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【12】シマエナガ(・▴・)と大丈夫ではない攻略本

「いや、笑っちゃ悪い……ぶふっ」

「そ、そっかテイマーギルドの方では……悪名が届いてねえんだ……」

「あのな、俺ら冒険者にとって『探検手引』に騙されるのは初心者の通過儀礼なの!」


 呼吸困難を起こしそうなほど笑いながら、冒険者たちは口々に、リラの掲げる雑誌をこき下ろした。


「冒険者ギルドで持ち歩いてたら、お節介なベテランに『大丈夫!?』って聞かれるやつ!」

「なんで『探検手引』が売れてるか知ってるかよ!?

 市民の1%も居ない冒険者じゃなくて、それ以外の全員に向けて売ってるからだよ!

 冒険者(プロ)が読む雑誌じゃねぇの!」

「お得な情報なんてものが本当だったら、即座にみんなが寄ってたかって食い尽くすだろ! 雑誌で読んだ奴が来る頃には、とっくに無くなってらあな」


 大体どういうことか、スノーウィも把握した。

 リラの持っている雑誌はおそらく、探索のための情報誌……という体裁で作られている、実用性の無い娯楽誌。

 それをリラは、極秘情報たっぷりの攻略本のつもりで買ってしまったのだ。


 この世界のことをよく知らないスノーウィでも、一攫千金情報が安価な雑誌として売られているのは怪しいと、察しが付く。

 だがそれはスノーウィが前世において、情報化社会の日本で、投資詐欺や商材に食い物にされる情報弱者たちを見てきたからだろう。

 リラにはその経験が無いのだ。と言うか下手をしたら、彼女が本や雑誌を買ったのも人生でこれが初めてなのではないだろうか?

 『服を買いに行く服が無い』みたいな話だが、正しく学習するためには、まず教材を選ぶ知性が求められる。残念ながら本に書いてあることが正しいとは限らない! 反ワクチン医師ですら出版はできるのだから!


「まあ……いい勉強だったと思って、な?」

「ここで7日間キャンプしてた方がいいんじゃねえの? 死ぬぞ?」

「みんな最初は……うくく……練習だからな」

「じゃ、健闘を祈るぜ!」


 冒険者たちは笑いの余韻も収まらぬ様子で去って行く。

 後に残されたリラは憮然とした表情で、『冒険手引』なる雑誌を地面に叩き付けた。


 ――気にすんな。(さか)しらなことを言ってたが、あいつらの正論も、どうせ誰かの受け売りだろ。Twitterのレスバトルと同じだ(※Twitter:イーロン・マスクが『X』だと主張しているSNS)。それより初心者の試行錯誤を笑う方が悪い。


 スノーウィがリラに、慰めるつもりでもすもすと体当たりをしていると、成り行きをじっと見ていた騎士が、兜の面覆(バイザー)を持ち上げて口を開く。


「気にするな、知らなかったのも無理はない。あいつらだって最初は何も知らない初心者だったのだ。

 金を出してでも情報を仕入れて、戦いに役立てようという君の姿勢自体は正しい。自信を持ちたまえ」


 厳めしくて暑苦しい顔つきの筋肉男は、籠手をガチャリと鳴らして親指を立てた。


 ――おっと。意見の一致を見たな。やはり筋肉は響き合い、惹かれ合うものなのか。


 そして騎士は、リラに手を差し出す。


「改めて。俺はルシーオだ。こっちは相棒のロシナンテ」

「フゴッ!」

「リラ、です。この子はスノーウィ」


 二人の握手は身長差がありすぎて、だいぶ急角度の吊り橋になった。

 この橋をカップルが渡ったら、吊り橋効果が発生する前に心中することになるだろう。


 ――よろしく。


 スノーウィもお辞儀をして、ルシーオの兜に、もすっ、と頭突きをした。


「確か、ギルドへの献納品を探すと言っていたな。

 何をしでかした埋め合わせだ?」

「そうじゃなくて、闘技会に出るための許可が欲しいんです。早急に」

「闘技会か……」


 ルシーオは、顔面筋肉を隆起させて何か考え込んでいる様子だったが。


「貸してみろ」


 やにわに、リラが投げ捨てた『探検手引』を拾い上げた。


「よろしい、ちゃんと最新号だな。

 ……『探検手引』なら、俺も読んだことがある。実際、馬鹿馬鹿しい雑誌ではあるが、内容は全て冒険者たちの、調査局(ギルド)への報告が元だ。古い情報、見間違い、書き手の誇張と妄想を差し引けば、全てが偽りとも言い切れぬ」

