7 肉の塩だけ味はもうギブアップ
ママが帰ってきた。お弁当籠を食堂に返して、向かうは畑。3歳になったからついに解禁。肉食堂は東側の塀にあって岩山からいちばん遠いとこにある。水路は、滝から流れて、食用水、洗い物用、下水となるため、畑は岩山のほう。
えっちらおっちら歩きながら向かうんだけど、村の中って……たぶん、前世で言うところの『山手線の内側』くらいあると思う。フィンによる「管理休憩(皮マット付)」を挟みつつ、ようやく畑らしきものが見えてきた。
そして…うっすら聞こえる……あれは……?
\うなりハーモニー/
うなりハーモニー──つまり「みんなが勝手に唸る=歌」だ。リズムもピッチも関係なし。もちろんハーモニーなんて奇跡的にも起こらない。でも彼らはそれを「ハーモニー」って呼ぶ。最初はマジでつらかった。耳が死ぬかと思った。でも今は、まぁ慣れた。慣れって怖いね。
岩山近くまで来ると、畑(草原)では女性たちがうなりハーモニーを口ずさみながら小麦を刈っていた。
わー!
一面に広がる、青々とした小麦。だけど、その隣に……あれ、薄茶色の小麦畑も。刈り取りに時期とかないのか?と思いながら畑に近づいて気が付いた。小麦が、私の身長の2倍ある。垂れた穂はワニのしっぽ並みにあって、すごい・・・これは遭難しそう・・・。あーだからか。畑の端に背の高い旗が立ってる。いざというときは旗に向かって歩くらしい。
「ワニのしっぽのほうが大きい…?」
たれ目でニヤけた顔に、皮が「茶色+緑+もふもふ」の牙モンスター──それがワニ(この世界ver)。性格は妙に社交的で、リアクション芸を好み、モンスターに襲われてたら助けてくれるらしい。皮は脱皮するんだけど、なぜかショータイムのように脱ぐ。村の塀の前まできてバタバタしてアピールしてから脱ぐらしい。パパが言ってた。皮はありがたいし、助けてくれるのも嬉しいが、なぜか、筋肉が鳴ると。意味が分からん…。
フィンと手を繋いで畑に入ろうと一歩踏み出したら、声がかかった。
「まてよー」
「あ、プア」
「…」
握った手をぐいぐい引っ張って畑に入ろうとするフィン
走ってくるプアは、「ほんと、ひどい奴だな…」と、フィンの態度に笑いながら文句を言ってる。
プアは、フィンのパパの仕事の弟子入りしようとしてる。フィンのパパは骨職人。骨や牙から武器を作る。プアは初めての骨ナイフを試すために来たらしい。
「てかさ、筋肉ばっか重視しすぎなんだよ」
プアが急に言い出した。なんかあったらしい。
「筋肉と牙の勝負なんて戦いとしてどうよ。勝たなきゃ生きられないんだから武器に頼って当然じゃん。俺は戦いに知性を求めるね」
フィンは無言でプアの肩をぽんぽん叩いた。プアの親戚(筋肉多め)から何か言われたらしい。まぁこの世界じゃ、細身のプアは片身狭くなるよね。
「プア、気にしなくていいんじゃない?だって所詮、狩ってきた獲物次第だし。プアの武器ができたらみんなで狩り行こうよ」
「ダメ、危険」
「…私はフィンにくっついて観てるよ」
「ん」
(彼範囲だけど)笑顔がまぶしいなぁ。プアの顔は…酸っぱい何かを食べたらしい・・。
気を取り直して畑へGO。と思ってたが、うっそうと茂る小麦がでかすぎて進めない。フィンが前を歩きながら避けてくれる。
と…、あーー!!!
あれは……間違いない、大葉だ!小麦の足元にひっそりと、それでも堂々と、あの独特のギザギザした葉が揺れている。懐かしさと興奮で、心が一気に沸騰した。
フィンに摘んでいいか尋ねたら、首を傾げて、「雑草…」と返された。虫を呼ぶし、やたらと増えるから駆除対象らしい。……雑草……? あの(自分だけの)人気ハーブランキング1位の大葉が?
自分の幸運に喜びながら摘んでいく。両手いっぱいに積んで、ふと気が付いた。パン食だった……! うどんの薬味…パスタの具…ダメだ。合わせる料理知らない! どうすんのこれ!私のテンション、急降下!
一応持ち帰るために取るし、なんなら雑草駆除褒められたけど、心は号泣中。
せっかくの初畑だったのに……テンションが地面にめり込むほど落ちた状態で、私は帰路についた。でも、ただでは転ばない。両手には大葉。どうにかしてやる。絶対美味しくしてやる。
家近くまで来ると、パパが帰ってきてた。帰りにウサギに遭遇して肉のお土産付き。
ん________???
「パパ、そのお肉貰ってもいい?」
頭に?を浮かべてパパが「いいけどどうするんだ?」と聞いてくる。そうだよね、自分で料理する文化ないもんね。
「フィン…焚火に使う木が欲しいなぁ…」
「ん!!」
凄い笑顔で頷いて走って去っていくフィン。
「フィン~肉食堂にいるから!」
「プア~。骨で特別な串欲しいんだけど作れる?」
そう。焼き鳥塩味に飽きすぎた私。ウサギだろうが鳥だろうが、全部“焼いた塩味肉”になるの。どっちも同じだよ!
