番外編「春休み、祖父の家で」
冬休み以来に祖父の家へ遊びにいくことにした。
うちも小さくはないが、城のようにでかい屋敷は、
いつ行ってもわくわくするし楽しい。
友達のように接してくれる祖父は、
厳しい部分があるが愛情あふれるあったかい人だ。
娘である母、孫である俺、娘婿の父、
葛井家の家族を大変気にかけてくれている。
成長してくると改めて祖父のすごさが分かり、
将来、医師を目指す立場としても色々と
身になる話をしてくれるだろう。
「おじいちゃんの所へ遊びに行くの? 車、出そうか」
「父さんは毎日顔を見てるんでしょ。
休みの日くらい顔見たくないんじゃない?」
「私生活と仕事の場は別だよ。
家庭での話もしたいじゃない?」
「いや、明梨も一緒なんだけど。
駅で待ち合わせてる」
「明梨ちゃんを駅に迎えにいって、
藤城に向かおう」
「どれだけついてきたいんだよ」
祖父と父が揃えばカオスだ。
明梨のテンションは爆あがりし、
俺は制御できない事態になるのは目に見えていた。
「砌の学校って割と校則が自由じゃない。
誕生日過ぎたら免許取りたいんでしょ。
車を買ってあげようかなと思ってる」
「……そんな甘やかすなよ」
「将来的には倍返ししてもらうし」
ここは父親の言うことを聞いておかなければならない。
「はい……」
祖父一人なら、二人きりになれるチャンスがあるが、
父がいたらそれはない。
がっくりと肩を落とし、誘導されるまま
後部座席に乗った。
「俺、父さんみたいな腹黒医師にはならない」
「何を言ってるのかな。
健やかに素直に成長した砌が父親を
罵倒するなんて思わなかった」
失言をしてしまったと気づいた時には遅く、
駅に着くまで車内は無言のままだった。
「砌、砌パパ!」
「後者は呼び方を変えろよ」
ひざ丈のスカートとスプリングコートがよく似合っている。
少し前に青兄に地毛か?と言われた濃い栗色の髪は、
明梨らしさをあらわしていると思っている。
二人の中間の駅で待っていた明梨は今日も満面の笑みを浮かべていた。
童顔の内科医はすたすたと歩いていく。
「陽パパ? 陽おじさま?」
「どっちでもいいよ。明梨ちゃん、ぎゅー」
スキンシップ大好き家族の一員である父は、
息子の目の前で恋人の頭を引き寄せた。
ただ唖然とする。
「陽パパ、砌と喧嘩でもしたんですか?」
「喧嘩はしてないけどね。
男同士はつまらないことで意地を張り合うのさ」
「思ったことをすぐ言っちゃいますもんね」
(お前に言われたくねぇし)
明梨の手を引き後部座席に誘導する。
「休みに息子カップルとお出かけなんて
幸せだよ」
「今日は、ささやかなお土産があるんです。
某お店のシガール。
砌のおじいさまの所に伺うのを
ママに言ったら手土産を持って行けって
渡されました」
明梨が、大事そうに抱えるバッグには
お土産が入っているようだ。
おそらく藤城家だから気にしている。
「シガール、美味しそうだねぇ。
よくお礼を伝えておいてね」
「はい。口の中に入れるとほろほろ溶ける感じがいいんですよね」
「明梨、ありがと」
「隆おじ様、喜んでくれるかなあ」
何でも喜んでくれるとは思う。
藤城邸に行き玄関の扉を開けると、
この上なく上機嫌な祖父がいた。
「三人ともいらっしゃい!」
「じいちゃん……えっと……グランパ、ただいま」
幼い日の呼び方をしてみると祖父は一瞬目を丸くしたが、
感激した様子で目を潤ませた。
一番最初にハグをされた。
ちなみに祖父とは現時点で同じ身長だ。
「砌は素直ないい子だ。ただいまを
言ってくれたのはおじいちゃんへの愛だよね」
肩を羽交い絞めにされ身動きが取れない俺を
よそに父と明梨は連れ立ってリビングに行く。
祖父の肩に腕を回した。
「じいちゃん、この構図って何か変じゃない?」
「そんなことないよ。孫と祖父の大事なスキンシップから
今日の集まりは始まるんだからね」
「まさかとは思うけど青兄の代わりじゃないよね!?」
「誰かの代わりなんかじゃない。
それに10年前の青なんてこんなことさせてくれなかったよ。
砌はさせてくれるから翠と陽くんには感謝だね」
やっぱり鉄壁のガードだったのか。
「よかった」
普通の孫と祖父はこんなことしないのだろうか。
父方の祖父母とはしないけど。
