【5】シマエナガ(・▴・)、配達をする
クソデカ荷車に繋がれて、シマエナガは発車準備完了。
スノーウィと言うか山部タダオは、大学時代に少しだけ宅配便のバイトをしていた時期があった。なので仕事の雰囲気は少しだけ懐かしくもあった。
この仕事に、まさか運搬車のエンジンとして再び関わることになるとは思っていなかったが。
「スノーウィ号は問題無さそうだね。ま、しっかりやんな」
「お師匠様……」
様子を見に来たらしいナタリアに、リラは荷車の御者席から、梅干しと渋柿とモケケピロピロを同時に食べたような顔をする。
「……なんで、ランク5の使役獣に、配達依頼が?
これ、ギルドの振り分け依頼ですよね?
今までと同じって言うか……使役獣が大きくなった分、荷物が増えただけじゃないですか」
「そりゃ、相方のお前がお前だもの。
配達以外はまだとても任せられねえって判断だろ。
こいつを御せるって実績が付きゃ、そのうち別の依頼も入るだろ」
ナタリアは、しれっと言い返した。
シマエナガ(・▴・)急便のサービスステーションからは、リラが話している間にも、別の宅配荷車が発進していく。
言葉を選ばず言うなら、御者席のテイマーたちはリラ同様に新米感が抜けておらず、手綱を繰るのもおっかなびっくり。
彼らの操る魔物たちも、大型犬ほどあるツノウサギやら、小さめのダチョウみたいな飛べない鳥やら、いかにも小ぶりで弱そうな魔物ばかり。
この配達業が、テイマーとしては低級で安い仕事だというのは、まあ、察する。
「時間が無いのに……」
渋面で呟くリラをさておき、スノーウィは装備の様子を確かめた。
ハーネスは何本ものベルトでサイズを調整できる仕組みだ。おそらく、ある程度サイズが合う魔物なら、どんな体型の魔物でも装着できるように考えてあるのだろう。丸っこいシマエナガボディにもジャストフィット。
そして、スノーウィの身長を超えるほどに荷物が山積みにされた荷車は、しっかりとした構造で、実に重い。
――ナイスウェイト!
「え、ちょっと……うわっ!」
スノーウィは手綱の指示を待たずに走り出した。
一切の継ぎ目がない、滑り止めのデコボコだけが付いた奇妙な黒い石畳を踏みしめて、スノーウィは走る。
街はやはり、道が狭くて縦に長い。窓に吊された洗濯物を見上げ、軒先の看板をかわしながらスノーウィは進む。道行く人々は猛進する荷車を見ると、慣れた様子で壁に張り付いて避けた。
一歩一歩進む毎に、ハーネスが食い込み、シマエナガもも肉に負荷が掛かる。
――懐かしいな、昔はタイヤ牽いたり押したりしたわ。蹴り一本でメシ食う気なら、まずは足腰を鍛えねえと! 錆び付いたバリツに油を差す基礎トレだ!
野生のシマエナガが重いものを持つ必要は無いし、そもそも、この身体では物を安定して保持することは不可能だ。
これほど素晴らしい負荷を足腰に受け、身体を鍛える喜びを感じたのは、久しぶりだった。
「スノーウィ! 道が違う、そっち遠回りだから!」
御者席で手綱を引っ張り、右に曲がらせようとするリラの指示を理解しながら、スノーウィは左へ曲がった。
――時間内にゃ届けるから大目に見てくれ! 坂を登りてえんだ!
なにしろ左には、とても魅力的な坂道があったからだ。街の中心に対して平行な、無数のアーチ構造の一つだった。
明らかにただの通路としては作られていない、立体的に街のスペースを増やすための太い道は、上にも下にも建物がある。
「おい、あれって……」
「こないだの魔物か?」
「でっかいから強いのかと思ったら、荷牽きの魔物なのか」
アーチ構造の上は(重量制限でもあるのか)少し建物が少なく開けていて、広場になっていた。露店市みたいなものが催されていて、お集まりの皆様の視線がスノーウィとリラに突き刺さる。
――好奇の目。荷運びは賤業扱いか。
エッセンシャルワーカーが軽んじられるのは、どこの世界も同じらしい。
「よう、頑張れよ! テイマーさん!」
半笑いの声援がリラに飛んだ。
「こ、こんなの、マイナスの宣伝もいいとこじゃない……」
『俺は気にしないから、気にすんな。下積みの努力ってのは、それをやったことのない奴には滑稽に見えるもんさ。バカどもの笑いで己を曲げるな!』
(※スノーウィの言葉は通じていません)
通じない言葉で、それでもスノーウィはリラを励ました。
下積み無くして成功無し。ご立派な成果は持て囃すくせに、そのための準備を馬鹿にするのが大衆というもの。周囲の目線など気にするだけ馬鹿馬鹿しい。
「止まって! スノーウィ! ここ、届け先!」
スノーウィは停止命令を受けながら、名残惜しく、目の前にあるロータリー状の道路をぐるぐると回る。
幾度か手綱を引かれてようやくスノーウィは諦めて止まった。
――しゃーねえ。まあ一旦このくらいにしといてやるか。
届け先は、脇道に少し入った場所の食料品店らしき場所だった。
飲料水だのなんだのの箱が荷物に入っていたらしい。なるほど、重いわけだ。
リラはかなり苦労して、ひいこら言いながら箱を一つ一つ下ろして、少し広い裏口の前に積み上げた。
広い裏口は、おそらく商品搬入を考えた構造だ……この街だと、荷車を横付けできるような大きな荷物搬入口はそうそう存在できないのだろう。
「はあ……嫌なんだよなあ~、ここ」
リラは大げさなくらい何度も溜息をついてから、ようやく決心が固まった様子で、呼び鈴を押す。
「テイマーギルド輸送サービスです」
「遅ぇよ!」
即座に怒鳴り声が返ってきた。
「いつもいつもうわっ!? でっか……ちょ、なんだこいつ!?」
扉を蹴り開けて出てきたエプロンハゲの男は、スノーウィを見上げて、見えない壁に跳ね返されたみたいに腰を抜かした。
そう。スノーウィはデカい。
遠目にはモフモフして可愛いだけだが、身長2メートル超の巨体は、間近に立てば大抵の人間を見下ろせるのだ。
――横暴なカスタマーは、お客様とて許せぬ。
スノーウィはことさらにオヤジに近づき、アルカイックで無表情なシマエナガ(・▴・)スマイルで見下ろして威圧した。
「ギルド振り分けのお仕事なので、問題ありましたらギルドの方にお問い合わせください」
「そ、そうか。そうだな」
「サインと市民番号をお願いします」
男は引きつった顔でスノーウィの方をちらちら見ながら、書類に名前と何かの番号を書き込む。
「ご利用ありがとうございました」
リラが形式的な挨拶を終えるのも待たず、店の裏口は勢いよく閉じられた。
届けた商品もまだ手つかずで、裏口前に積まれたままだ。
「……この届け先で文句言われなかったの、初めて。ありがと、スノーウィ」
リラはスノーウィに、もすっ、と飛びついて礼を言った。