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6 強襲アークデーモン

 6 強襲アークデーモン



 ――1時間後


 僕はすでに、五百メートル地点まで到達していた。普段から鍛錬で、標高33メートルの山に設置された階段を登っている成果だろうか?


 それとも…… なにかの運命に、引っ張られているのだろうか……。


 すると、視界の隅に、山道の端で蹲っている女の子の姿が映った。

 近づくにつれて、僕の気配に気づいたのか、彼女は肩まで伸びた金髪をふわりと揺らしながらこちらを振り向く。


 赤い太めの眼鏡フレーム越しでもわかる、その顔立ちはとても整っていて印象的だった。


 そして、彼女の顔を見た僕は、驚きのあまり一瞬言葉を失う。


 彼女もまた、紫がかった青い瞳で僕を認めると、目を見開き、驚いた表情に変わった。そして立ち上がると、均整の取れたスレンダーな身体をこちらに向けて、声をかけてくる。


「榎森君、どうしてこんなところに!?」


「マルタンさんこそ、どうしてこんなところに!?」


 彼女に続いて、僕も思わず問い返した。


<アリス・マルタン(17)>さん。養成校の同級生だった少女だ。


 互いに驚いたのも無理はない。僕たちの成績では、魔界での活動は危険すぎると判断され、こんな場所で鉢合わせるはずがなかったのだから。


 赤い眼鏡をかけたマルタンさんは、一見すると文学少女のようだが、実は違う。

 その眼鏡はあくまで“偽装”。彼女の正体は、隠れヲタ少女なのだ。

「私は…… その…… 今度、初代プイキュアのリマスターBOXが発売されるから、その資金を稼ごうと思って…… 薬草を採取しに……」


 特に、日曜朝の子供向け少女アニメが好きらしく、その中でも格闘戦の多い“初代”が一番のお気に入りらしい。


 可愛らしい見た目に反して、彼女は“努力・友情・勝利”、そして“正義の力(物理)”を信条とする――


 “可憐な姿に、熱き信念を宿す少女”。それが、アリス・マルタンさんだ。


 今日も、レンズの入っていない眼鏡は、そんな彼女を“お淑やかで知的な文学少女”に見せるため、しっかりと役目を果たしていた。


「でも、こんな危険なところに一人で来るのは、危ないよ」


 シィシィへの布施チャが目的の一つである僕が言える立場ではないが、それでも注意しておくことにした。僕がセリアやユーサー(親友)、そして彼女に助力を求めなかったのも、命の危険がある依頼に巻き込みたくなかったからだ。