祖父と連れ立ってリビングに向かうと
明梨と父は向かい合わせでソファーに座っていた。
さすがに俺の座る場所は考えてくれたようだ。
明梨の隣に座る。
意識してしまうと手を繋げない。
祖父は三人の前に紅茶を置いてくれた。
「隆おじ様、つまらないものですが」
明梨はバッグから取り出した箱をテーブルの上に置いた。
「明梨ちゃん、ありがとう」
明梨は頭を撫でられて照れているようだ。
「今日もダンディー」
「明梨ちゃんはとってもかわいいね。
髪の真ん中に天使の輪っかができてる」
「高校に入る時に面接で言われたんですが、
地毛ですからね!」
「分かるよ。似た髪の色の人が親戚にもいるからね」
母と青兄の従兄妹の旦那さんだ。確か青兄とは同級生だったはず。
(あの人……天使の顔をした悪魔な気がするんだよな)
「どんな人ですか?」
「中性的な男性だね。
見たら美形で驚くよー」
「このお家には美形の人が集まるんですね。
青兄もそうでしたけど」
「あはは! あれは魔性だよ。
気をつけてね」
「隆おじ様と陽パパの方が、
私には魔性に見えますけどね」
「どうして?」
「まだ若いからその域には達してません」
「明梨、俺達より10も年上のおじさんだぞ」
似合わない表現をしてみた。
叔父だがおじさんではない。
高校生からすればおじさんだと思っただけだ。
「いなくても常に話題になる男。
さすがわが弟だ」
そんなつもりはかった。
「砌は、今日おじいちゃんと将来についての
相談がしたかったんだよね?」
「医者になっていずれは藤城総合病院に
勤務したいって考えてるんだけど。
グランパは、やっぱり一番頼りになるから、
怖気づきそうになったら頼りたいなって」
まっすぐ目を見つめた。
「砌のうちの病院で働きたいって気持ちが、
何よりのプレゼントだ。
医師になるのは想像よりずっと大変で、
これから苦難もたくさんあるだろう。
でも、まだまだ老いぼれたりせずに
みんなの柱でいるからね」
祖父の言葉は力強かった。
「お義父さんがそうおっしゃって下さると心強いですね」
「そのサポートで今一番、心強く思っているのが、
葛井陽くんだよ。
病院経営の助けとなってくれる補佐もいるけど、
やっぱりベテランになった陽先生は頼りになる」
「ありがとうございます。
できる限り力になりますよ」
父は伊達眼鏡の下で目を細めている。
「さっき話題にも出てた青だけど、
大学時代に10年以内には戻るって
言ってくれたんだよ。
家に帰ってくるのもだけど実家の病院で働くってことでもね。
ただ一番重要なのが跡継ぎだった」
息を飲む。
あまりにもシリアスな雰囲気に気圧されそうになる。
「帰ってくるってことは、結婚しなければならない。
約束を破らないとは信じていたが、もしもの際は、
砌に後継を任せたいと考えてた。
ちょっと前までね」
重大な話過ぎるんだけど。
「病院では医師になるために頑張っていたが……、
ずっと孤独だったからさ。
恋愛はしないってあきらめてるのかなって、
心配してたんだよ。三年前に孫の顔が見たいとか
脅したこともあったし」
「お義父さん、三年前は青もまだ初期研修医のころじゃないですか。
さすがに俺でもきついかな」
父はたまに俺と出るが本音を漏らす時だと分かっている。
「すごいプレッシャー」
青兄はそれでもめげずに一人で頑張って、
大切な人を見つけたのだろう。
「紆余曲折があって運命の人と
出逢って、将来を共にする覚悟も決めてくれた。
直系に継いでほしいと思いながら、青に
養子を迎えさせるのも酷だとは思ったから
何よりだよ。うまくいってよかった」
誰でも相手を選べそうな青兄だが、
沙矢さんと出逢う前に何かがあったのかもしれない。
「俺はまだ何の力もない
高校生に過ぎない。
でも将来的には青兄と一緒に働く医師になる。
おじいちゃんもそれがうれしいよね?」
「十年後の二人が藤城総合病院で、
一緒にいる姿が待ち遠しいよ」
「うん。それに青兄の子供ができたら、
その子が跡継ぎだもんな。
結婚した姉の息子の所よりそれが正解ルートだよ」
「おじいちゃん、その時まで生きてられるかな」
「笑えない冗談やめてってば」
何やら急にテンションが下がった。
俺以外の孫なら一人じゃなくてもっと生まれるんじゃない?
