「ウソだろ!? あの世界最大のマフィアを一人で潰した!?」
「いや、本物だろ……。見てみろよ、あの目つき……絶対に普通じゃねぇよ」
モーゼのごとく、人海が割れた。
周囲の連中は、ひそひそと何やら話しているが、よく聞こえない。
俺がその様子を見て、首を捻っていると、大介の呆れた声が飛んできた。
「……玲雄。いい加減、初対面の人間にガン飛ばすの止めろよな……。お前、目つきが悪いんだからよ……」
「何度も言ってるが、俺はガンを飛ばした覚えはないぞ?」
昔から、ことあるごとに大介には似たようなことを言われてきた。
ただ、たしかに大介の言う通り、俺の目つきは相当悪い。それに、無愛想だ。そこは自覚がある。
目が悪いわけじゃないんだが、どうも俺は、無意識に人を睨みつけているらしい。ああ、だから凜華は俺を不良と言ったのか。
凜華の言葉の意味を、ようやく納得していると、大介はため息を吐いた。
「いや……本当にその癖は直した方がいい。お前、相当損してるぞ? 普通にしてりゃあ、さぞモテただろうに……」
「あ? なんか言ったか?」
「いーや、何でもねぇよ。つか、せっかく道ができたんだ。とっとと確認しようぜ?」
どこか釈然としないが、大介の言ってることは正しいので、素直にクラスの書かれた紙を確認した。
「おっ! みんな一緒だな」
「そーだな」
大介の言う通り、俺も凜華も、同じ1組だった。
ふと、視線を隣の凜華に移すと……。
「や、やった! これで、一緒に過ごせるわ!」
小さく何かを呟きながら、小躍りしていた。何がそんなに嬉しかったんだろうか。
それはともかく、クラスも確認できたので、俺たちは素直にそのまま入学式の行われる体育館に移動した。
体育館にたどり着くまでの間も、学園の広さと設備に驚いていたが、体育館もこれまた大きく、無駄に金がかかってるな、と感じた。
「適当に座って待っとこうぜ」
大介に促され、俺たちは適当に開いてる席に腰を下ろした。
そして、入学式が始まるまでの間、お互いに雑談していると、一人の男子が近づいてきた。
「どうだい? この学園。大きいでしょ?」
「ん? おお、秀也か」
俺たちに話しかけてきたのは、金森秀也。
俺の最後の悪友であり、この世界で有数の財閥の御曹司だ。
この『星陵学園』も、秀也の家が援助しているため、入学金やら授業料やらがタダにできるのだ。
そんな秀也の見た目は、少しの子供っぽさを滲ませながら、自信にあふれた顔だちをしている。大介が言うには、ショタキャラ、というやつらしい。言葉の意味はよく分からないが。
サラサラの黒髪と、キッチリと制服を着こなす姿は、本当にいいところのお坊ちゃんといった感じだ。
それに、身長も低いので、本当に子供に見える時がある。本人にそれを言うと、ボディーガードが現れて、フルボッコにされる……らしい。物騒だな。
「秀也~! 相変わらず小さいなぁ」
「……お前たち」
「「「ハッ」」」
「……やれ」
「へ? あ、いや……冗談だって! 冗談だか――――ぎゃああああああああああっ!」
大介が、秀也の身長に触れた瞬間、秀也はどこからともなく黒服の男たちを呼び寄せ、気付けば大介はボロ雑巾と化していた。……本当にフルボッコにされるのか。
まあ、俺には関係ないか。別に秀也の身長に触れる意味もねぇし。
そんなことを思っていると、秀也は苦笑いしながら俺に言った。
「本当に、玲雄が大介みたいなヤツじゃなくてよかったよ。玲雄が相手だと、彼らどころか誰も通用しないもんね……」
「おい」
俺の知り合いは、ことごとく俺を人外扱いしたいようだ。
再び秀也を交え、入学式が始まるまで雑談をし、時間をつぶす。
すると、徐々に体育館内に生徒たちが集まってきた。
「いやぁ……本当にでっかい学園だよなぁ」
「さっき見たんだけど、学食まで大きかったわよ?」
「まあ、毎年入学者は1000人を超えるからね。どこも広くしないと、生徒が入りきらないんだ」
大介たちが、この学園を見ての感想を述べている。
俺も、本当にデカいと思った。
ただ、デカくて設備がいいだけの学園なら、探せば結構ある。
だが、この学園の教師陣は、金森財閥が選んだ、選りすぐりの教師たちが教えてくれるので、その辺の高校と比べると、天と地ほどの差が出る教育環境が整っていた。
……秀也の家って、今さらだがすごいんだな。
それぞれが適当に時間をつぶしながら待っていると、とうとう学園の入学式が始まった。
今日は、この入学式のあと、それぞれの教室に移動し、自己紹介を済ませたら解散という流らしい。
来賓の紹介や、そのほかのお偉いさんの話を寝て過ごしていると、隣に座る凜華に叩かれた。
「ちょっと! 寝たらダメでしょ!?」
「んー……? ……分かったよ。……すー、すー」
「言ったそばから寝てる!?」
こうして、俺は入学式の大半を寝て過ごした。俺が悪いんじゃねぇ。眠たくなる入学式が悪いんだよ。
くだらないことを考えていると、最後に学園長の挨拶となった。
その学園長の姿を見て、俺や大介たちは驚く。
「……おい、秀也。ここの学園長って、お前の母親だったのか?」
「……いや、僕も初めて知った。そういえば、さっき見かけた教頭先生……あれが前年までの学園長だったはずなんだけど……」
どうやら、秀也も知らなかったらしい。
そんな俺たちをよそに、黒髪の40代に見える、美人の女性が壇上に上がった。
『みなさん、入学おめでとう! 私は、今年からこの学園の学園長を務める、金森秀子よ。私自身、長い話は嫌いなの。だから、手短に一言いうわね』
そう言い、秀也の母親……秀子さんは大きく言い放った。
『全力で学園生活を楽しみなさい! それが、アナタたちの一生の思い出になるわ! そして、それぞれの夢に向かって、走り出すのよ!』
生徒全員が、秀子さんの言葉に耳を傾けていた。
秀子さん自身は、金森財閥に関与してはいない。でも、秀子さん自身、とても才能あふれる女性だと俺は感じた。
秀子さんに、そんな感想を抱いていると、秀子さんはこう締めくくった。
『あ、でも……やりすぎはダメよ? それぞれが、楽しい学園生活を送る権利があるんだから』
この学園に来て、広く大きな設備に驚かされてばっかりだったが……。
一番大きかったのは、秀也の母親かもしれないな。