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7 謎?の戦うヒロイン参上!




 アークデーモンは、魔のモノの中でも上位にあたる魔族だ。

 チート持ちだったイアンのときならまだしも、今の僕じゃ、この三発目で確実に終わっていた。


 だが今回は、僕が大ダメージを受けたと見るや、アークデーモンは間合いを保ったまま追撃してこない。まるで、僕の回復を待つかのように。


(……僕を嬲って、楽しんでいるのか?)


 魔族の中には、格下と見るとこうやって力を誇示するように嬲って、長く苦痛と絶望を味あわせてから殺すモノがいる。


 二百年前にも、聖徒戦士をいたぶる魔族に遭遇し、地獄送りにしたことが何度かあった。だが、アークデーモンで、会ったことはない。


(……試してみるか)


 僕は鞄から、一番安価な回復薬を取り出し、アークデーモンの目の前で飲み始めた。

 敵の前で薬を飲むなど、自殺行為に等しい。


 僕は目を逸らさず、慎重にデーモンの動きを注視しながら飲み続ける。

 予想通り、アークデーモンは動かない―― 攻撃してくる様子もない。

 やはり、僕を弄ぶつもりらしい。


(……楽に死ねそうにないな。けど、その分だけ、マルタンさんが助かる可能性は上がるか)


 僕は飲み終えた空のペットボトルを、無造作に地面へ投げ捨てた。

 このボトルは教会技術による特製で、軽くて丈夫、しかも自然に分解されるという優れものだ。


 そして僕は覚悟を決めると、刀を地面に突き立て、杖代わりにして立ち上がった。


 ***


 そんな宙哉の様子を、少し離れた場所から見つめる者がいた。

 真紅の長い髪を風になびかせながら、深い闇のような黒い瞳で、じっと宙哉を監視している。


 黒を基調としたコートに、赤いブラウス。そして赤と黒のアシンメトリースカート。

 その端正な顔立ちには、冷徹な表情が浮かんでいた。


 と、その彼女に、気だるげな声が近づいてくる。


「あれ~、もう始まってるんだ~? まあ、別にいいけど~」


 少女は飄々とそう言いながら、棒付きキャンディを口の端にくわえ、ニヤニヤと生意気そうな笑みを浮かべている。


 彼女の名は<ロノノ・ウェイスター>。

 見た目は小学生から中学生くらい。

 深紫の髪をヘアゴムで高くツインテールにまとめ、華奢な身体には左肩だけを着崩した黒のコートと丈を詰めた黒と紫のアシンメトリースカートが、その小さな体を包んでいた。


「ロロノ、遅いわよ」


「だって~、ロロノちゃん超忙しいんだもん~」


“ロロノ”と呼ばれた少女は、まったく悪びれた様子もなく答える。


「あのグラサンと《《メガネ》》にボコられてから始めたVチューバー活動が、今めっちゃ忙しいんだよね~!」


 彼女の魔族だが、正体を隠して個人Vチューバーとして活動しており、歌とメスガキキャラを売りにしている。

 その人気は、あのシィシィに迫りつつある――(※本人談)


