【16】シマエナガ(・▴・)と3分追放ざまあ
「皆さん……どうしてここに?」
「遺跡に入ってくところを見かけたんで、ちと様子見に来たんだがね」
冒険者たちのリーダーだという男は、戸惑うリラを無視して奥に進み、隠し部屋と、その中央に鎮座する謎の機械装置を見て。
「これはいかんなあ。うん。いかん」
とっておきの有害悪戯を思いついたクソガキのような、ニチャついた笑いを浮かべて振り返った。
「外界行動時、遺跡の採掘権は、あくまでもパーティーに付与される。
そして俺は今ここで、リーダー権限において君をパーティーから追放する」
「は、はぁ……!?」
「つまり君はもう、発掘品を手にする権利を失ったわけだ。
それとも、俺たちの目の前で盗掘するかい? もちろんテイマーギルドに報告するがね!」
残りのメンバーたちも、低く意地悪く、笑い声を上げた。
――こいつら……!
リラは器用にも、杖を持ったまま髪を掻き乱した。
スノーウィは、もしシマエナガの顔に表情が存在したなら、我が子を食らうシマトゥルヌスの如き悪鬼の表情を浮かべていたことだろう。今はペストマスクを装着中なので、どのみち顔は見えるまいが。
冒険者たちは遺跡に入っていくリラを見つけて、仮に何か見つけたら奪い取るつもりで後を着けてきたのだ。
もし、遺跡に罠が仕掛けられていたり、魔物が潜んでいたり、ファラオが呪いを掛けていたとしても、それを引き受けるのは先頭を行くリラとスノーウィ。後から付いてくる彼らにとっては、どのみち何の損も無い、何か見つかれば丸儲けというわけだ。
「ははは!
こんな時のために臨時パーティーのメンバーは、共有リーダーとして登録し、勝手にリーダーから追放されないようにしておくべきなのさ!
それをしなかった君の手落ちだ。もう一人のテイマーはちゃっかり申請してたぞ!
『探検手引』には書いてなかったテクニックだろ? ま、勉強料だと思って諦めてくれや。使役獣をけしかけるなよ?」
リーダーはヘラヘラと笑いながらベラベラと、得意げに説明した。
要するに『泥棒が入ったのは鍵を閉め忘れたお前が悪い』理論。説教強盗もいいところだ。
――チッ……法律のバグ悪用かよ。そりゃ根本的に悪いのは、制度を改正しない政府だけど……
「じゃあな!」
「ほら、出てけ! 発掘の邪魔になるだろ!」
冒険者たちはニタニタと笑い合いながら、羽虫を払うように手を振って、リラとスノーウィを追い払う。
――クソ。どう考えても悪者は向こうなんだが、バリツする訳にもいかねーか。
ちょっと蹴飛ばして懲らしめてやるべきか、とはスノーウィも迷った。
だが問題は、法的には相手が完全に正しいということだ。
ここで暴力沙汰など起こせば逆にリラの立場が危なくなる。
……もちろん、全員ぶっ殺して完全犯罪というのも論外だ。ここが現代日本より厳しい世界なのは分かっているが、『人を殺すのは自衛のためやむを得ない場合だけ』と、スノーウィはバリツ精神に照らして考えていた。
単純にそれが可能かどうかも怪しい。なにしろ相手は五人だ。暴力で戦うなら絶対に勝てるが、どんな魔法を使ってくるか分からないわけで。
リラとスノーウィは下卑た笑い声を背中に浴びながら、引き返していった。
「うぐぎぎぎ……あれを献納したら、闘技会の出場許可だけなんてケチなこと言わないで、あれもこれもそれも全部帳消しにできてたのに……」
ペストマスクの下でリラがどんな顔をしているか、見なくても分かる声だった。
――何だ、『あれ』と『これ』と『それ』って。お前、何をしでかしたんだ? 唐揚げの衣にする小麦粉をレモン汁ででも溶いたのか? ……いや、それは流石に埋め合わせの余地無く死刑か。
スノーウィも舌打ちの一つくらいしたいところだったが、シマエナガの口は舌打ちには向かない構造だった。
とにかく、今大事なのは、闘技会の出場許可を得ることだ。掻き集めた薬草類や、魔物討伐の戦利品だけで、足りてくれることを祈るべきか。
……と。その時だ。
背後からの悲鳴が響く!
「うわあああっ!」
――何だ!?
一人と一羽は弾かれたように振り返った。
スノーウィはリラを庇って前に立ち、悲鳴の出所へ走った。
すると、片手は手ぬぐいだのなんだので顔を覆い、もう片方の手で倒れたリーダーをひきずる冒険者たちが、どうにか隠し小部屋から這い出してくるところだった。
「どうしました!?」
「ど、毒の霧が!
