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2 この世界の一番重要なものって

上ってきた階段を、こんどは1段ずつ、ゆっくりと下りていく。


階段は村の外壁の中をくり抜いて作られて、ところどころにある踊り場や横道から各家に繋がってる。ミツバチの巣のランダムバージョンみたいな感じ。


ちなみに、階段は村のあちこちに何本もあり、どれも壁の上まで繋がっている。村人たちはそれぞれの“自分ちルート”で屋上へ行ってるの。この階段はうちのルート。


3階ぐらい降りた踊り場のところでフィンがぴたっと立ち止まり、荷物の中から何やらゴソゴソと──


……皮マットだ。座布団代わりのやつ。


「えっ、また!? 上りのときだけじゃなく!?」

びっくりして聞いたけど、フィンは無言のまま、当然という顔でマットを広げてポンポンと叩いている。


いやいや、今はもう下りだし、元気だし、大丈夫だし?「座らないよ?今は大丈夫」と言っても、まったく聞く耳持たない。


おまけに肩をぽんと叩かれて、「座れ」と言わんばかりの視線を送られる。


うぐぐ……強い……この無言の圧……。


しぶしぶ腰を下ろしたところに、タイミングよく上からおばあちゃんが降りてきた。「あらまぁ、今日も仲良しさんねぇ」って、ニコニコ顔でこっちを見てる。


「いつも一緒でほんといいわねぇ。将来が楽しみだわ~」

そう言われた瞬間、こっちは照れてぷしゅーって湯気が出そうなのに、フィンは。


……うん。うなずいてた、堂々と。

(いやいやいや、なにそのドヤ顔!?)


赤くなった顔を隠すためせっせと降りていたら、皮の扉に見覚えのある模様を見つけた。

「あ、ドルドの紋様……けど、プアんちのじゃないね」


この世界、皮に、苗字を表す「家紋」と、個人を表す「個人紋」のふたつを縫って、家の扉にして飾る。家紋は同じ苗字でも微妙に違ってて、ちょっと家が分かれると葉っぱの向きが逆だったり、線が一本多かったりするから、“鈴木さんAと鈴木さんB”で家間違えとか起きない。


(前世の「鈴木あるある」を知ってる私としては、もう感動もの)


更に強さがわかる!


そう、この“強さ”ってのがこの世界ならではの基準。力がある家は、強いモンスターの皮で扉を作るから、一目で「あ、この家ヤバい」ってわかるのだ。


ちなみにさっきの紋様の家は、ドルド一族のなかでもちょっと筋肉多めの家のやつだった。だからプアの家じゃない。プアんちはあれ、もうちょい渦が小さいバージョン。


「あれ、プアの親戚んちかもね」と言いながら振り返ったら、となりのフィンが微妙な顔をしていた。


……あ、これ、完全にやいてる。


(うーん、プアはフィンの親友なのに…)


それでも一応フォローして、「いや、別に気になるとかじゃなくて、紋が面白かっただけだし」と言っておいた。するとフィン、ちらっとこっち見て、鼻をふんっと鳴らしたあと、なぜか皮マットをまた出しかけた。


「いや、今座らないから!? さっき座ったから十分だから!」


再びマット攻防戦が勃発しそうになったので、走って一段飛ばして下りたら、足を滑らせかけた。

……フィン、ありがとう。マットはいらないけど……


「あ、パパだ!」


地上に出ると、心配だったらしく、パパが迎えに来ていたんだけど、相変わらず、全身の筋肉が自己主張している。ムキムキである。存在感がでかいな。


「ハーレちゃ〜ん!おかえり〜! パパ心配したよ〜! 疲れたでしょ!? 抱っこしてあげる〜〜!」


キラキラの笑顔とともに、でかい手をぐいっと伸ばしてくるパパ。…の、前に、なぜか私を抱き上げようとするフィン。


「疲れてないからー!」

私は体をひねって、華麗にどちらの腕からもすり抜ける。まだ歩けるから!


さて、お家に帰ろうと歩き出したところで、そろそろフィンともお別れ……のはずなのに、ついてくる。


「フィン、今日はありがと。また明日ね?」

そう言って手を振ると、フィンは首を横に振った。


隣で、なぜかパパまで首を横に振っている。

(え?? なんでシンクロしてるの?)


