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【9】vs 荷車泥棒

 リラの小さな手が、ぎりりと魔法の杖を握りしめる。


「じゃあ、私がどうしてれば満足だったの……?」


 彼女が唇をかむ音すら聞こえるかのようだった。


「私だって七年頑張ったのよ……こんな()っこい身体じゃ魔物にも舐められるし、重いもの運ぶ力も無いけど、家族のために必死で、毎日割り当てられた仕事をして!

 それでも芽が出なかったんだから、命くらい賭けるでしょ!? それで生き残ったことの何が悪いの!」

 

 毒々しい紫色をした巨大サソリは、スノーウィよりさらに頭一つ大きい。

 扁平な背中でアッシュが手綱を操ると、そいつは八本の脚を不気味に軋らせて突撃。

 そして、巨大な鋏角(はさみ)を振り下ろす!


 ――把律道・上払い刃利(ぱりい)


 スノーウィは鋏角の内側に脚を突っ込む愚は冒さず、下から蹴り上げて弾き飛ばす!

 次の一撃を、と思った瞬間には、大サソリはガサゴソと滑らかな動作で退いていた。気色悪い動きをする八本の脚がもたらす、安定感。攻撃を弾いても、容易には体勢を崩さぬ相手だ。


 スノーウィはリラを庇い、大サソリと、その背のアッシュと対峙する。


 ――もうよせ、リラ。こいつとは、筋繊維を千切(ちぎ)る音でしか語り合えねえよ。


 単純に極論すれば、アッシュは不運だった。

 彼自身の行動と努力には全く関係なく、目の前にリラが居た。リラとスノーウィが出会ってしまったことで、道が閉ざされた。

 積み上げた努力を、全て無意味でしたとばかりに叩き潰される瞬間。

 その苦痛をスノーウィは知っていた。

 無情な「一本!」の宣言が、幾度となく、山部タダオの無力を断罪してきた。力及ばぬ事こそがタダオの罪であった。


 あの悲しみは、人を狂わせるには十分だった。

 これ以上は無理だ、諦めるかと、幾度も考えそうになった。

 そこで堕ちる者の気持ちは、手羽()に取るように分かる。


 サソリの鋏角は、身体に対してかなりデカい。

 このサイズのサソリともなれば、スノーウィでもまるごと挟めるほどの大ばさみだ。

 どれほど鋭いかは食らってみなければ分からないが、挟んで拘束された時点でお終いなのは目に見えている。


 円弧を描くように走り、様子を窺っていたサソリが、突進に転じた。

 その、出鼻。

 サソリの背中から、アッシュが杖を振った。


「【徹盾弾(ピルムレイン)】!」


 ――魔法か!


 魔法の杖の先から光の矢が……いや、矢と言うには太い。光の投げ槍か! 光の投げ槍が生み出され、唸りを上げながらスノーウィ目がけ、飛来!


 ――うおっと!


 スノーウィはサイドステップ回避。

 実際、弾速も投げ槍程度だった。五感と魂にバリツを宿す熟練の把律家(バリスト)たれば、見て避けられる速度だ。だが、その威力と来たら地面に筒状の穴が空くほどだった。


 ――あれは流石に刃利(ぱりい)すら危ねえ! 避けねえと!


 相手が射撃武器であろうと把律家(バリスト)は怯まない。スノーウィは更にバリツの炎を燃やした。

 元よりバリツとは、不公平な条件下で身を守るための武術。

 まして帝国陸軍の把律道は、銃を持った相手が発砲する前に格闘戦で仕留めることも想定した武術だったのだ。


 スノーウィ目がけ、アッシュは更に次弾を発射。

 同時に片手で手綱を操る。


 ――避けて体勢が崩れたところを、サソリに()らせる気か。


 魔法の投げ槍の発射から着弾まで、ゼロコンマの判断!

 スノーウィはサソリの動きと射線から、アッシュの狙いを読んだ。

 単純ではあるが、その対処は十分に難しい。


 後退すれば立て続けに狙い撃たれる。

 スノーウィは魔法射撃を掻い潜って距離を詰めた!


 意表を突いた。だがそれでもアッシュは手首を返し、手綱を通じて指示を出す。

 それを受け、大サソリは鋏角を開いた。突っ込んでくるスノーウィに出迎えのハグをするように、大きく開かれた鋏角が迫る!


 ――把律道・踏み討ち!


 スノーウィは突き出された右鋏角を踏む!


 ――踏み討ち!


 さらに突き出された左鋏角も側面を踏んで、蹴り上がる!

 目前に、手綱を繰るアッシュ……


「くそ!」


 アッシュが深く身を伏せる。

 そのツーブロックを飛び越えて、彼の背後から毒々しい濃紫の尾針が突き出された!


 ――うっお!


 刃利(ぱりい)に至らず!

