【15】シマエナガ(・▴・)と古代のロマン
翌日。
ルシーオは朝早く出立し、また別行動となった。
太陽がそろそろ中天に座す時間、スノーウィは空から獲物を探していた。
相変わらず、この世界の大地と来たら、一面の葛の葉で埋め尽くされている。
その藪の中に潜む獲物をシマエナガ眼力で空から発見したスノーウィは、急降下。
もちろん、そのまま急降下攻撃で仕留めることもできたのだが、スノーウィはそうしなかった。
獲物から、ちょうど爪一本分の距離を開けて着地し、地面に爪を突き立てたのだ。
小さなウサギがスノーウィの目の前に居た。
その額にはツノが生えていて、明らかに尋常のウサギではなかったが、空の狩人たるスノーウィにはツノの有無など小さな差違に過ぎない。食うときに取り除くものが一つ、増えるだけだ。
そして、ツノウサギの側も、それをよく分かっていた。
ツノありウサギの目の前で、スノーウィは高らかに囀る!
『クックドゥルドゥドゥー!!』
「キッ!?」
ウサギは当然、きびすを返し、眼前の捕食者から全速力で逃げる。その様は、まさに脱兎。
ウサギの背中がみるみる小さくなっていく……
――そら、そっちに行ったぞ! リラ!
「【燃えさしの枝】!」
行く手に流れ星が降った。
崖上の高所から様子を見ていたリラが、ファイヤーボールでウサギを狙い撃ったのだ。
一発、外れる。炸裂したときにはウサギは既に駆け抜けていた。地に満ちた葛の葉が、焼け焦げながら千切れて吹き飛ぶ。
二発、ずれる。ウサギは爆風に弾かれて転がるも、大した傷にはならず、すぐ跳ね起きて走り出す。
三発……直撃。ツノありウサギは全身を焼かれながら、爆風で頭も半分吹き飛び、ツノまで折れて、ツノ無しツノありウサギとなった。
――ぐっじょぶ。
マト当てを見守ったスノーウィは、適当にちぎり取った葛の葉で、ウサギをばたばたひっぱたく。表面が炭化しかけたウサギの火を消して、それをスノーウィは掴むと、崖上のリラのところへ持って行った。
「はいはい、これでいいんでしょ。
意味あるのかなあ、こんなの……」
酷くかったるそうに言って口を尖らせているリラに、スノーウィはもすもすと頭突きをした。
――そいつがお前の武器だろ? なら意味はある。絶対に。今は無意味に思えても、俺にやらされての努力だとしても、意味はある! 絶対に!
ひとまずリラは、スノーウィが『狩りを教えようとしている』ことは理解してくれた。
なので、それをやらせた。
スノーウィは昼飯の調達をリラに命じられたが、敢えて自らは仕留めず、様子を見るリラの方に追い立てるよう動いたのだ。
昼飯のための焚き火には既に、串刺しにされたモルモットみたいにデカい野ねずみが一匹、炙られている。これも先程リラに仕留めさせた獲物だ。
火に掛けられたヤカンも、ちょうど湯気を噴いているところだった。
リラはスノーウィに荷物を括り付けて、七日間のキャンプのための物資を持ってきている。
だが、ある程度は現地調達を前提に計画を立てていたようだ。
緊急用にいくらかの飲み水を持ってはいたが、水は、基本的には汲んだものを使っている。
リラは、水をヤカンに注ぐ前によく分からない器具を通していた。浄水装置……なのかも知れないが、銀色のトイレットペーパー芯にしか見えない変な物体がどうやって水を綺麗にしているか、シマエナガには分からなかった。何か魔法的な力があるのだろうか。
他に、コンソメのペレットみたいな形の携帯食料と携帯飼料も、リラは持ってきていた。もはや忍者食の領域だ。
おそらく、この携帯食料に、辛うじて生きられるだけのエネルギーは含まれていると思うのだが、食べる側の感覚としてはぶっちゃけ足りない。
故に、弱い魔物やその辺の動物などを狩り、食べているのだ。
「これはスノーウィの分だよ」
リラは、仕留めたばかりのツノ無しツノありウサギから、ナイフで焦げた表皮を削ぎ落とし、ほとんど生の肉を差し出す。
だがスノーウィはそれを見て首を90°傾げ、調理器具入れから勝手に鉄串を引っ張り出した。
「スノーウィ?」
――たまには焼いたのを食わせてくれ。
でかい肉を鷲掴みするための脚は、人間用の細い道具を使うには、あまり向いていない。
スノーウィは少し試行錯誤したが、最終的に串を脚で掴むのを諦め、クチバシで串を咥えてどうにか肉に突き刺そうとした。すると今度は摩擦が足りない。どんなに強く咥えたつもりでも、力を入れようとすると、鉄串は滑ってしまう。
「……生肉より、調理済みの方が好きなの?
