【13】シマエナガ(・▴・)、コーチをする
丸太のような四肢で大地を踏みならして、化け熊は猛進。
牙が鋭く長くなりすぎて閉じられない口から、ヨダレが舞った。
その顔面目がけ。
「【燃えさしの枝】っ!」
リラは魔法の杖を振る。
杖から飛び出した火の玉は、向かってくる化け熊に正面衝突! 炸裂!
「ブゴッ!」
流石の化け熊も、この爆発には仰け反る。
……仰け反っただけだったが。
「グルルルル……」
「き、効いてない!?」
効いてはいる。
顔面の毛皮は焼け、露出した皮膚がただれていた。
だが、この化け熊はそもそもデカく、しかも魔物の生命力は人間の常識が通じない。
むしろ傷を負ったことで、怒りに燃える目でリラを睨み付け、戦意をたぎらせていた。
「オオオオオオ!」
「嫌あああっ!
死んで死んで早く死んでーっ!」
リラは杖をぶんぶん振ってファイヤーボールを乱射!
だが化け熊は、顔を背けて顔面直撃を避けながら、後はもう被弾を気にしない突撃で強行突破の構え。
肩が焼け、首が焼け、落ち武者の如く頭が焼け禿げ、爆炎と爆風を受けながらも地を鳴らしてリラに迫る。
その化け熊の顔面に、鉤爪が舞い降りる!
「ギャン!?」
「スノーウィ!」
空中から様子を窺っていたスノーウィが、急降下攻撃を仕掛けたのだ。
熊の顔面を鷲掴み、もといシマエナガ掴みして、引き裂く!
――流石にちょっと動きを鈍らせた方がいいか。
さらには、トゲ棍棒のような両前肢で抱き込むベアハッグをスノーウィはするりと回避して、流れるような動作で化け熊の側面に回り込む。
そして勢いを乗せた回し蹴りを低く、放つ!
――把律道・韋駄天殺し!
立てて揃えられたスノーウィの爪が、化け熊の右後肢に半ばまで食い込み、腱を断つ!
熊の顔面と右後肢を裂いたスノーウィは、また即座に羽ばたき舞い上がった。
化け熊の前肢が上薙ぎに振るわれたが、スノーウィはそれを軽々、躱した。
この化け熊、おそらく頭は良くないようだし、手傷を負って興奮状態。
スノーウィが空中に逃れたのであれば、重力に縛られて逃げられないもう片方の獲物に、とりあえず襲いかかる!
「ブモオオオ!」
「わ! わ! わ!」
とは言え後肢を引きずるようになったことで、速度は大幅低下。
転がる岩のような不格好な突進をリラは回避し、反撃のファイヤーボールを至近から打ち込む! 顔面狙いの一撃に、目は焼き潰され、熊の牙が折れ飛ぶ!
そしてそれすら構わずに、化け熊は猛襲。
トゲ棍棒のような腕を振りかぶり、もはや逃げ場の無いリラに躍りかかる。
その、化け熊とリラの合間にスノーウィは急降下着地!
――把律道・顎貫き蹴り!
突撃してくる化け熊をリラのすぐ手前で迎撃! アゴを狙って一直線に突き上げる蹴り!
もちろんバリツの試合では防具を狙っての攻撃だ。
だが、化け熊は防具など身につけておらず、スノーウィの蹴りは十分に鋭い。
頸動脈と気管を裂くだけには留まらぬ。もはや、ほとんど首をへし折る一撃だった。
「ギ!?」
蹴りの勢いで、化け熊はちゃぶ台返しされ後転!
