さくら葬
兄が死んだ。
兄は卒業式の明け方には、もう危篤状態だったそうだ。
そのまま意識は戻らなかったらしい。
卒業式を終え、二人分の卒業証書を手に、病院へ駆けつけたときには一歩遅かった。
ただ眠っているかのように安らかな顔だった。
まだ温もりの残るその体に取り縋って、大声で叫んで泣いた。
同級生も家族も、誰も彼を制止することはできなかった。
取り乱すだけ取り乱して、少年は自分の殻に閉じ籠もった。
誰も言葉も届かなかったし、誰の声も聞こえはしなかった。
少年は、ずっと兄の部屋に閉じ籠もっている。
兄の部屋は、装飾的なものは殆どない。
白い壁に白いカーテン白いクローゼット白いベッド。
無機質な、命を繋ぐための機械。
何台かのパソコン。
ただ、壁に一枚の絵と一枚の写真が飾られている。
弟が描いた幻想的な夜桜の絵と、弟が撮った青い空の雪山の写真である。
兄は、この絵と写真をとても大事にしていた。
雪山は中二の学校のスキー合宿で撮ったものだ。
桜は、自宅からも病院からも見える桜を描いたものだった。
桜は病院の所有する土地の隣接する公園にあった。
兄は年中、自宅からも病院からも桜を眺めていた。
寒い一月から桜の咲く季節にかけて、兄の体調は良かった。
心の状態が良かったから、体にもいい影響を与えていたのだろう。
亡くなった母も、病院から見える桜が大好きだったそうだ。
その母の為に、この自宅は建てられたと言っていいだろう。
病院と自宅と、僅かな時間の学校だけが兄の動ける世界だった。
弟が物心をつく頃にはもうパソコンを使っていた兄は、いつもモニター越しには広い世界を眺めていた。
「ねえ。透。僕は本当の世界に行きたいんだ」
幼い二人は、病院を出ては生きていけなかった。
母の命と引き換えに生を受けた兄弟は、母と同様に生まれつき体が弱かった。
とりわけ弟は、誕生当初は何度も命の危機に直面した。
五・六歳ごろまでは、兄の状態は比較的安定していて、弟の方が弱かったのだ。
だが、成長するにつれ、弟は少しずつ快方へ向かい、兄は一進一退を繰り返していた。
弟は普通の食事を摂れるようになり、体を動かすこともできるようになった。
兄は食事も運動も制限されていた。
幼いときの方が健康状態が良かった兄は、大人たちが弟に付きっきりの間、一人で本を読んだりパソコンを使いこなすようになっていたようだった。
兄弟はどちらかの容体が悪くない限り、ずっと二人は一緒だった。
そうして、小学校を卒業する年齢の頃には、二人とも安定した健康状態で、兄の強い希望により、兄弟は中学校へ通うことになった。
兄弟が幼いうちに死なずに済んだのも、無理を言えば学校に通えたのも、ひとえに生家が裕福だったからだ。
親族が最新医療設備の病院を経営していたし、優秀な医師が身内にいて、父もその道では有名な学者であり、私立学校の理事も務めていた。
だから、三分の一も学校に通えない兄が在学続けることができたのだ。
兄は学校へ通うことに拘った。
弟はどちらでもよかった。兄が望むなら、という感じだった。
「僕はね。三つだけ、どうしても我儘を聞いてとお願いしたんだ」
兄は言った。
二つ目が二人で一緒に普通の学校へ通うことだった。
一つ目は犬を飼うことだった。
七回目の誕生日に小さな黒い豆柴の子犬が家族に加わった。
子犬はロウと決められた。
「狼って字を当て嵌めて、ロウっていうんだよ。強そうでかっこいいでしょ」
名づけた兄は、弟にそう説明した。
ロウは殆ど吠えることもなく、暴れることもなく、おとなしい犬だった。
本当に小さな種だったらしく、成犬になっても小さな体格のままだった。
ロウは、兄によく懐いて兄の言うことはよく聞いた。
他人には興味を示さなかった。
ときどき、気まぐれのように弟にも懐いてくることがあるだけだった。
三つ目の我儘とは何なのか、聞いても兄はただ意味深に笑うだけで教えてはくれなかった。
父親は、あまり日本にいない人だった。
仕事なのか、母を失った地が辛いのか、顔を合わせるのは年に数回、ごく限られた時間だった。
「お父さんはね、とても苦しんでるよ。お母さんをとっても愛していたから。僕たちのこともとっても大切だから。だから……辛いんだよ」