「そう言う榎森君だって、一人で来ているじゃない」


 マルタンさんは、ジト目気味に僕を軽く睨みつける。だが、その目に本気の怒りは感じられなかった。


「いや、僕は……」


 かくかくしかじかと、これまでの経緯を説明することにした。


「ふーん……ブラウブルガー司教も一緒だったんだ……」


 彼女は少し拗ねたような表情を浮かべ、小さく呟いた。


「じゃあ、司教様が心配だから、早く採取して戻らないとだよね?」

「うん、そうだけど」


「だったら、私も手伝うよ! その方が早く終わるでしょ?」


 そう言って、彼女は可愛らしい笑顔を見せた。


「いや、でも危ないし……」


「榎森君一人のほうが、よっぽど危ないと思うけど?」

「うぐっ」


 正論を言われて、僕は言葉に詰まる。


「さあ、時間がもったいないから、早く行きましょう!」


 そう言うと、マルタンさんは軽やかに山道を再び歩きはじめた。

 僕は小さく息を吐くと、(ありがとう)と感謝しながら、彼女の後を追うことにした。


「そう言えば、あんなところで蹲って何をしていたの?」


「あれは、これで薬草かどうか確認してたの」


 そう言って、彼女は腰の袋から魔導携帯を取り出し、アプリの画面を僕に見せた。


 それは《魔界資源大百科》というアプリで、調べたい対象物を内蔵カメラで撮影すると、自動で照合してくれる便利なツールだ。


「ほんと、便利な世の中になったよね~。二百年前なんて、調べたかったら分厚い百科事典を持ち歩くか、丸暗記するしかなかったんだもん」


「そうそう。面倒くさくて、調べずに鞄一杯に持って帰ってきても、大半は1Gにもならなかったりしてさ~」


 そんな昔話に花を咲かせながら、僕たちは魔のモノの気配に気を配りつつ、採取場所を探して歩いた。こうして並んで歩いているだけで、懐かしい感覚がよみがえる。


 やがて、前方に視界が広々と開けた場所が見えてきた。


 緑の草の中に、淡いピンクの花をつけた植物が、小さな群落を作って点在していた。


「あ、あの花! あれじゃない?」


 マルタンさんはそう言って、草をかき分けて群落に近づくと、その花を摘み取る。そして、それを僕に見せたあと、携帯で照合した。


「間違いないみたい。早く採取しよ」

「うん」


 僕たちは群落の前で腰を下ろすと、ナイフを使ってモコワレ草の根元から丁寧に採取し、今回特別に用意した採取バッグへと収めていく。


 そして約一時間後、予備を含めて三十三本をようやく採取し終えた。これで依頼完了だ。


「ふぅ~~、ようやく三十三本とれたね」


 マルタンさんは、腰をトントンと叩きながら、大きく息を吐いていた。


「ありがとう、マルタンさんのおかげで助かったよ」

「いいよ、いいよ。私達の仲じゃない♪」


 マルタンさんはそう言うと、にっこりと笑顔を見せる。その笑顔はまさに天使そのもので、僕は思わず見惚れてしまった。


「じゃあ、次はマルタンさんの資金調達分を採取しよう」


「ううん。意外と時間もかかったし、司教様のことも気になるから、もう引き返したほうがいいと思う」


「でっ、でも、プイキュアはいいの?」


「う~~ん……。じゃあ、今度一緒に――!!」


 マルタンさんはそう言いかけて言葉を止めると、緩んでいた表情を一瞬で引き締め、緊張した顔つきへと変える。そして、西の空へ鋭い視線を投げた。


「榎森君、気をつけて! 何か来る!」


 僕もマルタンさんにならって空を見上げると、何かが翼を羽ばたかせながら、猛スピードで迫ってきていた。


「榎森君!」

「マルタンさん!」


 僕たちはどちらからともなく踵を返し、全力で山道を駆け下りる。

 ――いや、“あの魔族”から逃げ出した、という方が正しい。


 あの翼のシルエット、そしてこの威圧感。

 二百年前に何度も戦ったから、間違いない。


 魔族アークデーモン――!

 今の僕たちが相手にしては、絶対にいけない奴だ。


 僕たちは全力で走る。だが、ヤツの飛行速度のほうが明らかに速い。

 その威圧感は、どんどん近づいてくる――。


 そして――

 その大きな影はとうとう僕たちを追い抜くと、突風を巻き起こしながら、絶望と共に目の前へと降り立った。


 アークデーモンは蝙蝠の羽根を持ち、頭部の左右に角を生やした魔族だ。

 その巨躯は魔界製の重厚な鎧に覆われている。


 その右手には巨大な戦斧が握られ、鋭く殺意を宿した眼光が僕を捉えた―― その瞬間。


 一気に間合いを詰めると、太く逞しい左腕を振り上げ、粉砕せんばかりの剛拳を、容赦なく僕に叩き込んできた。


「がはっ!」


 僕はその衝撃で、数メートルも吹き飛ばされて地面に激突し、転がる。


「榎森君!!」


 僕が倒れるのを見たマルタンさんは、叫び声を上げながら腰のブロードソードを抜き、すぐさま戦闘態勢に入った。


「大丈夫! そんなにダメージは受けていないから!」


 僕はそう叫び、彼女を心配させないように平気なふりをしながら、なんとか立ち上がる。


 彼女を心配させまいと、僕は平気なふりをしてなんとか立ち上がる。


 咄嗟に十字ブロックで防いだことと、主の祝福を受けた特製の戦闘服のおかげで大ダメージは避けられたが―― 正直、かなりきつい。


 僕は、比較的ダメージの少なかった右手で刀を鞘から抜くと、魔力を込めて回復のギフトを発動させた。


 すると、左腕の痛みがゆっくりと和らいでいく。


「ファイアーボール!!」


 火属性魔法を得意とするマルタンさんが、無防備に見えるアークデーモンの背中に火球を次々と撃ち込む。


(違うんだ、マルタンさん……こいつは、君に隙を見せたわけじゃない……)


