ヒトメボレ
「貴方の目って綺麗ね」
そんなことを言われたのは初めてだった。
今までの人生、灰色と称するに相応しいものだった。華やかさなど存在せず野郎と過ごすむさい日々。
それがその一言でバラ色になったのは僕の脳に春が来たからだろう。いろんな意味で。
飛びあがる心を抑えつけて、務めて冷静に僕は礼を言う。
「ありがひゃおう」
緊張のしすぎで噛んだ。盛大に。思いっきり。出血する程に。とても痛い。
痛みと涙を堪え、僕はそのミスをなかったことにする。
「クスクス」
だが、口の端から垂れる血をなかったことには出来ない。彼女はたのしそうに笑っている。
僕は顔を真っ赤にして、何とかしないと!でもなにすればいいの!?と必死で考える。経験の無さが祟ってか最善の答えを手繰り寄せることはできなかったが。
「貴方面白いのね」
「てれまふね」
これは舌が痛すぎて仕方ないからこんな言葉になっているだけだ。本当だ。嘘じゃない。信じてくれ。僕は誰に言いわけをしているんだ?混乱の極みである。アッー!
とりあえず今の感情を一言で言い表すなら。
恥ずかしくて泣きたい。
…あ、二言だった。
というか舌をかんだ痛みで泣いてるが。
そんな僕の頬を伝う目から出た汗(吹けば飛ぶようなプライドでの表現)を目の前の少女は舌ですくった。
「しょっぱい…」
「*%#$$P%”++?!?$+???!??!」
突然の出来事で人語を話せない。流石にモテモテのイケメン君でも初対面の女の子に頬を舐められる経験てあるのか?あるというなら僕は違う意味でも絶望したい。いや、僕も今日から勝ち組みだと考えれば万事オッケーか。とりあえず落ち着け僕。素数を数えろ。2、3…。ちょっとまて1は素数に入るのか?どうだったっけ?まだ二つしか数えてないのに疑問にぶち当たってしまったぞ…。というか本当に落ち着け僕。
頭から煙を上げてフリーズしている僕に彼女は笑いかけてこう言った。
「またね」
天にも昇る気持だった。
それからというもの、僕は彼女と会うことが多かった。
その度に彼女はこう言うのだ。
「貴方の目って本当に綺麗ね」
彼女の褒め言葉なのだろう。悪い気がしない。目が綺麗、澄んだ目をしているということだろうか?
目が綺麗って言葉は何度言われてもいいものだと思う。
目はその人の心をあらわすとも言うしな。目が笑ってないとか、目が死んでるとか、表情に隠された心の状態を目は如実に映し出している言葉が多い。
悪い気がしない僕は、何度も何度も彼女の元へと足を運ぶ。
逢瀬を重ねた僕は遂に彼女に告白するのだ。
彼女に目を褒められた時から、僕は彼女に好意を抱いていた。
彼女が好きだと言ってくれた目を彼女に見せてあげよう。いつもは照れてしまって見せてあげられなかったから。
目を見せれば彼女と必然的に見つめ合う。その時に気持ちを伝えよう。
「ねえ」
「なに?」
だから気付いてしまった。目は如実に気持ちを表す。目が死んでるとか、目が笑ってないとか内心を映し出すのは目だ。
見つめ合うことで、彼女の目を見ることで、僕は恐怖した。
「やっと見てくれたのね、嬉しい」
「あ…」
恐怖で声が出ない。喉からは息がヒューヒューと吐き出されるだけ。言葉にはならない。
「貴方の目って綺麗なの。本当に。飴細工のように綺麗なの。とってもとっても綺麗で…。涙もおいしかった。だからきっと貴方の目も…」
――おいしいに決まってるわ。
僕の目は抉られた。視界を失い、激痛が走る。気が狂いそうなほどの痛みが委縮していた喉に正常な仕事を果たさせる。
絶叫。それは僕の喉からでているものだった。
「ああ、おいしい。貴方の目は綺麗だからこんなにもおいしい。口の中で転がしてゆっくりゆっくり噛んで感触を楽しんでから中身を啜るわ」
僕は彼女に恋をしていた。恋は盲目というが本当に盲目になってしまった。
節穴、そう、僕の目は節穴だった。浮かれて見えるはずの物が見えなくなって。
結局、僕は一目惚れをして、両目はあった場所には何もない穴を残すのみ。
はは、一目掘れってか…?笑えねー…。
最後の思考はそんなくだらないことだった。