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【11】シマエナガ(・▴・)と営業活動(物理)

 スノーウィの住まいたる厩舎スペースは、地球の知識に照らすなら『立体駐車場みたいな牛小屋』とでも言うべきだろうか。もしくは『アパート状の牛小屋』か。

 通路も部屋も、別に狭くはない。スノーウィ以上にでかい生き物も、ここには収容されているのだから。

 最初は手狭に感じたが、人間がみんな肩を狭くして暮らしているこの集積都市で、この空間がどれだけ贅沢に広いか、スノーウィもだんだん分かってきていた。


 二重の鉄格子で封じられた厩舎の中には、飼料を運ぶ昇降機や、清掃用の水道管などが張り巡らされている。

 あちこちから奇妙な唸り声やいななきが聞こえてくるのだから、まさに箱詰めされた百鬼夜行とでも言うべき様相だ。

 その割にニオイがきつくないのは、何か未知の技術で消臭をしているのか、それともスノーウィの嗅覚が人間の感覚からずれてしまったのか。


「お疲れ様、スノーウィ」


 長い一日が終わって、リラとスノーウィは厩舎に戻ってきた。


 ――全くだ。今日は色々ありすぎた。


 Eランク市街から地上に戻ってきて、夜空の下に出たスノーウィは、街の夜景が普段と全く変わらないことをうそ寒く感じ、どっと疲れた。

 あの公的な大虐殺も、地上市街の人々にとっては無関係の出来事なのだ。

 結局、残りの配達の荷物も、奪われた荷車も、領域粛正の雷に呑まれた。流石にリラの責任もうやむやになって欲しいものだが、さてどうなるか。


 ひとまずは一休みしようと、部屋に向かうスノーウィの行く手に、瓦割り20枚くらい行けそうな老女の背中あり。


「お師匠様!」


 リラは、トテテと軽い足音を響かせて、ナタリアに駆け寄った。


「私、配達以外の仕事がしたいです。スノーウィに、もっと別の仕事をさせたいです!」

「それで?」

「……闘技会の出場許可、ください!」


 魔物のエサらしき、大量の肉塊を手押し車で運んでいたナタリアは、振り返って馬鹿でかい鼻息を噴き出し、リラとスノーウィを睨み付けた。

 一人と一羽は思わず揃って、気をつけをした。


「打開策を見つけてきたことは、褒めてやるか。

 誰かの入れ知恵かい?」


 リラはちょっとばつが悪そうに、沈黙で肯定した。


「闘技会ねえ。

 仕事の実績を積み重ねて、結果的に出場許可を得るんじゃなく、今すぐに、ってぇ事だよね」

「はい!」

「したら、ギルドへの献納だろうねぇ。

 金を出せるってのは能力の証明だ」

「要するにワイロですか」

「ワイロじゃないよ」


 ナタリアは一度言い切ってから、思い出したように付け足す。


「制度化されてるから」


 ジョークなのか否か、シマエナガの脳みそには判別できなかった。


「でも、そのお金が無いから今、稼ぎたいんですよぉ……」

「別に献納は現金(ゲンナマ)じゃあなくたっていいんだよ。

 即座に金にできねえもの……例えば、魔物狩りの戦利品とか、発掘品とかでもさ」

「あ、そっか! なるほど!」


 ……ここまでの話をシマエナガ分析力で整理するのであれば、リラは家族のために市民ランクを上げようとしている。早急に。

 そのためにテイマーとしての実績を手っ取り早く手に入れる必要があり、そのために闘技会とか言う催しに参加しようとしている。

 だがそのためにはテイマーギルドにワイロを収める必要があり……リラとお師匠様は、そのワイロに、ちょっとばかしアテがあるようだ。


 ――改めて考えると本当にこいつの人生、綱渡りって言うかAny%って言うか……


 何しろリラは、最初にスノーウィを調馴(テイム)しにきた時からして、身の丈に合わない(だが家族の命が掛かっていると思えば仕方がない)一発逆転狙い。


 崖っぷちに追い詰められた鼠は海にだって飛び込む。

 家族諸共困窮すれば、誰しも人生のRTA走者になろうというもの。多くが討ち死にし、一部の者だけが異常な手段で成功する(チヤート)だ。

 そんな歪んだ社会はどう考えても非合理的で非生産的である。嘆きたくもなるが、バリツの化身と言えども、一蹴りで社会は変えられぬ。何事もまずは目の前の一人(リラ)を助けてからだ。


「念のため言うけど。

 ギルドが許可しただけじゃあ、闘技会に出場はできないからね?」

「そ、そこは、なんとかしますので」

「……ああ、あんたは『地下』の出身だったね。じゃ、心配ないか」


 ナタリアは合点がいった様子で頷くと、エプロンの下のごついベルトポーチを探った。このベルト、テイマーたちがだいたいみんな身につけているところを見るに、半ば制服の一部みたいなものらしい。あるいは安くて便利で量販されたせいで非公式共通装備となったのか。