「それ大体全部ウソって事じゃないですか」

「逆を考えろ。

 知れ渡っても誰も取りに行かない宝物、避けて通るべき無益な強敵。時間が経っても変わらぬものを探すのだ」


 どこからか古風な万年筆を取り出して、ルシーオはパラパラと雑誌をめくり、マルとバツの印を手際よく付けていく。


「これと、これと……うん。当てになる情報も結構ありそうだ」

「本当ですか!?」

「見込みがあるように思えるだけだ。行ってみなければ分からんぞ」


 ルシーオの判断には迷いが無かった。

 『脳みそまで筋肉』という侮蔑的な言葉もあるが、筋肉にも知性は宿るのだとスノーウィは主張したい。ルシーオの筋肉には確かな歴戦の風格があり、積み重ねた経験には確かな彼なりの知性があった。


「健闘を祈る」

「はい、ありがとうございます!」


 急激に価値を高めた『冒険手引』を、リラはありがたく押し頂いた。


 * * *


 魔物は個体差が激しい、とは、リラの師匠・ナタリアの言葉である。

 そりゃあ人間だって、五輪アスリートや相撲取りと一般人では、全く外見も身体能力も違うわけだが、魔物の場合はそれが更に極端だ。

 飛び抜けた……同族の群れを皆殺しにするような強さと攻撃性を兼ね備えた、突然変異的な個体が生まれることも、無視できない頻度で存在するそうだ。

 実際スノーウィも野性時代、そういう異常な強さの魔物と出会い、捕食を諦めて去って行ったことが幾度かある。

 言ってみればスノーウィ自身も種の標準から逸脱した存在だろう。ただの雪舞鳥(スノーフレークバード)ではない、高潔な把律道精神を宿した、バリツ(・▴・)シマエナガなのだから。


 ともあれ。

 異常な力を持ってしまった魔物は、しばしば単独での放浪生活をするようになる。

 それは人間たちにとって排除すべき脅威、さまよう災害である。同時に、そんな魔物の体組織は、稀少な資源であるらしかった。


 リラとスノーウィが遭遇したのは、あろうことか、象みたいに大きい熊の化け物だった。

 おぞましいことに化け熊の四肢には、皮膚と毛皮を突き破って、乱ぐいの牙みたいにびっしりと爪が生えていた。それはまるで釘バットか、もしくはフレイルか。能力の逸脱のみならず、肉体の突然変異も、魔物にはしばしば発生するようだ。

 数多の獲物の血が乾いてこびりついたのか、本来灰色であるらしい毛皮は前肢を中心に、どす黒く染まっていた。


「グルルルル……」


 怪物熊は、ボタボタとよだれを垂らして唸りながら、目の前に現れた一人と一羽の獲物にどうやって襲いかかろうかと、様子を窺っていた。


「本当に居た!」


 冒険者たちが報告し、『探検手引』に情報が載った『特異個体(ネームド)』だ。

 ルシーオの見立て通り、こいつは未だに情報通りの場所に居た。

 この熊を狩って、解体(バラ)して、テイマーギルドに送りつければ、いいワイロになるというわけだ。


「さあ、やっちゃって! スノーウィ!」


 リラは化け熊を指差して、スノーウィに指示を出す。

 スノーウィは、従わなかった。


「……スノーウィ?

 ちょ、ちょっと! きゃっ!?」


 スノーウィはリラの背後に回り込むと、もすもすもすもす、と背中に体当たりをして、リラを押し出す。

 必然的にリラは、化け熊に向かっていく形になった。


「グボオオオッ!」


 化け熊の雄叫び!


「うそおおおお!?」


 そしてリラも一緒に泣き叫んだ!


 ――まずは一緒に()ってみよう!

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