機械を外そうとしたら、急に噴き出して……リーダーが……」
小部屋の奥からは毒々しい赤色に着色された気体が漏れて、ふわりと漂っていた。そこから逃れて、冒険者たちはリーダーを引きずってくる。
スノーウィはペストマスクを着けているわけだが、だからって煙に近づいてマスクの性能を試してみたいとは思わなかった。新しい長靴でわざわざ水たまりに飛び込んだ、小学二年生のタダオ少年は、もう居ないのだ。
「あ、あが、ぎ、ぐぅ……げほっ! げほっ!」
倒れた冒険者リーダーは、水揚げされた魚のように悶えながら、目からも鼻からも血を流し、血混じりの咳を吐いて喉をかきむしっていた。
何の毒なのかスノーウィには見当も付かないが、放っておけば彼が間もなく死ぬということだけは見当が付いた。
「毒消しの魔法薬……持ってこなかったんですか?」
トプン、という水音。
リラはフラスコ型でコルク栓が付いた薬瓶を持っていた。
さっきスノーウィの荷物からわざわざ出して、自分のベルトポーチに移していたものだ。
「それは!」
「あなたたちが馬鹿にした『探検手引』に、ちゃんと書いてあったんですけどね。
この遺跡は、旧時代の薬品工場だったと目される、って。調査するなら、防毒装備と解毒薬の準備が推奨される、って」
防毒装備と解毒薬。
妙に準備が良いのは、事前情報に従って備えていたかららしい。このペストマスク、使い古した雰囲気だから、レンタルサービスでも利用したのだろうか。
――へえ。なら、そう馬鹿にしたもんでもねえよな。リラのやり方も。
決して、経験と努力の積み重ねだけが尊く有用なわけではない!
リラは野外探索など初めてだったが、『楽をするために』仕入れた情報で、経験者たちを上回ったのだ。そういう逆転現象も時には発生するものだ。
もっとも、目の前の連中はスノーウィから見ても最悪の部類ではある。彼らが本当に熟練者であるなら、事前情報無しとは言え、なぜ危険を予測できなかったのだろうか?
悪い意味での慣れ。頭を使わない、手癖だけの経験。本当の意味で何が必要か学んだわけではない。
重ねたパレットの上に立ってフォークリフトで持ち上げ天井の電球を替えようとするタイプ!
裏切られるために努力し、死ぬために経験を積んでいるような輩だ。
……いや、わざわざ殺してやることもなかろう。
リラは魔法薬を差し出した。
「どうぞ」
「い、いいのか……?」
「目の前で死にそうな人を見殺しにするほど、非合理的じゃないです」
「済まねえ、助かった!」
そして、薬瓶を受け取ろうとした冒険者を躱し、リラはひょいと手を引っ込めた。
「タダとは言ってませんよ?
私も手ぶらでは帰れないんです」
ペストマスクの下でリラがどんな顔をしているか、見なくても分かる声だった。
「私はパーティーメンバーじゃないですから助け合う義務もありませんしぃ?
あなたたちが発見した遺物と引き換えに、一本お売りしましょう」
言いながらリラは、『探検手引』の裏表紙に何か書き付けていた。
契約書代わりの一筆だろう。
文書に記されたサインは、魔法に頼らずとも相手の行動を縛る呪文となるのだ。誰かの連帯保証人になる書類にサインしたら、人生はだいたい終わる。それほどにサインの魔力は強い。
「ちょ、なっ……てめ、足下見やがって!」
「払えないんですか?」
「いや、だってお前これ暴利……」
「非道い!
あなたたち、仲間が大事じゃないんですか!? 人の命をなんだと思ってるんですか!」
「この場合そりゃ俺たちの台詞だよなあ!?」
スノーウィは羽繕いをしていた。
ペストマスク越しでは今ひとつ上手くいかない。
「げほっ! ぎほっ!
い、いい、渡せ、渡ォゥエーッ! ゲホッ!」
「ぐ……」
スノーウィが今まで聞いたことの無いような、えげつなく水っぽい咳をしながら、冒険者のリーダーは訴えた。
冒険者たちは顔を見合わせて、表情筋を最大限に活用しながら頷き、リラの書いた文章にサインした。
「毎度ありぃー」
「お前、碌な死に方しねえぞ!」
「お互い様でしょう。
未来にどんな酷い死に方するとしても、今を生きられるなら上等ってもんですよ」
特に気取るでもなく、リラはそう言って、鼻で笑った。