第三話
会話からスタートしますのでご注意。
「明梨さあ、最近太っただろ」
「砌の鬼ー! 酷いっ」
きつい一言をぶつけられ、私は彼に訴える。
「事実だろ? 」
あっさりと彼に言われ、二の句が告げない。
底意地の悪い邪笑を浮かべている。
「乙女に向かって体重のこというなんて鬼以外の何物でもっ……ふぅっ」
唇が重なり、私はきつく抱きしめられた。
息が出来ない。
ああ、駄目だわ。またいつもの調子で流されてしまってる。
「良いダイエット方法、知ってるぜ」
唇を離した彼が私の腰を引き寄せる。
「その手には乗らないわよ! 」
びしっと言い放ち、逃れようと体を動かす。
これ以上流されてはいけない。
「あ、そう。そういう態度取るんなら、
強行手段取ってもいいんだな」
ニヤリ。
軽々と抱き上げられた。
さっき、重いとか言わなかったっけ?
「や……」
強引に車の助手席へと乗せられてしまう。
そのまま荒々しく車が走り出す。
「ど、どこに行くつもり!? 」
思いっきりうろたえる私に、彼はしれっとした表情で、言った。
「着いてからのお楽しみ」
語尾が弾んだ気がしたのは、私の気のせいではないだろう。
「何で」
思わず呟いてしまう。
車はとある看板の目の前で立ち止まった。
もっと早く気付かない辺り、私はボケなのだ。
「スポーツジム……」
脱力した。またいつものようにいかがわしい所へ
連れて来られるのかと……
って腐ってるって私の頭。
何で運動ってなると……ああ誤解しないで!
いつもそこへいっても適当にくつろいで帰るだけで
何も!何も無いんだからね。
私ってば誰に向かっていってるんだろう……最近どうもおかしい。
「なんでいってくれないのよ」
「変なこと考えてただろ? 」
「……ば、馬鹿! 」
顔が燃えるように熱い。
人目も気にせず、顔を押さえてしゃがみ込んだ。
「んじゃあとりあえず着替えて来い。その後はこのメニューに添って順にやれ」
明らかな命令調。
何だか無性に神経逆撫でされるんだけど。
「……指示通り動けって言うの」
嫌気がさしてきた。
主導権握らせてたまるものですか。
「お前の為思っていってるんだぜ。ああ、じゃあ場所変える?
もっと簡単に痩せられて、おまけに綺麗に
なれるダイエット法がいいんだろう? 」
邪笑。
「……メニューに従い頑張ります」
「いい心がけだ」
満足気に、どこか残念そうに彼は言った。
……はあ。
溜息をつきつつ更衣室へと向かう。
用意周到な彼に渡されたジャージを握り締めて。
多分、お揃いなんだろうな。ふ、と笑みが浮かんだ。
手早く着替えて戻ると、彼はやはり先に着替えを終えて待っていた。
予想通りお揃いの柄の色違いのジャージを着ている。
「遅い」
くっ……。
「これでも急いだの! 」
「まあいい。準備運動するぞ」
偉そうに言うだけ言って放り出さないから、好きなんだけどね。
あなたの体力には到底叶わないのよ。
「お前が嫌いだからこんなことさせてるんじゃないぞ。
そう苛められてるような顔するなよ。こっちだって
苛めてるわけじゃないんだからさ」
「……うん、分かってる」
「日頃の運動不足解消にもなるしな、無理せず
やっていこうな」
うっ。最後の最後で優しいんだからもう。
逆らえなくなってしまうよ。
喋っている内に準備運動は終った。
腹筋マシーンと走るやつ?
名前よくわかんないんだけど、まあいいか。
メニューにはそれらを繰り返すよう記されてた。
「頑張れよ」
楽しそうに手を振り、彼はグローブを手に、歩いていった。
サンドバック……というのが笑える。外見から想像できないのだ。
よし、がんばろうとぐ、と拳を握る。
決意の元、ウォーキングマシーンに乗った。
少しずつスピードを上げてゆく。
一時間経過。
5分休憩。
腹筋マシーンへ。
「ぜ……ぜえぜえ」
一時間経過
ふらつく足取りで15分休憩。
「……もう限界か? 」
くっ。思いっきり馬鹿にされた。
ふん。まだまだいけるわよ。
ウォーキングマシーンへ乗り、1時間経過。
5分休憩して腹筋マシーンで腹筋50回。
ばたっ。
自分が倒れる音を聞いた。
あああ……情けない。
とか心で呟いたのを最後に、
眼がぐるぐる回ってそれきり意識を失くした。
「……い! 」
え、なあに。何か遠くで声がする。
「おいって! 」
「うあああっ!!」
砌だぁ。
「私、どうなっちゃったんだっけ? 」
未だ、ふらふらする頭で考える。
「……倒れたんだろ。日頃、運動してないのに、急に無茶しまくるから」
ごめんなさい。
二の句が告げません。
「ついててくれたんだ」
「当たり前だろ」
泣いてしまいそうになった。
彼は最後の最後でとても優しいのだ。
「明梨、帰ろう」
「うん」
砌が私の腕を引く。
ああ。休憩室のベッドに寝かされてたんだ。
「メニューは負担にならないよう考えてたんだぞ。
それをお前は無茶して」
「私もやればできるということを見せたかったの」
真顔で言った。
「だからって無理して調子崩しても仕方ないじゃないか」
砌は、苦笑して頭を撫でてくれた。
「うん。今度からは砌に従う」
「よろしい」
がしがしと髪が掻き混ぜられる。
私は満面の笑みを浮かべて、
「砌のこと見直した」
「何ぃ……」
お前に言われたくはないぞ、その台詞は。
と顔に書いてあった。
「だってまた変な所に連れて行こうとするかと」
顔を真っ赤に染めて爆弾発言。
「お望みならいつだって連れて行ってやるけど?
いっとくが本気だからな。」
「……望んでない!! 」
私はさっき倒れたことも忘れて、走り出した。
「おい。無理すんなって」
砌が追い駆けてくる。
流石にすぐに息切れがしてきて、抱きとめられた。
長身の腕の中に私は難なく閉じ込められてしまう。
「明梨、着替えて来いよ」
「はーい」
そうだった。私はまだジャージ姿のままだったんだ。
「……軽はずみな気持ちで言ったんじゃないから」
ポツリと砌が呟いている。
「もっと色んなお前が知りたいんだ。
好きと言う気持ちが嘘じゃない証拠を見せたい」
真摯な声だった。
うん。私も砌となら嫌じゃないよ。
「いつかね」
今、言えるのはそれだけ。
さほど遠くない未来にそんな日が来ると思うから、
その日を待っていよう。
振り返ると砌は、微かに笑ったようだった。