1 転生した世界を見たかったのにフィンを見てたかも
(あと10段)
はぁはぁ言いながら上ってきた階段もあとわずかになった。息ひとつ乱れないフィンを目の端に映しつつ、下がっていた頭を上げて出口を見る。光の穴がどんどん大きくなって、ついに塀の上に出た。
風、強っ!ていうか、空の青が近い。吸い込まれそうな感覚を肌に感じながら、ゆっくり視線を下げてみる。屋上の両脇にある壁のせいで、見えるのは空の青オンリー。
横にいるフィンを見上げると、すでに一度来たことがあるからか、景色なんて眼中になく、私の顔をジーって見てた。その目が疲れてないか心配してる。「まだ大丈夫」とは言ったけど、信じてないな?その目。心配性め。いつものことだけど。
私はハーレ。3歳にして村の外壁のてっぺんまで自力で登れる、やればできる子。ついでに言うと、「前世らしきもの」の記憶を持っている。らしき、というのは、それが本当に前の人生だったのか、未来視なのか、よく分からないからだ。でも少なくとも、「もう一つの人生があった」ってことは確か。
前世は……なんか、魔法の国だった気がする。遠くの人と話せる板。ひとっ飛びでどこまでも行ける乗り物。食べ物がチンって鳴って温まる箱。触ったら水が出る鉄。こことは違うって、そういう感覚が、いろんなところに残ってる。もう一人の自分というより、肉体と感情が子供に戻った感じ。
空の色だって違う。前世と比べて目の前にある空は、ちょっと絵の具感あるというか…濃くてベタッとしてる。風も味がした。綺麗すぎる空気ってあるんだね。
壁の端まで歩いて、手を挙げて…。
無言で私を持ち上げて、塀の外を見せてくれるフィン。その手はすごく丁寧で、ぜったい落とさない気配がして安心できる。表情はいつでも同じだけど、でもなんとなく、伝わってくるんだよね。生まれたときから一緒だから。
視界が、青から緑へ。手前と奥で違う濃さの緑。景色の色がグラデーションで変わる。すごい、絵本みたい。
手前の緑は「浅森」。人間でもギリ勝てるモンスターがふらふらしてる。奥の濃い緑は「深森」。強い、ヤバい、食われる。三拍子そろった危険地帯。
ここでは生態系の頂点は人間じゃない。それは森を見てて肌で感じる。ここでは人は精一杯頑張っても死ぬ。簡単に…。
だから外壁は重要。ぶ厚い1枚岩で作られていて、厚みも幅50m程度はある。外に出る手段は縄梯子で、開閉式の扉はない。全部、人を守るための物。
と、そんな「初めての外」を堪能してたら――
ビューーーーと突風が。
(ぐぇぇぇぇ…)
死ぬって…いやホント死ぬって…!
フィンの腕をペシペシ叩いて「風より腕がやばいよ」アピール。
ここは前世で言う12階くらいの高さだから、風の破壊力もそれなりにある。でもフィン、びくともしない。浅森にも狩りに出てるし、うちのイケメン無口幼馴染、ほんと頼れる。
今日はモンスターの気配もしないみたいだし、また今度見に来るとして、フィンに下ろしてもらう。反対側の町側も見ておきたいので小走りにダッシュ。フィンも合わせてきてくれて抱っこまでセット。助かる。
この村、ざっくり言うと岩山をくりぬいて作られている。外周が天然の壁になっていて、正面にはまだまだ“岩!”って感じの山がドンとある。昔見たエアーズロックに似てる気もする。大きさは全然違うけど。その岩の上には村よりも大きな湖があって、そこから滝がどどどーっと落ちている。
(滝つぼの霧、すご…。今度近くで見たいな)
更に下を見ると、そこにも「緑」。村の中心に、でっかい畑と果実園が広がってた。
「草原と森だ」
そりゃ母も心配するね。遭難しそう。
この畑と果実園が、村の食料供給の要。農業一つするにも命がけだ。なにせモンスターがわらわらいるもんで、「定住?無理無理!」が昔の常識だった。けど、ある日、誰かがこの岩を見て、「削ればイケるんじゃね?」って気づいたらしい。今では畑も家もぜーんぶ岩の中に詰めこんで、定住大成功。
よく見ると、滝つぼから草原と森に向かって、水路と道がマス目状に整備されてる。うちがよく使ってる水路も見えて、ちょっとホッとする。
「フィン、ありがと」
頭をごっつんこしてお礼を伝えると、フィンは無言でふわっと私を下ろしてくれる。
……ふと気づけば、さっきまでまた、前の世界の記憶に引っ張られてた。
大人な自分と、子どもな自分。
清潔な魔法の国と、土と風と魔物のこの世界。
境界がわかんなくなりそうな時もあるけど――
フィンの手がある。ちゃんと、ここにいるんだって思える。
無口だけど頼もしいその手を握って、階段を一緒に下りていく。