(沙矢さんと青兄、目も当てられないくらい仲良かった。
似合いすぎだった)
祖父はシガールを皿に並べテーブルに置いた。
みんなが一斉に手を伸ばす。
おかしいくらい仲がいい。
「砌は、大学を出たら明梨ちゃんと結婚するんだろ?」
明梨と顔を見合わせる。
父は伊達眼鏡を外してこちらを見ていた。
「将来のことはまだわかりません。
砌に呆れられないように頑張って、
お互いに支え合いたいなとは思うだけです」
意外にしっかりとしている。
ここじゃなければ抱きしめたのに。
「明梨、ありがとう」
「砌もちゃんとしなきゃだめだよ。
明梨ちゃんはふわっとしているようで、
考えている子だ。だから、応援したくなって
二人を見守ってきた」
「分かった。手始めに今度テストの成績を見せる」
「自分から言えるって成績がいいからだよね」
ふくれっつらの明梨の頬をつつく。
「一緒に勉強しよ。
教えてやるし」
「勉強はリビングでしてね。心配だから」
「陽くん、そっとしておこうよ」
「愚息は煩悩の塊なんで」
両親は生あたたかく見守ってくれているが、
肝心な時は、ゆるいのは知っている。
「テストで志望大学のA判定を取り続けたら、
冬休みに旅行をプレゼントする。
それまで勉強頑張らないとね?」
明梨と顔を見合わせる。
「そんなこと言っていいの?」
「明梨ちゃんも同様だから」
祖父は朗らかに笑いシガールを頬張っている。
「がんばります」
「神戸の別荘を君の叔父が所有してるよ……。
なんだかんだ甘いから使わせてくれるって」
頭がついていかない。
「いないところで重大な話をしてよかったの?」
「砌も含めた全員で集まる機会もないし
話しただけさ」
「俺が後継者の候補なんて初耳だった」
「少しも考えたことなかった?」
「……なかった。医師になりたいって
決めたのは小学校の頃だけど」
子供のころに起きた悲しい出来事に、
影響されたのは俺だけじゃなくて青兄もだった。
命に対する認識が変わった。
「おじいちゃんの大事な病院を守ってね。
将来楽しみにしてるから」
(責任重大だな)
先の未来はまだ分からなくても必ずその道を歩こう。
油断したら明梨と父がトランプを始めていた。
とことんマイペースだ。
「砌、陽パパがポーカー教えてくれるって!」
「賭け事じゃねぇかよ」
「お金なんて賭けないさ。
二人が大学行けて交際を継続できるかに賭けたけど」
同じ数字が揃ったらフォーカード?
ワンペア、ツーペアでも案外そろえるの難しい気がする。
カードを切るのは邪笑を浮かべた父。
「砌とは別れませんよ」
「一喜一憂してるのを楽しんでるだけだよ。
明梨ちゃんは将来の娘だもんね」
笑い合う二人をよそに拳を震わせた。
やる気を出させようという作戦だろう。
それくらいで諦めるなら
最初からなりたいなんて言わない。
「砌、おじいちゃんはそんな意地悪しないからね。
次は何飲む? 牛乳もあるよ」
「じゃあ牛乳」
「やだなあ。僕が陰険な父親みたいじゃないですか」
父に肩を抱かれてため息を吐く。
明梨はずっと楽しそうだし、いいか。
渡された牛乳を一気飲みする。
「……重い話をした後って気が抜けるよね」
「春休み明けにすぐテストがあるんじゃない?」
気を抜くどころではなかった。
常に緊張感を持っておかなければ。
明梨とのことも大いに認めてくれているから、
この場で話をした。
藤城邸を出た後、電車で帰ると告げ
二人で駅まで歩くことになった。
夕陽が差し込み明梨の髪がさらに色濃く見えた。
「なんか……うん。今日、あんな話になるとは
思ってなくて」
「砌が二人にどれだけ愛されてるのかよくわかった。
信じているのも伝わった」
「明梨」
ぎゅっ、と手を握る。
「楽しかった?」
「楽しかった。また来たいな」
肩につくかどうかの髪を撫でて抱きしめる。
「今更、はずかしくなってきた。
それってそういうことだろ?」
冬休みの計画はつまり。
勝手に頬が熱を持つ。
表情が分からないように肩に顔をうずめる。
背中に回された腕はあたたかかった。
「残りも勉強だね。受験を控えた高3だからそれが健全だよ」
「健全をキープしようとすれば、不健全になるかも」
駅に向かうまでに公園にたどり着いた。
人気もまばらで絶好のシュチエーション。
顎を掴み唇を重ねる。
瞼もまつげも震えていた。
「やっぱり煩悩の塊だね」
「お前もな」
途中の駅で別れるけれど、二人きりで
電車に乗れたことは感謝したいと思った。
久しぶりに更新してみる。
fourseasonsさんと翠さんが出てくる感じだから
あくまで砌の話にした。
あちらの裏話的な感じもあります。
遊ばれるキャラの元祖。