 そう。魔族が彼女に背を向けているのは、決して油断しているからではない。背中を見せていても問題ない――それだけ、僕たちとこの魔族との間には圧倒的な力の差があるということだ。


 アークデーモンは、少し焦げた背中を向けたまま彼女を一瞥する。そして、魔法がまったく効かずに険しい表情を浮かべるマルタンさんを確認すると、すぐに僕の方へと視線を戻した。


(コイツ、僕を狙っている?)


 見た目モブの僕とマルタンさんが並んでいれば、十人中八人は彼女を強敵と見なして、僕には背を向けるはずだ。


 なのに、なぜかこのデーモンは、僕を標的にしている。

 だが、これはむしろ好都合だ。マルタンさんを逃がすことができる。


「マルタンさん! こいつは僕を狙ってる! だから君は、麓にいる司教様にこのことを知らせて、早く連れてきて! 先輩と僕たち二人なら、勝てる可能性が高いから!」


 僕は刀を構えながら、マルタンさんに指示を出す。


 先輩の体調さえ戻っていれば、勝機はある。それに、一時間かけて登ってきたこの山道を、数分で往復できれば…… の話だが。


 そして、先輩ならきっと的確な判断をしてくれるだろう。


 問題は、マルタンさんがその事実に気づいてしまうことだ。彼女の性格上、「榎森君を置いて行けない!」と、きっと受け入れないだろう。


「……わかったわ、すぐに応援を呼んでくる! それまで、無茶をしないでね!」


 幸いにも、マルタンさんは少し考えただけで、素直に頷いてくれた。そして、すぐに踵を返し、全力で駆け出していく。


 どうやら、死に直面した恐怖で冷静な判断力が一時的に鈍っていたようだ。

 まあ、僕もイアンの時に何度も死線を潜って得た経験がなければ、このように落ち着いてはいなかっただろう。


 正直、勝てる見込みはゼロだ。

 僕にできるのは、少しでも粘ってマルタンさんが逃げる時間を稼ぐことだけ――。


「ふぅ……」


 小さく息を吐き、刀を握る手に力を込めてアークデーモンを睨み据える。


 すると、予想どおりアークデーモンは逃げるマルタンさんには目もくれず、その巨体に似合わぬ素早さで僕に向かって突進してきた。


 そして、再び左腕で渾身の拳を叩きつけてくる。


「くっ……!」


 僕は、咄嗟にその一撃を刀の刃で受け流す。

 もしこれが、教会で加護を受けた強化刀でなければ、衝撃で簡単に折れていただろう。


「ぐぅっ!」


 すぐに距離を取ろうと跳躍するが、デーモンの左腕が素早く薙ぎ払い、回避は間に合わなかった。


 僕の体は再び吹き飛ばされ、地面を転がる。


 だが今回は、刀を盾にして衝撃を和らげたおかげで、ダメージはさほど大きくない。

 僕はすぐに体勢を立て直した――が。


(は、速い!)


 わずかな隙に、アークデーモンの巨体が目の前に迫っていた。

 吹き飛ばされた距離を一瞬で詰められ、三度目の強烈な拳が振るわれる。


 僕は、刀の切っ先近くの峰に右手を添え、盾のように構えてその一撃を正面から受け止めた。

 歯を食いしばりながら、足を踏ん張る。


(ぐっ!)


 だが、その重い一撃に、両腕と身体が悲鳴を上げた。

 そして直後――とてつもない膂力によって、僕の体はあっさりと背後の木へと叩きつけられる。


「ぐはっ!!」


 背中に衝撃が走り、一瞬、呼吸が止まりかける。

 意識が飛びそうになるが、すぐに襲ってきた痛みが現実に引き戻し、僕は咳き込みながら地面へと崩れ落ちた。


 しかし――

 この三度の攻撃で、ひとつの疑念が確信へと変わる。


「このアークデーモン……明らかに、手加減している……」


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