「ていうかさ~、サタンも来てないじゃん~?」


「サタンは、用事があって来られないのよ」


 女性は、少し不機嫌そうに答えた。


「はぁ~!? それならロロノちゃんだって、やることいーっぱいあるんですけどぉ~!? “新しい歌の動画”のために、収録もしなきゃだし~、編集もしなきゃだし~!」


 ロロノは不機嫌そうに眉を八の字に歪め、ブツブツと文句を垂れる。


「はぁ!? それなら、ロロノちゃんだって、やることいーーぱいあるんですけどぉ~? ”新しい歌の動画”のために、収録しないとだし~、編集しないとだし~」


 ロロノは不機嫌そうに眉を八の字に歪め、ブツブツと文句をたれる。


「サタンのおかげで注目されたんだから、いいでしょう?」


「ロロノちゃんの実力なら、そのうち有名になってたっての!」


「はいはい、わかったわよ……」


 女性は面倒くさそうに肩をすくめながら言い、再び宙哉に視線を戻す。それにつられるようにロロノもそちらを見て、不思議そうな顔をした。


「あのチョーモブいのが、例の《《御使い》》?」


「そうよ」


 ロロノは目を細めて宙哉をじっと見つめるが、どうにも“パッとしない”印象しか受けず、首をかしげた。


「……うーん、全然大したヤツには見えないんだけど~? なんで、サタンはあんなのに執着してんの?」


「彼が、サタンの“ライバル”だからよ」


 女性は、ロロノの質問に少し苛立ちを含んだ声で答える。

 その苛立ちはロロノに向けられたものではなく、今回の作戦、そしてそれを立案したサタンの真意が未だに見えてこないことに対するものだった。


(御使いが私たちの“計画”にとって邪魔だから、その前に排除したいというのはわかる。けど――時間をかけて嬲る理由がわからない……サタンらしくない)


 彼女こそ、“赤い蛇”の異名を持つ堕天使サマエル。

 今は天界の追跡を逃れるため、姿を変え、《サーマ・セルペンス》と名乗っている。

 彼女が宙哉から思考に意識を取られたその時、爆発音が響き渡る。


「!?」


 驚いたサーマが音のした方へ目を向けると、先ほどまでデーモンが立っていた場所は焼け焦げており、攻撃を回避したデーモンは宙哉から距離を取った場所に跳び退いていた。


 そして――

 宙哉の背後、高く伸びた木の頂に、少なくともこの世界の“聖徒戦士”には似つかわしくない服装の、金髪の少女が立っていた。


 ***


 デーモンを攻撃した金髪の少女は、僕とデーモンの間に軽やかに着地する。


 白と赤を基調とした、フリルたっぷりの服。赤いスカートの裾からのぞく白く細い脚が眩しい。

 その姿は、まるで日曜朝のアニメから抜け出てきた“魔法少女”そのものだった。

 そして、彼女はポーズと共にその姿に恥じない口上を述べる。


「胸に燃えるは正義の炎! 悪い子は、浄化の炎で焼き尽くす! 天からの使者、キュートミカエル!!」


 ……訂正。ニチアサにしては、ちょっと物騒すぎる。


「そこのモブっぽい君、あとは私にまかせて!」


 少女は背中越しにそう言って僕に呼びかけると、ちらりと横顔を向け、にこっと笑ってみせた。


 僕はその横顔を見て、二百年前の大切な仲間の面影を重ねてしまう。

 そして、思わずその名を口にしていた。


「ジャンヌ……?」


 僕の言葉に、彼女は一瞬目を見開く。

 だがすぐにその表情を引き締め、視線を前へと戻す。


「やっと気付いたの? 相変わらず鈍感なんだから……」


 小さくつぶやいたその言葉は、僕の耳には届かなかった。


「いくわよ! アークデーモン!!」


 彼女はデーモンをまっすぐに睨みつけ、右腕を横に広げると、固く握った拳にバレーボールほどの炎が宿る。


 その瞬間――

 彼女は足で地面を強く蹴り、アークデーモンとの間合いを一気に詰めた。


「ファイアー・ナックル!!」


 炎を帯びた拳が、猛然とデーモンの巨体へと叩き込まれる――

 ……はずだった。


 しかし、相手は魔族・アークデーモン。

 咄嗟に反応したそれは、僕に三度襲いかかったのと同じ左の拳を振り上げ、迎撃に出る。

 そして、両者の拳が衝突した。


 空気が揺れ乾いた破裂音と、耳を裂くような爆発音が、辺り一帯に轟く。


「グォォォ!?」


 だが、競り勝ったのは彼女だった。

 アークデーモンは衝撃に耐えきれず、うめき声とともに巨躯を後方へ吹き飛ばされる。


(この世界にまったく馴染まない服装、奇抜な戦闘スタイル―― そして、アークデーモンと互角以上に渡り合う戦闘能力……間違いない。彼女は【御使いシステム】で召喚された【御使い(英雄)】だ!!)