年に数回、顔を合わせるだけの父親のことも、兄はとても理解しているようだった。
弟には難しい話だった。それは今も変わらない。殆ど日本にすらいない父親の気持ちなど分からない。
弟にとっての家族は兄だけだった。
眩しい光に目が眩んだ。
視界が真っ白で、片手を目にかざして目を細める。
「どうしたの? 透」
不安定な感覚に捕らわれていると、不意に暖かい手が繋がれる。
「え?」
その声に驚いて目を見開くと、握られた手を引っ張られた。
「透。競争だよ」
声と共に手が離される。
そこは、生まれる前から慣れ親しんだ公園だった。
病院の所有地であり、一部一般にも開放されている。
透馬が、母が、病院からも自宅からもいつも眺めた桜の木が立っている。
状況を理解できず、面食らっていると、風を孕んで膨らんだ白い服が目の前を走る。
「待ってっ。透馬っ」
透は慌てて白い影を追いかけた。
後姿の透馬は今にも空に浮かび上がりそうに、身軽にふわふわと風に乗るように走っている。
学校でも一、二を争う足の速さの透がなかなか追いつけない。
透馬は馬っ直ぐに、桜の木にたどり着いた。
立派な幹に触れて立ち止まる。
やっと、透も追いついた。
「僕は実は足が速かったんだね」
透馬は、息を切らしている透と対照的に涼しい顔で笑っている。
「はあはあ…っ。何で…俺だけ、息、切れんだよ…」
「あはは」
透馬は病院の白いパジャマのまま、満開の桜の根元に座り込む。
透も同じようにへたり込む。
「透。ありがとう」
幹に寄りかかって、桜を見上げたまま透馬は言った。
「え? 何が?」
透は透馬の方へ顔を向ける。
「最期まで僕のわがままに付き合ってくれてさ」
「……」
「学校へ行きたいって言ったのも僕だし。バイオリン弾きたいって言ったのも。バスケしたい。弓道したい。お刺身が食べたいとかさ。もっともっといっぱい言ったね」
「……」
「でも、それって僕はできないことばっかりだったから、いつも透が代わりにやってくれたんだ」
透馬も透の瞳を正面から見つめ返した。
「ほんとは自分のやりたいこともあっただろうに。いつも僕に付き合ってくれた」
「違うっ!」
透は透馬を抱きしめた。同じ顔、同じ声、同じ髪。でも少しずつ違う。
成長する毎に違いは大きくなった。
その違いは、兄弟逆に当てはまってもおかしくはなかった。
「俺は透馬がいないとダメなんだ…」
「そうだね。僕も透がいないと駄目だったよ」
兄は優しく弟の背中を撫でる。
「…俺も透馬と一緒に逝く…」
透馬は困ったように笑った。
「いいけど、向こうに僕には透とは違った意味で一番愛してる相手が別にいるけどいい?」
「え!?」
透は驚いて、透馬の顔を凝視した。
ふざけている様子はない。
いつの間にそんな相手がいたのだろう?
いや。思い返してみると、学校一可愛くて性格のいい同級生から好意を寄せられていると噂があったのに、透馬は困ったような様子で取り合わなかったような気がする。
「だれ?」
「ふふふ」
ただ、透馬は意味深な笑顔で応えた。
「だから、僕の心配はしないでいいよ」
兄は弟の顔を両手で包んだ。
「いつか透もそんな人に出会うよ」
二人を優しい風が包み、桜の花弁が舞う。
「もし、最期のお願いを聞いてくれるなら」
風が強くなった。
「なに?」
「お母さんのように、この桜の周りに散骨して欲しいんだ」
二人は桜の嵐に包まれる。
触れている距離なのに、声が聞こえにくい。
透馬は、風の中に浮かび上がった。
「透馬ッ」
透は慌てて手を差し伸べる。
白い細い手を掴んだ。
「透。僕はどこにもいなくなったけど」
透馬の伸ばした手が、離れていく。
目も開けられない程の、立っているのがやっとな程の。
嵐のような風が去ったあと。
透は一人、桜の花弁の乱舞する中に残された。
淡いピンクの花弁に混じって舞う白い一片を、掌に受け止める。
それは透の中へそっと融け消えた。
「雪……?」
透は桜越しに天を仰いだ。
『でも、どこにでもいるよ』
透ははっと目を覚ました。
ずっと浅く短い眠りを繰り返している。
そして、透馬の夢を見る。