待って待って、やってあげるから。ほら」
リラは鉄串でウサギ肉を突き刺すと、それを焚き火にかざして炙ってくれた。
――さんきゅー……人間の手って本当にすごかったんだな。シマエナガのクチバシと脚じゃ、この程度でも一苦労だ。あー、くそ。急に一本背負いの感覚が恋しくなってきた……
肉が焼けて、脂がジクジク音を立てるのをしばらく聞いてから、スノーウィは肉を裂いて食らった。
* * *
その日、スノーウィとリラが向かったのは、遺跡だった。
よく分からないが地上には大量に遺跡があるらしく、遺跡そのものは大して珍しくもないらしい。
考古学的な調査なども、特にされている様子はない。盗掘して、それで終わりだ。歴史に多少のロマンを感じるシマエナガとしては残念に思うが、地球人類だって王家の谷では似たようなことをしてきた訳なので、こっちの世界の人類をそうそう居丈高に責めることもできまい。
遺跡の入り口は岩壁に埋もれた、小さな洞穴のような場所だった。
そこが入り口だと知らなければスルーしていたかも知れない。
中に入ると、意外なほど広大で、しっかりした空間だった。
――うおお……
まるで一つの巨大な岩塊をくりぬいて、内側を磨き上げたかのような場所だった。
滑らかで継ぎ目のない、しかし人工的な造形を感じさせる壁が続いていて、土埃に満ちた床の上に、錆びた鉄パイプの残骸みたいなものが転がっていた。
リラは発光クリスタルで壁や天井を照らして様子を見ていた。
――今更だが、この世界ってどういう来歴なんだ……? 地上は正体不明の葛の葉だらけ。人間は空飛ぶ街に暮らしてて……太古の建造物が地下に埋もれてる、ときた。
スノーウィは人間たちの会話を理解できる。しかし文字はまだ分からない。
どうにかしてどこかで勉強できれば理解できるかも知れないが、仮に文字を学んだとしても、図書館でシマエナガは歴史の本を借りられるのだろうか。いや、そもそもあの空の街に図書館があるかどうかも分からないが。
「スノーウィ、一応これ着けて」
荷物の奥から、リラは何か変なものを取り出して拡げていた。
尖ったクチバシ型のフィルターが特徴的な、顔面全体を覆うマスクだった。
――ペストマスクだとぅ!? スゲーな、こんなもん用意してたのか。
ペストマスクとは、地球の歴史においては、黒死病が流行した時代の医師たちが感染防止のために用いたマスク。あまりに特徴的すぎて、形状だけは有名だろう。
鳥のクチバシのように突き出た吸気フィルターに薬草を詰め込み、それを通した空気を吸うことで、病気の素である『瘴気』を浄化して感染を防ぐことができると信じられていた。
もっとも現実には、ペストは空気感染ではなくノミに媒介されていたため、マスクは大して意味が無かったというオチが付くのだが。
さて、魔法世界のペストマスクはどんな原理で動いていて、どんな効果があるのやら分からないが、空気が悪い遺跡に入る上で防塵の効果くらいはあるだろう。
リラはまず自分用のマスクを着けて、スノーウィにも使役獣サイズのペストマスクを装着した。
鳥がペストマスクを着ける、という、別に問題ないはずなのに何か間違っている気がする状態に関しては、さておくとして。
それからリラは、スノーウィに背負わせた荷物の中から、何かの薬瓶みたいなものを取りだして自分の腰ベルトポーチに移していた。
