お叱りとおつかい。
第一話「お叱りとおつかい。」
「アンタ、人と仲良くなるのが下手よね。本当」
その言葉は、シンの柔らかく脆い心に深く突き刺さった。なかなかの切れ味である。一切言い返すことができない最もなお叱りに、シンはその場で小さくなった。普段ならつい言い返してしまう所だが、今回はそういうわけにもいかない。
「今回、アンタ依頼人になんて言ったわけ?」
「…ですから、『そんなに報酬をケチるのであればここで依頼しなければいい話でしょう。安くしろと言われましても、態度が悪い依頼人に、わざわざこちらが従うとでも?』と問いました」
「ぶっちゃけすぎだな。つか問うてないな、それ」
目の前の女性、サナーレ・ウェスペリアは、煙草の煙を吐き出してそう言った。宙に漂う煙はやがてシンの頭上まで落ち、シンはゴホゴホと咳込む。
「ゴホッ、やめてください、それ。というか、あれは依頼人が悪いと思うんです。サラだってそう思うでしょう?」
「その名で呼ぶな」
今度はサラの拳がゴン、と落ちてきた。
痛い、あんまりだ、と涙を浮かべながらシンはサナーレを見上げた。彼女は相も変わらず、無表情に煙草を吹かしている。
「何でも屋名乗ってんなら仕事選ぶな」
「でも」も「だって」も言わせてくれない彼女は、早々に部屋の奥へと引っ込んでいった。
シンが残された室内では、先ほどの光景を気にもしていない他のスタッフが、思い思いの時間を過ごしている。
ここは何でも屋「トキ」。いつ何時でも依頼人の要望に応える何でも屋だ。つい今しがた依頼人の要望に沿えなかったわけだが。
シンは静かに息をつく。未だ周囲に残る煙草の匂いを感じながら、シンは2年前のことを思い出していた。
シンは2年前、「トキ」へとやってきた。当時のシンは生きるのに精いっぱいで周りを見ることだってできていなかったように思う。
この世界は子供が生きるには過酷すぎた。
7柱のカミサマからなるこの世界は、国によって文化も技術力も、信仰する神でさえ異なる。
国を渡る異邦人に、誰もが優しくできるわけじゃない。時には小石を投げつけられ、なじられた。
ただ死なないで、生きてこられただけでも幸運だったと言えるだろう。
そんな彼を「トキ」が拾ったのだ。
この組織に返しきれないほどの恩を持つシンは、何とかして力になりたいと思っている。
ただ、シンは人との会話が苦手だった。それはもう壊滅的に。キャッチボールで例えるのなら受け取ったボールを顔面にマッハで投げるくらいに。シンは空気を読む、ということが下手なのである。
結果として、「アイツに任せると依頼人は泣くか怒るか呆れるかだ」というサナーレの言葉に「トキ」の店員が満場一致で頷き、彼の仕事は雑用か戦闘要員の二つのみとなったのだ。
今回そんなシンが依頼人の接客を担当したのは、普段接客を主にしている店員が熱で寝込んでいたからである。だが、果たして上手くいくことはなく、今月に入って初めての依頼もなくなってしまったのであった。
「シン、もうこれで懲りたろう?お主に接客は向いとらん。わかったらさっさと他の仕事にあたるのじゃ」
「リリー、私は今とても落ち込んでいるんです。いくら貴方が可愛らしい幼女でも、私は怒ります」
「怒る頭があるのか?お主。それは驚いた。失敬失敬」
思わず右の拳をシンは握り締める。目の前に居るのは、10歳女児の見た目をした悪魔であると周囲に広めてやりたい。そんな衝動を抑えながら、シンは静かに首を横に振る。
「…とにかく、今回は私が悪かったのは間違いありません。反省します。新しい依頼を取ってくるので、アルや炉と仲良く待っていてください。あと、サラのご機嫌取りも」
「ケーキ」
この幼女はやはり悪魔だ。齢10歳にして、他人に対する脅しを覚えているのだ。いやはや恐ろしい限りである。シンは一度息を深く吸って、苦々しい顔をリリーに向けた。
「……ショートケーキでいいですか」
「チーズケーキもつけるのじゃ」
「わかりましたよ、買ってこればいいんでしょう?」
「クフフ、よいよい!待っておるぞ!」
綺麗な白髪をふわりと揺らして、彼女はソファに腰を下ろす。彼女は地面につかず余った足をばたつかせて、ご機嫌なようであった。その幸せそうな表情を見れば、まぁいいか、なんて思えてくるのも、彼女が小悪魔的魅力を持っているからなのだろう。
シンは小さくため息を吐いて、足を進めた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
これから毎月1~3話ほど投稿できたらいいな、と思います。
【以下まとめ】
シン:本作の主人公。
サラ:本名サナーレ・ウェスペリア。
リリー:可愛い女の子。
炉:「トキ」の店員。
アル:「トキ」の店員。
「トキ」:移動式の何でも屋。国を転々としている変人集団。