1 転生した世界
(あと10段!)
はぁはぁ言いながら登ってきた長い階段も、ついにゴール間近。視界の端で、息ひとつ乱れないフィンを確認。
……え? なんでそんな涼しい顔? こっちは肺が裏返ってるんだけど。
頭を上げると、階段の先に光の穴。穴はぐんぐん大きくなって――パッと塀の上に出た瞬間、
「うわっ、風つよっ!」
びゅおおおおおっ! 前髪が逆立つ。
塀の上の空はすごく近く感じる…てか、近すぎない? 空に吸い込まれそうで、足の裏がざわざわする。
私はハーレ。3歳にして、村の外壁のてっぺんまで自力で登れるスーパーえらい子。
…で、ついでに言うと「前世らしきもの」の記憶持ち。
「らしき」ってのは、本当に前の人生だったのか、未来の出来事を見たのか、自分でも不明だから。
でも確かなのは——もう一つの人生を私は知ってるってこと。
前の世界は、手品みたいな便利アイテムがあふれてた。
遠くの人と話せる薄い板。
光の速さでどこまでも行ける乗り物。
食べ物をチン!って鳴らすだけで温める箱。
触ると水が出る鉄の首。
(こことは全然違う)――そういう感覚が、体の奥に残ってる。
空の色だって違う。前世と比べて目の前にある空は、ちょっと染料感あるというか…濃くてベタッとしてる。
風も味がした。綺麗すぎる空気ってあるんだね。
横を見ると、フィンは景色そっちのけで私の顔をじぃーーーと見てた。
その目が「大丈夫か?」と、すごい圧で聞いてくるから、「大丈夫!」と私は声に出して返事しておく。心配を行動に移されるとめんどくさいし……。
それでも目を細めてガン見してくる。
むぅ…信じてないな? 相変わらず心配性め。
目の前は岩の壁。身長がまだ……少し足りないから、見えるのは空だけ。
(う…。これから伸びるから大丈夫!それに私には優しいフィン様がいる!)
私は手を挙げてフィンに合図。
「ふぃん~」
無言のまま、ひょいっと持ち上げられる。おお…この安定感、5歳とは到底思えない。
視界の色が変わる、空の青から森の緑へのグラデーション。
手前の森は「浅森」。人間でも何とか勝てるモンスターがふらふら。
奥は「深森」。強い・ヤバい・食われる、三拍子そろった危険ゾーン。
この世界で人間なんて、ランク的に下っ端。1対1で勝てるモンスターは、そこそこしかいない。
だから村の外壁は一枚岩で分厚く、扉なんてなくて、村外に出るときは縄梯子でコソコソ…と行く。
今まさに、その縄梯子が目の前。それを辿って視線を下げたら——高い高い高い!
「おろしておろしておろして!!」
フィンの腕をバシバシ叩くと、渋々下ろしてくれる。
高さは前世でいうビル12階ぶん。そりゃ足も震えるわ。
外側を堪能したら、通路を横切って反対側へダッシュ。
距離は50メートルぐらい。自己最速(当者比)ダッシュのつもりが、フィンは横で余裕のジョグ。……悔しいけど、お世話になるので八つ当たりは我慢。
手を伸ばして「お願い~」をすると、無言でヒョイと抱き上げてくれる。しかもすごい安定感。
この村は巨大すぎる岩の一部をくりぬいて作られた天然要塞。
正面には、まだ“岩!”って感じの山がドンと構え、その上には村より大きな湖がある。
そこから落ちる滝が、岩を伝ってどどどーっと村に水を届ける。
滝つぼの霧……あれ近くで見たい。でも、散歩は家の周り限定ルールでまだまだおあずけだった。
下を見ると、村の中心に広がる畑と果実園。……いや、草原と森だな。
緑が多すぎて、遭難しそう。
昔は「定住?無理無理!」が常識で、モンスターを避けつつ、親戚単位の小さな集落で移動して暮らしていた。
でもある日、誰かがこの岩を見て「削れば村作れる!」って思いついた。天才か。
そこから家もギルドも全部岩の中に詰めこんで、定住に成功。岩、偉い。
「ありがと、フィン」
頭をごっつんこでお礼すると、ふわっと下ろしてくれる。
前の世界の記憶がよぎる時、心が少しだけ宙に浮く。
大人な自分と、子どもな自分。
境界があやふやになる時もあるけど——
フィンの手がある。ここにいるって思える。
その手を握って、一緒に階段を下りた。