 ──説明しよう!【御使いシステム】とは!


 世界への直接介入を避けている“主”が、生前に善行を積んだ者に力を授け、危機に瀕している世界へと送り込むシステムである。


 救われた世界の人々は幸せになり、派遣された善行者も“英雄”として称えられ、主も迷える子羊を導けて満足。


 そう、これは三方得の素晴らしきシステムなのだ。

 まあ、他にも細かいルールはあるが、長くなるので割愛させてもらおう。


 重要なのは──

【与えられる力は、善行者本人の“願い”や“好み”が反映される】ということだ。


 多くの者は、生前に好きだった英雄や作品のキャラクターを“第二の自分”として選ぶ。

 かく言う僕も、二百年前に好きだったキャラを選び、その恩恵を存分に受けた一人だ。


 そして、彼女ジャンヌ(仮)も、おそらく――

 いや、もしかすると、システム実行者の一人である義妹・サブカルフォン(通称:さーちゃん)の趣味が反映されているのかもしれない……


 そんなことを考えている間に、彼女は両拳に先ほどと同じバレーボールほどの炎を纏わせ、素早く追撃に転じていた。


 しかし、体勢を崩していたアークデーモンは、翼を羽ばたかせて間一髪、空中へと逃れた。


「ファイアー・フィスト!!」


 ジャンヌ(仮)は逃げるデーモンに向かって、両拳に纏っていた炎を放つ。

 放たれた二つの炎は、炎は拳の形となって一直線にデーモンへ向かって、空気を揺らしながら、勢いよく目標へと迫る。


 自身の上昇速度を超える勢いで迫る炎の拳に対し、デーモンは急ぎ左手に魔力を収束させ、迎撃用の魔力弾を発射する。


 次の瞬間―― 両者の攻撃が空中で激突し、轟音と共に爆発が巻き起こる。


 だが、その爆炎の中から、相殺されなかった片方の炎の拳が飛び出し、デーモンの胴体を正確に捉えた。


「グォォォォ!?」


 再び苦悶の声を上げ、炎に包まれた巨体が吹き飛ばされる。しかしアークデーモンは、なんとか体勢を立て直し、地面への墜落を辛うじて回避した。


(世界を救うために選ばれた“御使い”だ。アークデーモンに負けるはずがない。……これは、生きて帰れそうだ)


 僕はそう楽観的に考え、少し肩の力を抜いた。

 だが、状況は一変する。戦いはまるで千日手のような、膠着状態へと突入した。


 近接戦闘では分が悪いと判断したアークデーモンは、彼女の炎の拳が届かない高度へと飛び上がり、魔力弾による遠距離攻撃に切り替えたのだ。


 ジャンヌ(仮)のダブルファイアー・フィストは、アークデーモンが両手から放つ強化された魔力弾すら打ち破る。だが、肝心の敵に届かなければ意味がない。


(このまま撃ち合えば、魔力の少ない方が負ける……彼女は大丈夫なのか?)


 僕は彼女の戦いぶりに、不安を覚えた。

 だがその懸念は、どうやらジャンヌ(仮)自身も抱いていたようで――彼女は、大胆だが堅実な一手を打って出た。


「榎森くん、逃げるわよ!」


 そう叫ぶと、彼女は全力疾走でこちらに向かってきたかと思えば、ラリアットのように僕の腹に右腕をぶつけてきた。


「ぶふっ!?」


 その衝撃でくの字に折れた僕を、彼女はそのまま肩に担ぎ上げ、一気に山を駆け下りる。

 僕を抱えているというのに、そのスピードは一緒に走るよりも、はるかに速かった。


 こうなると、アークデーモンの妙手は一転、悪手へと変わる。

 下手に距離を取ったせいで、追いつくのに時間がかかってしまうのだ。


 しかも、アークデーモンの飛行速度でさえ、ジャンヌ(意外とパワー型)の猛スピードには、そう簡単には追いつけなかった。


 だが、僕たちは気づいていなかった。僕たちに絶望を与える黒い翼が、静かに迫っていることに……


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