その夢は朧で曖昧で、明確に思い出そうとする程に遠のいてしまう。
もう何日そうしているのか分からない。
「クウゥゥゥン」
兄の部屋でぼんやり桜の絵を眺める弟に、兄にしか懐いていなかった飼い犬が甘えるように擦り寄って来た。
床に投げ出された手をチロリと舐めたり、膝に前足をついて少年の顔を窺うようにしていたが、少年は無反応だった。
犬の感触とは違う、硬い角のような感触が手に触れる。
透はやっと、視線を移した。スケッチブックだった。
それは、遠い昔の記憶を刺激する。
透はそれを手に取った。
一ページ開くと、幼い絵が描かれている。
クレヨンで描いた赤い歪な丸に、笑った目と口、足と手が描かれている。
隣には同じように、青い丸が並んで、手を繋いでいた。
その絵は、透の記憶を鮮明に甦らせた。
四、五歳くらいの頃だろうか。
二人で絵本を覘きこんでいる。
透馬がお話を読み聞かせる。
絵本だと思っていたのは、このスケッチブックだったのだ。
透馬が描いたのだろうか。文字はない。
絵だけ見ながら、透馬は読んでいたのか。
透は幼い透馬の声を思い出しながら、声に出して読み始めた。
あかちゃんとあおちゃん
あるところに仲よしのあかちゃんとあおちゃんがいました。
ふたりは何をするのも一緒です。
ふたりは形や大きさをかえることができます。
ある日、海であそんでいたふたりは沖へ流されてしまいました。
水が苦手なあかちゃんをあおちゃんはからだを大きく広げて守るように岸にたどりつきました。
「あかちゃん大丈夫」
「あおちゃんありがとう」
お互いに気遣い合いました。
「あれ?あかちゃん色が変だよ」
「あおちゃんもだよ」
ふたりとも体の一部分に小さな色が変わった場所があります。
紫の小さな部分です。
それぞれの紫はちょっと色の具合がちがっています。
いつまでたっても、その紫の部分は消えませんでした。
ふたりともお友だちも増えましたが、やっぱりいちばんの仲よしです。
ある日、ふたりはおうちでパズルをしてあそんでいます。
ふたりはパズルに夢中で煙にきがつきません。
「わあ。たいへんだ」
「火事だ。逃げよう」
「あおちゃん、小さくギュッとなって」
あかちゃんはあおちゃんに助けられたように、あおちゃんを包みこみます。
あおちゃんはとても火に弱いのです。
無我夢中で火から逃げました。
「ああ。助かった。ありがとう。あかちゃん」
あかちゃんの返事がありません。
「あかちゃん?」
あかちゃんの姿が見当たりません。
あおちゃんは必死で辺りを捜しまわりました。
どこにもいません。
あかちゃんは火の中に消えてしまったのです。
あおちゃんは毎日毎日一人で泣いてばかりいます。
みどりちゃんが優しくなぐさめても、きいろちゃんが明るくはげましても、元気になれません。
あおちゃんの体は自分の涙に沈んでしまいそうでした。
「苦しいよ。助けて」
泣き疲れて眠っていると、小さな声が聞こえます。
「だれ?」
あおちゃんはふしぎに思って辺りを見まわします。
だれもいません。
「ここだよ。助けてよー」
弱い声はやっぱり聞こえます。
あおちゃんの足元から聞こえてくるようです。
半分涙につかった体を見おろしました。
もちろん、やっぱりだれもいません。
「ここだよー」
涙の水面が揺れました。
あおちゃんは立ち上がります。
「苦しいよー」
あおちゃんの中の紫の部分がこたえます。
いつの間に前より大きくなったようです。
「きみはだれ?」
あおちゃんは驚いてたずねました。
「ぼくはむらさきちゃん。あかちゃんがきみの中にのこした一部と、きみの一部がまざってぼくはできたんだ」
「あかちゃんがぼくの中に?」
「そうさ。きみが悲しむとあかちゃんはもっとつらい気持ちになって、ぼくはきみの分とあかちゃんの分、ふたり分苦しいんだ」
「あかちゃんがつらい?」
「そうさ。でも、きみがたのしいとあかちゃんはよろこぶ。ぼくはふたり分うれしくなる」
あおちゃんは、ようやく自分の悲しいこころ以外に目を向けました。
あおちゃんのお部屋は、涙で半分しずんでいます。
「まず、とびらを開けよう」
むらさきちゃんが言います。