 ナタリアが取り出したのは、神話的にデコられたカードケースみたいな代物だった。

 確かこいつは、街の出入りに必要な通行証だ。

 彼女は通行証を放って、リラに渡す。


「外だろ。行って来な」

「ありがとうございます、お師匠様」

「団体で通るなら東口だ。安く済む」


 * * *


 数日後。

 都市の『東口』こと、第四検疫ゲートにて。


「……以上、調査局員(ぼうけんしゃ)5名と、テイマー2名。

 資源採取のため臨時パーティーとして、7日間、(フィールド)へ参ります」

「はい。確かに受け付けました。

 どうか合理的に」

「「「合理的に!」」」


 スノーウィとリラを含む、七人と二匹の大所帯が外出手続きをしていた。


 剣と鎧と魔法の杖で武装した男どもが五人。彼らは『冒険者』のパーティーとやらで、ちょうど街の外を調査する任務があり、出かけるところだったらしい。

 臨時の仲間として一緒に外へ出るテイマー二人、および使役獣二匹は、別に彼らの任務に協力する訳ではない。協力者という体で臨時パーティーを組んで一緒に出市し、外に出たら別行動するのだ。時間と金と労力が掛かる、諸々の手続きを省略するテクニックだった。


 ――街の外に出ちまえば、逐一監視されるわけじゃねえから、外出する奴にくっついて一緒に外に出りゃ後はこっちのもん、ってわけか。ハードルが高くなりすぎると下をくぐるようになるのは、どこの世界でも同じ。門番も察してるっぽいし、日常茶飯事なんだろうなあ。


 人間どもは靴を履き替え(街中と外では靴を分けるルールがあるらしい)、皆、空飛ぶ小舟に乗って、空の街から地上へ降りていく。

 大地一面に葛の葉が繁茂した、人の歩みを拒むかの如き、緑の世界へ。


 ――劉邦に仕えた将軍・韓信は、ならず者に因縁を付けられても争わずに股をくぐって許しを請い、無益な諍いは避けて大業を成したという。ならばこのシマエナガも法制度のハードルを喜んでくぐり、大業を成し遂げよう。


 よく考えたら韓信は戦いが終わったら身内に謀殺されていた気もするが、まあリラがスノーウィをシマエナガ鍋にすることはないだろう。


 * * *


 そこまで神経質になる必要も無いだろうが、一応、丘を一つ越えるまでは七人と二匹は一緒に行動した。

 そして、街からの視線が遮られる場所で、別れることとした。


「よし。そんじゃ、ここからは自由行動だ。

 帰りは一緒じゃないと、色々と非合理的だから……また7日後、ここで」

「はい!」

「うむ。お陰で助かった」

「一応聞いとくが、お前らはこれからどうすんだ?」


 冒険者たちは、便乗外出した二人のテイマーに問う。


 リラと一緒に地上に降りてきたもう一人のテイマーは、『冒険者』を名乗る者たちより遥かに『冒険者』らしい格好をした偉丈夫だった。

 何しろ、ご立派な(いぶ)し銀の騎士鎧姿である。リラや冒険者たちは、装甲付きの服とヘルメットと言った調子なのに、この男だけ世界観とか時代感とか常識が違う。そして彼の使役獣は、ちょうど腹ばいに伏せたスノーウィと同じくらいデカい猪なのだが、恐ろしいことに鎧が着せられて背中には(クラ)が括り付けてあった。騎士の如くに騎乗するつもりらしい。


「俺は行軍訓練だ。使役獣を連れて周辺地域を一回りする」

「行……軍? ああ、まあ……頑張ってくれ」


 冒険者たちは、この時代錯誤な騎士がやることを常識で判断するのは無益だと、即座に判断したようだった。賢い。


「で、お前は?」


 もう騎士と目を合わせないようにしつつ、冒険者パーティーのリーダーが、リラに聞く。


「テイマーギルドへの献納品を探しに行くんです。

 遺跡発掘とか、大物狩りとか……周辺を巡ろうと」

「……7日で?」

「そんな期間で回れるほど近くに、大したもんがあるかぁ?」

「準備はしてきました。ほら!」


 訝しむ冒険者たちにリラが見せたのは、三色刷の週刊誌みたいなものだった。

 表紙には、鬼のように凶悪な形相をした魔物と、勇敢に戦う魔法使いの絵が描かれている。


 それを見て、冒険者たちは一瞬凍結。

 そして。


「「「あっはははははははは!!」」」


 大爆笑した。

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