 スノーウィは突き出された尾針を、どうにか両脚で挟み込んで串刺しを避ける! 毒液したたる尾針の先端が、スノーウィのモフモフした腹まであと数センチだった。間一髪だ。

 刺せなかったと見るや、そのまま大サソリは尾を鋭くしならせて、鞭の如く地面に叩き付けた。スノーウィは勢いに逆らわず投げ飛ばされて離脱し、ミンチになるのを免れた。

 転がり、羽ばたき、起きる。


 ――人魔一体、だな。魔物の能力を把握して、適切な戦術を判断し、思い通りに動くよう遅滞なく指示を出す。そして、隙あらば魔法で支援する。これが本来のテイマーの戦い方か!


 はっきり言って、この大サソリとスノーウィが1対1で戦ったなら10秒で勝つ自信がある。だがそうはならぬ。サソリより遥かに賢い人間が操縦しつつ、援護射撃までしてくるのだから。


 しかして。

 援護射撃ができるのは、相手だけではない。


「起動……」


 リラの杖が青白い燐光を放った。

 杖の表面にびっしりと描かれたルーン文字のような紋様が、輝く!


「【燃えさしの枝(エンバートーチ)】!」


 リラが杖を振ると、炎が奔る!

 杖の先端から、燃えさかる火の玉が飛び出したのだ。


 スノーウィと、アッシュたちの間合いが開いた一瞬。

 間隙を突く一撃。

 大サソリは、右の鋏角を固く閉じて、盾の如くに側面で受ける。そこで火の玉は炸裂、爆発! 魔法の残滓か、蒼白の光の欠片(パーティクル)が散り、鋏角の甲殻は焦げてヒビ割れた。


 ――魔法の杖! リラも案外やるじゃねえか! なんだそりゃ、説明書を読んだら使えるのか!?


 撃てるタイミングで撃っただけの援護射撃だが、ともあれ、この隙を逃すスノーウィではない。

 相手の鋏角が片方、防御に取られた。一瞬、動きを封じた。

 そして爆炎、爆発が、乗り手の目とサソリの熱感覚を眩ます。

 そのタイミングで挟み討つ!


「く……!」


 突進するスノーウィを左の鋏角が狙う。

 だが苦しい防御だ。追い払うための牽制でしかない、振り払いの一撃だとスノーウィは見抜く。

 そんな甘えを咎めるのも試合の流れ。

 そう。スノーウィは把律家(バリスト)だが、相手の大サソリも、アッシュも把律家(バリスト)ではなかった。ならばどちらが勝利するかは、バリツの精神に照らして考えれば火を見るより明らかだ!


 ――把律道・絡め伏し刃利(ぱりい)


 振るわれた鋏角の側面を取るように、スノーウィは蹴りを合わせて、逸らす!

 むしろ合気道のような所作だ。

 だが把律道の決着は、合気道ほど甘くない。これで終わりではない!

 スノーウィは一連の勢いそのままに、身を低くして側面に回り込みつつ、左の踵を軸に鋭く回転。地面すれすれを薙ぎ払う回し蹴りを放つ!


 ――把律道・韋駄天(あきれす)殺し!


 把律靴の模造ナイフの代わりに、ぴたりと揃えた脚の爪で、スノーウィは切り裂く!

 本来は相手選手の足首裏を刈り取る回し蹴りだ。だがそれは今、大サソリの左脚を三本まとめて切断した!


 脚の断面から体液を拭きだし、声無き悲鳴を上げて、大サソリは痙攣する。

 まだサソリの左脚は一本残っているが、本来は四本で動くはずの脚が出血大サービスの75%offにされては、まともに動けるはずもなし。

 大サソリはガリガリと腹をこすりながら無理矢理に方向転換し、スノーウィに鋏角を叩き付けるも、スノーウィはバックステップ一つで回避した。


「おかしいだろ、お前! 自分の使役獣が戦ってるのに、何を後ろで見てやがる!?」


 サソリの背にへばりつきながら、突然、アッシュが咆えた。

 後方で杖を構え、援護射撃の機会を窺っているリラに向かって。

 戦いの最中に何を悠長な……と言えるだろうか。悪鬼羅刹の如き憤怒の表情。口角が裂けるほどの叫びだ。それは彼の魂の怒りだった。


「だって……」


 その間にも、大サソリはスノーウィを狙って猛毒の尾針を突き出してくる。

 だが、不安定な姿勢からただ突かれただけなら、スノーウィにとっては鈍い。

 シマエナガ(・▴・)が尻尾に止まって羽を休められそうな速度だ!


 ――把律道・上払い刃利(ぱりい)


 突き出された刃を払うつもりで、大サソリの毒尾をスノーウィは蹴り上げる。

 そして、高々と掲げた脚を、そのまま予備動作として。


 ――……からの! つま先落とし!


 スノーウィは一気に振り下ろした。

 もし、この脚がギロチンであったなら、その処刑能力はマリー・アントワネット10人分を優に超えるであろう!

 尻尾を前方に突き出すために下げられた、大サソリの頭は格好の獲物(マト)

 それをスノーウィの爪が縦一閃に両断!

 さすがに頭を真っ二つにされては、大サソリも生きてはいられなかった。こいつはプラナリアではないのだ!


「だってスノーウィは……私の指示、要らないし」


 ――まあ、テイマーとしちゃズルいよな。実際。

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