あおちゃんがとびらを開けると、溜まっていた涙が流れ出ました。
「わああぁ」
あおちゃんは、涙に流されます。
あおちゃんは、きいろちゃんやみどりちゃん、みんなの遊んでいる公園まで流されました。
「あおちゃん。大丈夫?」
あおちゃんは、たくさんのお友達にかこまれました。
みんなとても驚いて、とても心配そうな顔をしています。
「大丈夫。もう大丈夫だよ」
あおちゃんは、少しずつ元気を出せるようになりました。
でも、たまにはさびしくなります。
ときどき、ちょっぴり涙がこぼれることもあります。
あおちゃんの中のむらさきちゃんも、もう話しかけてはくれません。
でも、笑うことも楽しむこともできるようになってきました。
だって、あかちゃんはあおちゃんの中に確かに生きているのですから。
ロウは透の膝に飛び乗り、胸に足をついて、体をいっぱい伸ばして少年の顔を舐める。
そうされて初めて、自分の頬を伝った涙に気づく。
そうして透の気を引いて、ドアへ駆け寄る。
「外に出よう」とでも誘うように。
透は透馬が死んでしまった日以来、初めて外に出る。
久しぶりに風を感じる。
景色はオレンジ色に染められている。
ただロウに導かれるままに歩を進めていた。
ロウは不意に足を止めた。
透はただ機械的に足を動かしていただけだから、それに気づかずロウを追い越して、リードを後ろに引かれてやっと気づいた。
「ロウ?」
振り返ると、ロウはちょこんと行儀よく座っている。
そこは桜宮公園の入り口だった。
母親が愛し、透馬が愛した桜の木がある。
入り口から正面の奥にその桜の木は立っている。
3月下旬から開花し、本来ちょうど満開で散り始める時期だ。
ただ今年は不思議なことが起こった。
もう桜の木に桜の花はない。
満開にもならない前に散りきってしまったのだ。
それがどうやら、透馬が意識不明になった夜の出来事のようなのである。
透馬が亡くなった日の朝には、桜の花弁は一片も残ることなく、地面に敷き詰められていた。
それは透馬の魂と共に去ってしまったようだった。
ロウは繋がれずとも、大人しく入り口の外に伏せの体勢になった。
透は惹きこまれるように、桜の方へと歩いていく。
沈み行く太陽を背に桜の木は佇んでいる。
不意に桜の中から人影が現れた。
透は息を飲む。
桜の囲い沿いに長い影が近づいてくる。
桜の背後にいた人が回りこんでいるだけなのだ。
でも、透にはその人影が桜の化身のように思えた。
このまま歩けば桜と入り口の中間辺りで擦れ違う。
人影は、透と近づかないように距離を取って俯いて歩いていた。
突如、強い風が二人の間を横切った。
服の雰囲気が分かる距離だった。
彼女の背に白い羽が広がり、たった今降り立った天使のように、羽はすぼんだ。
いや違う。それは、白い羽織なのだ。
ゆるゆるした白いものを羽織っていただけだ。
そんなことは、頭では理解できていた。
ただ、透には舞い降りた天使にしか思えなかった。
でも、動揺した透は黙って擦れ違うことしか出来なかった。
桜の木に至る前に透の足は止まった。
そっと振り返る。
今のは幻想だったのではないかと思いながら。
白く長い軟らかい素材のカーディガン、デニムに赤いスニーカーの少女の姿を認めて、透はほっと一息吐いた。
少女は公園を出た所で足を止めた。
そこには透が置いてきたロウがいる。
透に気紛れに懐くだけで、透馬以外には全く関心を示さない犬である。
少女はしゃがみ込んで、ロウの頭を撫でた。
ロウは尻尾を振って、立ち上がった。
嬉しそうに、少女の足に纏わりついている。
透は、その光景を目にして走り出した。
少女は透に気づいて逃げるように立ち上がった。
「ちょっと待ってっ」
透は必死で走ったが、公園を出たときには、少女は道路の向かいのバス停にいて、タイミング悪くちょうどやって来たバスに乗り込むところだった。
透は足元のロウに視線を落とした。
頭の上が白くなっている。真っ黒な毛並みにその白はとても目立った。
白い羽が付いている。
透はそれを手に取って、桜の木を振り返った。
「今のは……?」
『透。透が気づいてくれるなら、僕はどこにでも居るよ』
透の耳には確かに透馬の声が聞こえた。