テイマーたちのゴツいベルトポーチは、何か色々なものを仕込んでおいて、魔物との戦闘中でも即座に使える構造。特に、三本程度の薬瓶を保持できる、クッション付きの『ポーションポーチ』は特にコストが掛かっている様子だった。
リラとスノーウィは奥に進む。
地下への階段を降りていくと、そこには入口ホールより更に広大な空間があった。
リラは照明をあちこちに向けてみるが……埃が積もった中に、錆びた金属類や、かつて箱であったらしき木材が、まばらに転がっているだけの大空洞だ。
「発掘済みかあ。そりゃそうだよね」
リラは落胆した様子で肩を落とすが……
――なんか、妙な音がするな。人間の耳には聞こえないのか? かすかな風の流れみたいな……
スノーウィは鋭敏なシマエナガ聴覚で、目で見ても分からない何かの存在を察知。
音を追って、滑らかな壁をコツコツと爪で叩きつつ歩いた。
「スノーウィ、どうしたの……?」
そして突如、スノーウィの蹴った壁がぼこりとヘコむ。
いや、ヘコんだのではない。
――うおっ!? なんだこりゃ!?
そこは一見すると、継ぎ目すら無い壁の一部だったのに、スノーウィが押したら扉として開いたのだ。
「え!? 隠し部屋!?」
長年放置されていたはずの扉は、軋みもしないで滑らかに開いた。
もしかしたら、かつて、この建物を使っていた人々にとっては隠し部屋でもなんでもない部屋で、普通に出入りしていたのかも知れない。しかし盗掘者たちにとっては、これでは入り口どころか存在にすら気づけない部屋だ。
発光クリスタルが照らし出した、扉の奥の部屋は、狭かった。
筒状の謎の機械が一つ、デデンと真ん中に置かれているだけだ。機械はスノーウィと同じくらいの大きさで、飛行機のエンジンみたいな形だった。
部屋の上部には通風口らしきスリットも空いていて、おそらくスノーウィが聞きつけた音はここから発されたものと思われる。
この物体が何なのか、スノーウィには分からない。
と言うかリラにも多分、分かっていない。
しかし、リラは目を見開いて輝かせていた。
「…………お宝だ」
コレが何なのかは受け取る側が分かっていればいいのだ。
盗掘され尽くしたはずの遺跡で貴重な残り物を偶然見つけた、という事実だけでリラとスノーウィにとっては十分だ!
「ウソ! すごい! やった!
スノーウィ! 大手柄よこれ!」
リラはスノーウィに飛びついて、もすもすわしゃわしゃと羽毛を掻き乱した。
――何を発掘したのかわかんねーのが怖いが、これでミッションコンプリートか。
リラはさっそく、謎の機械装置を調べて、どうやって取り外せばスノーウィに牽かせて持って行けるか考えている様子だった。
その服の裾をクチバシで引っ張り、スノーウィは注意を引く。
「スノーウィ?」
――誰か来るぜ。複数だ。
近づく足音が聞こえていた。
静まりかえった廃虚の遺跡ともなれば、音は凄まじくよく響く。
反響し合う足音の数を正確にカウントすることは、流石のシマエナガ聴覚でも難しいところだが、それが人の足音で、複数で、無遠慮だということは分かる。
脇道には目もくれず、真っ直ぐこちらに向かっているということも。
リラは警戒し、背部のベルトホルダーに収めていた魔法の杖を抜いて構えた。
階段の奥から明かりが照らされ、大空洞に影が躍る。
果たして、スノーウィたちの前に現れたのは。
「はいはい、そこまでそこまで」
武装した五人組の男たち。
リラが街を出るために便乗外出した、冒険者たちだった。