「フィンくん。ここからはパパが連れて帰るから大丈夫だよ〜?」

パパ、笑顔に目力を添えて“さぁ帰えれ!”の圧を放つが──


……フィン、微動だにせず。

というか、笑顔に対して、完全に「シーン……」の顔で返してる。


(パパも大人げないよ……)


2人の攻防を見ながら歩いていると、村の人から声がかかった。


「よっ! 歩く肉団子!」


「ははははっ! おう! 今日も完熟ボディだろ〜!?」


返事が光の速さで返事して即マッスルポーズするパパ。肩、腕、腹筋、全部に“波”が走る。まさに、筋肉の三段波動拳である。


_この村では、これが褒め言葉。


筋肉は力の象徴。筋肉は命を守る。筋肉は美しい。筋肉が全て。だから、“肉団子”は最高の称賛。一番うまい料理と、一番強い体を融合させた奇跡の言葉なのだ。


ちなみに本物の肉団子料理は、超高級品。希少な肉を何十個も使って、モンスターの肋骨で形を整え、弱火で1日かけて回転させて焼く。燃料だけで家が一軒借りれるレベルのコスト。つまり、「おまえはそれ級にすごい」という最高の賛辞である。


もちろんパパは、その言葉にマッスルで応える。片眉を上げて、キメ顔で筋肉を浮かせ_

前世でいう“流し目”みたいなやつをするのだ。


これで倒れる人もいるらしい。マジで。


(いやもう、暑苦しい!!)


ゴリゴリの筋肉が上下左右に揺れ、むしろ“圧”を感じるほどの体温。うん、冷静に考えたら、熱源だよ。動くサウナだよ。だが私は知っている。この村で父は「絶世のイケメン」枠にいるという事実を_


パパは茶色ぽい赤い目と黒髪で顔もかっこいいと思っていたけど、この世界は筋肉が基準らしく、遺伝子レベルは関係ないらしい。筋肉か……


(な、泣ける……)


「よしっ、今日はせっかくだし、筋肉の話でもしながら帰ろうか!」


パパが唐突に宣言した。そう、彼のスイッチが入ってしまったのである。


「まずね〜、ハーレ! 聞いて! 今日、浅森の狩り中にさ〜、この三頭筋が“ぐいっ”て鳴ったの! “ぐいっ”て!」


パパ、誇らしげに腕を曲げる。もはや腕というより、肉の塊である。たしかに、ぐいっと鳴りそうではある。重みで。


「それから、敵が来たって言うからさ! ほら、昨日倒したあのでっかい蜘蛛系モンスター、いたでしょ? あれの親戚みたいなやつ! こっちもぐわぁーって構えて、そしたら筋肉が、“ビクンッ”て跳ねてさ!」


「……筋肉が、跳ねる?」


フィンがぽつりと呟いた。冷静そのもの。その目は完全に「何を言っているんだろうこの大人は」と語っている。


「そうそう! 跳ねるんだよ! 筋肉が! 動きを先に読んで、もう戦い始めてる感じ?」


「……それは、ただの痙攣では?」



「いやいやいや! フィンくん、わかってないな〜! これは“戦闘本能が筋肉を動かす”っていう、上級者のアレだから!」


「“アレ”……」


フィンは眉ひとつ動かさずに反復してて、隣で笑いを堪えるのがきついよ。吹き出しそう。

パパは筋肉を語るたびにポーズを取り、フィンはその都度、静かに言葉のナイフを刺していく。


_どうやら今日も、村の道には平和なバトルが続くのであった。




ママだ!お水を持って帰ってきてる。と思ったらパパが走って水を持ってあげてる。えっ、その気遣いいるの!?何度も言うけど、この世界――筋肉が、重要。うちの母も例にもれず、そんな筋肉世界のど真ん中を生きてる。


むちむち筋肉、もちもち肌、つやっつやの黒髪。ママ、むちむちすぎない? って私は思うけど、周囲は「最強(筋肉が)かわいい!」と大絶賛。

……価値観、恐るべし。


狩りに行くのは基本的に男性。これは、もともとの筋肉量の違いによる合理的な役割分担。女性は獲物の皮をなめして布にし、装飾し、刺繍する。だから女性陣はみんな手先が器用で、むちむちもちもちがモテる。


ちなみに――私は、というと……まだわからない。だって3歳。筋肉なんて、あるわけがない。顔はたぶん普通。黒目黒髪、母似の白い肌。目鼻口のバランスも、前世基準ではセーフなはず。


でもこの世界、筋肉以外は評価されない。つまり私は、未評価。

……よかったのか、悪かったのか。


結局今日もフィンはうちまでついてきた。帰らない圧がすごい。私のうしろで仁王立ちしてる。


「……ごはん一緒に食べる?」

待っていたが如く、かぶせるように頷くフィン。


(まぁいつものことだけど……)

そしてそのまま、フィンのパパが迎えに来るまで帰らなかった。がんばるなあ、5歳。


ママが小声でフィンだけにささやく。

「フィンくん、まだ帰らないの?……うふふ、がんばってね♡」


ママ、ちょっと楽しんでるよね?

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