6 パンの匂いは飯テロ認定でいいのでは?
朝は日の出とともに起きて、ひと仕事してから朝ごはん。夜は夕方に食べて、日が完全に沈む前には帰宅。夜更かし? 無理無理、燃料の無駄。暗くなったら寝るが基本だね。
おばあちゃんのところで薬の作り方を勉強したらご飯の時間。ご飯は昨日と同じ食堂で食べる。
「ハーレちゃん、先に食堂行こうか。モミンも持ってきたよぉ」
ママが迎えに来た。
おばあちゃんにご挨拶して、食堂に向かっている最中に、狩りから帰ってきたフィンに会う。まぁ毎日ここで会うけど…。
「あれ?うちのパパは?」
「ん」
頷くフィン。ちょっとかすかにドヤってるようにみえる。
「ママ、パパ間に合わないかも」
「そうなのぉ?じゃぁお弁当持って行ってあげないとねぇ」
「フィン、フィンのパパは?」
「ん」
頷くフィン。興味なさげに北東側をちょっと見た気がする。
「うーん。たまには一緒に食べてあげたら?フィンのパパ寂しいと思うよ?」
「……フィンくんのパパはどこにいるのぉ?」
「がんちゃんだって」
「……そう」
そんな話してたら、肉食堂に着いた。
入口は普通の家の3倍はある大きさで、暖簾がある。そうあの「暖簾」。皮扉の代わりに皮暖簾。「筋肉は正義食堂」とちゃんと正式名称が刺繍してある。そして串焼き鶏肉マークの刺繍。
え?まさかの食堂紋が串焼き鶏肉だとは!何度も来ているのに今日気が付いたよ……
あーちなみに、マークは焼き鳥じゃないよ。串焼き鶏肉。鶏もも1枚まるっと巨大な串に何枚もぶすっと刺して、じゅうううって焼くの。焼き鳥の20倍はでっかい。でも皆これを焼き鳥のように食べるんだよね。そりゃマッチョになるよ。
中に入ると、すでに人でにぎわっていた。ガヤガヤと話し声、メニューは1つ。昨日焼いておいた肉を朝焼いたアロン(ピタパンもどき)に挟んで出てくるんだけど、めちゃくちゃアロンのいい匂いが、お店の中に漂ってる。
(やっぱり、人は肉だけでは生きられないんだよ……)
アロンの匂いで心が満たされていく。
本当は夜もアロン食べたい。でもダメ。なんでって、この世界、水は湖だけ。雨降る雲は動かない。雨を受け止めるのが岩山の役目らしい。えーー??なにその原理?意味わからないけど、水源1つだから、水が貴重。だから少ない水で育つ食物を植えている。それが小麦らしい。小麦貴重。
「お、ハーレちゃんじゃねえか。今日も元気かぁ?」
「ん!」
ごっつい腕のおじちゃんが、串焼き鶏肉を片手に手を振ってくる。名をユボさん。肉食堂の肉焼き職人で、口数も煙のごとく多い。
「モミン持ってるじゃねぇか~!お、今日はごちそうか?」
「モミンはデザートですっ」
「ええのぉ。俺にも一口……」
「だーめ!今日はフィンと食べるの!」
「へいへい、モミン係は厳しいな。こりゃ将来が楽しみだ」
にやにや笑うユボさん。後ろから「ユボさん、腹減った!」とツッコミが飛ぶ。
開いている絨毯に座ると、アロンのサンドイッチがどっさりと運ばれてくる。
(ユボさん、ほんと上手に運ぶよね。よくすり抜けられるなぁ)
ユボさんは、その筋肉を活かし大量にサンドイッチを持っては配り、作るを繰り返している。
サンドイッチといっても、これがまぁ、私の顔くらいある。いや、ほんとに。お皿からはみ出ている。
フィンはいつもの場所(私の隣)にぴょこんと座ると、すぐに手を伸ばす。
「フィン、おいしい?」
「ん」
頷くフィン。無表情だけど、早い。サンドイッチがまるで魔法のように消えていく。
別の席では、肉の取り合いでギャーギャーやっている。
「筋肉だ!筋肉!筋肉で勝負だぁ!!」
盛り上がっている。がんばれ。でも私は振り向かない。絶対に。
そんなこんなで、アロンも肉ももっしゃもっしゃ食べて、いよいよ――待ちに待ったモミンの時間!
キラキラと目を輝かせながら、皮をむく。ミカンみたいにむけるんだ。皮は最後に食べる。大事なルール。あのキュッとした渋みが、甘さの余韻をきれいにまとめてくれるからだ。
1かけらをフィンに。1つを自分の口に。
「んーーーーーーーー!!」
悶絶するほど、おいしぃぃぃぃぃ!!
モモ!!濃厚な甘み。甘いだけじゃない。かすかにある酸味が本当においしい。何より味が濃い!前世で、すっごくおいしい桃を食べたことがあって……確かフクシマとかいうところのやつ。それを思い出す味!あの後あまりのおいしさに桃にはまって、いろいろな産地の桃を食べ比べしたのを思い出した。このモミンは負けてない!触感もミカンの薄皮に包まれた桃。手が汚れない桃。ブラボー!
と、気が付いた。フィンが食べずに私の顔をジーとみてる。
「フィン、食べなよ」
「ん」
頷くフィン。
ん?何考えてる?と、持ったモミンを私の口に持ってくる。え?え??くれるの?
「んー・・・。フィンも食べて。本当においしいよ。一緒に食べよ?」
口にぐいぐいと持ってくるフィン。
「ん!」
フィンの目力が凄い。
しょうがないから、パクリ。んーーーー!!うまーい!
一切れ剥いて、今度はフィンの口に持っていく。
「フィンもおいしい?」
「ん」
小さく頷いたフィンの口元が、少しだけ、ほんのちょっとだけ、ゆるんでいた。わかりづらいけど、これは「最高にうれしい」のサイン。
(そんなにおいしかったんだ!)
お代わりの手を出すフィン。一切れあげると、私にくれる。
「……フィン、もしかして、私が『おいしい』って言う顔が見たいだけなの?」
「ん」(無表情)
「それ、ズルい顔だよ……!」
ちょっと恥ずかしいけど、一切れとってフィンの口に運ぶ。と、あっという間になくなったモミン。最後の一口は私の口に消えた。
「フィン、モミン、おいしかったね!」
「ん」
力強く頷くフィン。だよね!
よし!今日は待ちに待った草原の散歩だ!まずは…パパのところに行ったママを待つところから始めるか。