そこで思いついた。つくねだ。大葉を入れればちょっと違う味になる。まぁつくね作ったことないから、ハンバーグっぽいものになる予定だけど。
「どんな感じ?」
プアに串の少し平べったいものを説明すると、串の仕上げ手前の物のがあるからすぐにできるらしい。プアもすごい勢いで走り去っていく。
「プア~肉食堂で待ち合わせだよ!」
私は準備がある。肉食堂についたら、パパが説明してくれたらしく、すぐに厨房?という名の地面の前に。
地面に皮を広げて、持っていた肉をプアの骨ナイフでザクッ、ザクッと叩いてみじん切りにしていく。始め、危ないと騒ぐパパがみじん切りをしようとしたけど、皮まで切るから速攻クビにした。
(だから、薬師が難しいって言われてるのね)
この世界の真理にたどり着いた気がしたよ。
みじん切りにした肉と大葉を混ぜると、手のひらにじっとりと脂がまとわりつく。そこにアロン粉を入れて、塩をぱらぱら。卵がない分、少し粘りが出るまで、手でぎゅっぎゅっとこねる。──うん、ねちょって感じ!
木のモンスターを丸々一体担いでフィンが帰ってきた…。フィンの2倍はあるモンスターだが、もう突っ込みはしない。だっていつもだから。
木を解体して、薪にしてもらう。枯れたところ以外は乾かすため、使えるのは後日になるけど枯れたところだけで十分に足りる。
薪が用意できたところで、プアも帰ってきたよ。串をたくさん持っている。あ…たくさんは、この世界、数字は10以上はたくさんと数えるんだ。だから10本以上ということだね。
串につくねのようにひき肉をくっつけて焚火で焼いていく。
ジュゥゥゥ。肉汁がしたたり落ちながら焼けていく。美味しそう!
フィンたちも興味津々。
出来上がって食べてみたらジューシー。美味しい!
噛むと肉汁が出てきて、大葉の香りが鼻を抜けていく。美味しい肉を食べるのとはまた別のジューシーさがある。お肉がふわっとしてて大葉がさっぱりさせてくれるので、いつもより食べれる。
フィンは目を見開いて、固まっているし。プアも「これは…」と驚いている。ママは満面の笑みで「大好き♡」と言ってて、パパはウサギを毎日狩ることを筋肉とともにママに誓ってた。
(よしっ…!)
この世界でも、味が受け入れられていて心の中でガッツポーズ。
と、次の瞬間、全ての串がなくなった。だよね…みんなの食べる量を考えたら、あっという間になくなるのは当然。串焼き鶏肉の1/5ぐらいの大きさだから。
ちゃっかり、混ざって食べていたユボさんも、感激するうまさだったらしい。
「雑草だった葉がこうなるとはな…。この料理は食堂で出していいか?」と聞いてきたので、「ありがとうございます!」と答えておいた。次からはできたものが食べれる。ラッキー!
そして数日後──
つくねは大好評だったらしい。肉食堂限定のメニューのため、コネを総動員してお弁当を手に入れる人が続出し大混乱。様々な食堂からヘルプがきて何とか運営できてるらしい。
更に私にもいいことがあった。雑草認定だった大葉は消費されるし美味しいし、と商業ギルドのギルドマスターから、もこ木の皮がもらえたのだ。
(やったー!でもなんで、もこ木?)
商業ギルドって役所みたいなもので、居住の家賃税や小麦の取り扱い、食堂管理、家の斡旋とかしてるところ。ギルドマスターはそこのトップ。この世界、お金がないから、金一封が物らしい。パパがもこ木を持って帰ってきたときに説明された。
プアもつくね用串を大量に商業ギルドに納め、特別につくね弁当を手に入れてた。「俺も“新料理開発者”だから」と、肉食堂には行けなかった筋肉親戚にドヤったらしい。あはは!
■モンスターの逸話
・メンドリ―(雌鶏)1m 得意技:跳ねる(2mぐらい) 浅森のモンスター ※オンドリーは深森のモンスター
春になると、雄鶏が浅森と深森の間の崖の下でうろうろ。雌鶏が崖ギリギリに姿を現す。色は雌鶏のほうが綺麗でキラキラしてる。雄鶏は好みの雌鶏の下で叫ぶ、鳴く、愛を乞う。愛を気に入った雌鶏が崖下に落ちてくる。夫婦になる。妊娠すると雌鶏は崖をジャンプして上がっていって浅森で卵を産む。孵化したら放置して雄鶏のもとに帰る。帰ってくるまで雄鶏は崖手前をずっとうろうろ。ただし雄鶏強いので、餌たくさん捕れる雄鶏は一夫多妻。多妻なのに妻を大事にする。
・わに 全長2m 皮が緑+茶色でもふもふしている 得意技:決め顔 浅森のモンスター
たれ目でニヤニヤしているように見える 性格もネタで、短い脚の一歩を「出そうかな~やめようかな~」と、前後にごそごそやっては、人のリアクションを楽しんでいる。知っている人は、オーバーリアクションでビビってあげる。レアモンスターだがあまり狩らない。理由は他のモンスターに襲われているときなど、さりげなく助けてくれるから。脱皮する。脱皮の際は人の目の前で、バックミュージックが聞こえるような動きで脱ぐ。人がいないときはわざわざ塀前まで来る。
昔ラッポー(イノシシ風モンスター)に追われた人がいた。そこに颯爽?とワニが現れ、横切って寝そべる。ラッポーがワニに躓いて転ぶ。そこを人が凹殴りし倒した。ワニ踏まれた足跡を背中に着けて、ニヤッとキメ顔しながら去っていった。でも去り際はちょっと痛そうでぎこちなく短い脚を動かしていたらしい。今でも語り継がれるワニ伝説。