透はそのまま家路に着いた。
家の前には、慌てたような人が集まっていた。
透の同級生数人と父親の姿があった。
「何かあったの?」
「透がいなくなって…って、とおるっ!?」
手近な同級生に声をかると、一人でノリツッコミのようになって驚いた。
一斉に視線が集まる。
「どこ行ってたのよッ?」
「別に。散歩だけど」
透を連れ出したロウは、集団に興味なさそうに、扉が開いたら、すぐに滑り込める位置に待機している。
何でもないように語る透の前に、父親が歩み出た。
「黙っていなくなったら、心配するだろう」
静かな声だった。父親とはあまり接したことがない。
透は父とどう接していいのか分からない。
目を逸らして迷っていると、不意に大きな腕に抱きすくめられた。
透が面食らっていると、さらに強く抱き締められる。
「透。一緒に暮らそう」
「え……?」
「アメリカでもドイツでもカナダでも。お前が行きたいところで。お前を一人にしておけない」
父親は、透の肩を力強く掴み、真っ直ぐに瞳を見詰めて告げた。
同級生の間にも戸惑いの空気が広がっている。
同じ高校へ進学する同級生たちだ。
「…『大丈夫。もう大丈夫だよ』…ありがとう。お父さん」
透は透馬が言っていたように、父親は愛してくれているのかもしれない、と初めて感じることができた。
もし出かける前に言われていたら、父に付いて一緒に行ったかもしれない。
「でも、俺はここに残って高校に行きたいんだ。透馬が行きたかった学校に」
透にはあの少女に会えるかもしれないと、そんな予感があった。
「それに、俺は一人じゃないよ」
透の言葉に、集まった同級生からもほっとしたような息が漏れた。
「で? みんなはどうしたの?」
「どうしたのって…どれだけ心配したと思ってんのよッ?」
「まあ。佳南。落ち着いて」
今にも食ってかかりそうな少女を諌めた少年が、透へ向き直った。
「でもさ。俺たちもめっちゃ心配してんだよ。すごく悲しいし。透が透馬のことで頭いっぱいなのは分かるけど。でも、俺たちは透のことも心配してるってことも分かって欲しいんだ」
『みどりちゃんやきいろちゃんは? 他のみんなは悲しんでないと思うの?』
そう言った透馬の記憶が甦る。
「…ごめん。ありがとう」
「…分かったよ。今日はお前たちの誕生日だろ」
「え? あ。そうか」
透は透馬が死んだ日以来、日にちを数えるのを止めていた。
十六年前の今日の夕暮れ。丁度このくらいの時間。
双子の兄弟は生を受けたのだ。
あの桜の見える病院で。
「これさ、透馬に頼まれてたんだ」
持っていた立方体の白い箱をかざす。
「注文してるから持ってきてって。卒業式の前の日」
「ありがとう」
透はそれを受け取り、そのまま深々と頭を下げた。
「でも。ごめん。もう少し時間をください」
頭を下げたまま続ける。
「入学式にはちゃんとしてるから」
「いーよ。俺らの前で無理しないで」
「ありがとう。でも、いつまでも悲しんでると、透馬が辛いから」
透は顔を上げて、友人を見渡した。
「だけど、もう少しだけまだ一人でいたい」
「分かった。でも、話したくなったら、いつでも誰にでも連絡しろよ。お前には透馬だけじゃないんだから」
リーダー格の少年はそう告げると、友人たちを促して帰路に着いた。
透は父と共に自宅に入る。
渡された白い箱を開けると、一度も食べることはできなかったけれど、透馬が好きだったケーキと「十六歳の透へ」と書かれた白い封筒が出てきた。封筒の中は、一枚のメモリーカード。
白い生クリームで雪山のように綺麗に模られ、その中からは、宝石のようなフルーツが現れる。
透は添えられていたフォークで、雪山の一片を削り取り、口に入れた。
クリームと生地の甘さの中に、フルーツの優しい酸味が広がる。
透の頬を一筋、温かい涙が伝った。
だって、あかちゃんはあおちゃんの中に確かに生きているのですから
お読みいただきまして、ありがとうございます。
初めての投稿なります。
これから書きたいと思っているお話の序章的な読み切りとなっています。
拙い文章、構成、キャラクターなどですが、ご指摘・ご感想、厳しい意見でも是非よろしくお願いいたします。