一瞬、頭だけで逆立ち状態になったかと思うと、完全に首がへし折れる音と共に、ズンと地に崩れ落ちた。
そして完全に化け熊が動かなくなっても、リラは死体に杖を突きつけたまま、荒い息をついてへたり込んでいた。
「な、何、なんなの、スノーウィ……」
涙目で非難がましい視線を向けられたが、スノーウィもアルカイック・シマエナガ・スマイルで睨み返す。
――お前なあ。落ちこぼれた奴が毎日基礎トレやってたのに、蹴落としたお前が何もしないんじゃ示しが付かねーだろ。
確かにスノーウィは、バリツの精神に則りバリツの力でリラを助けると誓った。
だが、それは無限に甘やかして全ての面倒を見ることではないだろう、とも考え始めていた。
リラがテイマーとして実力不足なのは、彼女の師匠も認めるところ。
スノーウィという武器を手に入れて、身の丈に合わないはずの仕事ができるようになったのだから、OJTでバリバリに経験を積んで相応の実力を身につけなければ意味がない。そこまで含めて、彼女の拾った幸運だろう。
ならスノーウィは協力する。と言うか、嫌でもやらせる所存だった。
――それに、次は闘技会とかって言うのに出るんだろ? 大会前の追い込みぐらいはしとけよ。必要なところは俺が手伝うから、お前も経験を積んどけ。な?
言葉が通じないのはもどかしいが、スノーウィはリラに、もすっ、と頭突きをした。
ひとまずはよくやった、と言うつもりで。
リラはちゃんと逃げ回って反撃していた。こうして戦いを繰り返し、場慣れしていくことで、真の強者となるのだ。
リラは、さて、どう思ったか。
「あー、もー」
盛大に溜息をついて涙を拭い、ぐしゃぐしゃに髪を掻き乱すと、立ち上がる。
そしてリラは、戦いの前に放り出していた荷物から着替えを出し、いつの間にかぐっしょりと濡れそぼっていたズボンと下着を脱いだ。
――まあ、ちっとスパルタ過ぎるかも知れねえけど……
当然スノーウィは紳士的対応として、リラから目を背けた。
* * *
リラは崖を登っていた。
「この上にっ……薬草の群生地がっ……」
都市周辺の地形は、決して平坦ではない。
スノーウィとリラが出会った山もそうだが、急峻な地形や断崖なども珍しくないのだ。
行くのが大変な場所なら、荒らされずに残っている可能性も高い、というのがルシーオの意見だった。
ゴツゴツした崖の途上で、次の手がかりを探してリラは上を探る。
その姿をスノーウィは、すぐ背後で羽ばたいて滞空しながら見守っていた。
――うむ、フリークライミングはいいぞ。ナウなヤングにバカウケのレジャーだ。自重で全身に負荷が掛かり、体幹とバランス感覚も鍛えられる。
「乗せてよ、スノーウィ!」
リラは背中で叫ぶ。
彼女の腰ベルトには命綱が結わえられていて、それはスノーウィのハーネスに繋がっていた。
最初、リラはこの状態で、スノーウィのハーネスに足を掛けてへばりつき、そのまま崖の上まで飛んで貰おうとしたのだ。
だがスノーウィは、降りられない高さまで高度を上げたところで、身体を傾けながら、崖にリラを擦り付けた。
リラは崖に掴まるより他になく、命綱をスノーウィに預けたままフリークライミングをさせられることになった。
ほんの一度の崖登りで、人の身体能力は変わるだろうか?
変わるまい。
だが、だとしても鍛錬とは全て、日々の積み重ね。小さな石ころや砂粒も、袋一杯に満たせば、把律家にすら持ち上げられない超重量となるのだ。
故にこそ、一つ一つの練習とトレーニングを侮るなかれ。
「あ……!」
リラが手を伸ばし、次の足場によじ登ろうとしたその時。
不安定だった浮き石を、リラの足が踏み抜く!
浮遊感。
宙に浮いたリラ。
そして、命綱がピンと張って、スノーウィの飛行をガクンと押し下げた。
とは言え、リラの体重では荷物込みでも大した負荷にはならない。
スノーウィは羽ばたいて、すぐに飛行を持ち直した。
「し、心臓潰れたかと、思ったっ……!
もぉー離さないからねっ! ほら、飛んで!」
リラは命綱を手繰って、スノーウィのハーネスにしがみ付いてくる。
――しゃーねえなあ。
そのままスノーウィは崖上を目指して飛んだ。




