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5 私のチート

朝。皮扉の隙間から、スーッと細い光がさしている。


「ママ、おはよ。パパはもう狩り?」


「そ~よ。今日は糸が欲しいから、蜘蛛のところに行くって言ってたわぁ」

ママはパパの服に刺繍をしながら、いつもの調子で返してくる。


「わかった。じゃあ、隣のおばあちゃんち行ってくるー!」


ちなみに、フィンは今ごろフィンのパパと狩り中。5歳で普通に狩りってやばすぎでしょ。


私はというと、隣のおばあちゃんの家で薬づくりの見学。いや、ちゃんと勉強してるから!見てるだけじゃない。将来のために地味にがんばってる。そもそも、この世界、文系職があんまりない。ついでに紙がない。ええー!?と思ったけど、さすらってたら本は持ち歩けないよね。歴史的に納得ちゃった。


それでもね、最初は夢を見たよ。魔法はなくてもチートはある!ってね。でもさ、


――農業チート?

土の上に立って何ができるか、想像してみたんだ。肥料の開発?草の成長促進?


…うん、そうだった。私は“茶色の手”持ち。植物を枯らす才能だけは抜群。初心者向けの二十日大根すらダメだったのを思い出した。ありがとう、前世の失敗。


――勇者枠?

骨剣を持とうとして、つぶされかけたよ。みんなのあの筋肉は嘘じゃない。


――ご飯チート!?

これはいける!ってテンション上がったね。ファンタジー飯あるあるランキング上位は、唐揚げ、マヨネーズ、とんかつ。


作れます!!


……と思って食堂行ってわかった。まず鍋がない。フライパンもない。焚き火跡に櫛を刺す穴があるだけ。もはや、調理器具というより、ただの地面。オワタ。


――聖女?

魔法がないってわかった時点でもういいや。


結論。

前世の私は、スマホゲームとExcel関数だけ得意な、ただの会社員。このサバイバル半分な生活に使える知識はゼロだったわけ。だから決めたよ。地道にいく。まず必要なのは手に職をつけること。筋肉とともにモンスターを殴り倒すなんてできそうもないしね…。


「おばあちゃん、おはよー!」


皮扉を押して中に入ると、しわしわの笑顔が返ってきた。


「ハーレちゃん、おはようねぇ」

石板の上で、すり鉢から薬をのばしていたおばあちゃんが、ヘラを止めてにっこり。


白髪に茶色い目。薬のことなら何でも知ってるけど、話が長くて脱線のフルコース。


「今朝はねぇ、骨の粉と葉っぱを合わせて、打ち身に効く薬を作るんだけども……あの骨がまぁ、なかなか削れないのよ。私も年かしらねぇ」

「昔はね、私が唸っただけで、小さいモンスターなんて逃げてったもんよ……こぶしハーモニーって呼ばれてねぇ」

「こぶしが足りないのよ、最近の子は。ほら、“フウッアア”っていうのが大事でねぇ……」

「浅森だってねぇ、昔はもっと広かったのよ。今はね、深森モンスターたちが崖のへりに体当たりして、土地を削って……まったく困ったもんだわぁ……」

「あんた、さっきの話の間に、薬の混ぜどきちゃんと見てたね? ほら、私の話もムダじゃないのよ」

「昔はねぇ、そうねぇ、私も浅森で薬草摘んでたものよ。あのころはね、崖の角度がもっとこう……こう!」


ヘラをぐるぐる回しながら、角度の説明が始まった。

(あ、完全に脱線した……)


私は「へぇ~」と生返事しながら、隣で作業を観察。


すり鉢の中では、人の手サイズ(厚さ)の緑の葉っぱがどろどろになってる。そこに満遍なく振りかけるように“骨の粉”を投入。これは木のモンスターの幹の真ん中にある、しなる骨を乾かして石板ですりおろした粉。混ぜると――紫になった。毒々しい色。でも、打ち身に効くらしい。信じられない。しかも、さっき作ってた薬とセットで使うけど、混ぜちゃダメで、薬の上に薬をミルフィーユのように塗り固めていく。


ごりごり、ぬりぬり。ごりごり、ぬりぬり。

おばあちゃんの手が正確に動く。すり鉢を壊さない絶妙な力加減とスピードが要る。だから、薬師は難しいとされてる。


レシピは記録できない。紙がないし(物理的に)、石も掘れない(力的に)。だから、目で見て覚える。……でも、なんか楽しい。地味だけど、少しずつ自分のものになっていく感じ。最初は葉っぱの裏表すら分からなかったのに、今は紫にするタイミングが、ちょっとだけ分かる気がする。チートじゃなくても、この手に残る技術。それが今の、私の“スキル”かもしれない。


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