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3 後輩の頼み

 3 後輩の頼み


 僕が鍛錬を続けようとしたその時――

 まるでルシエルがいなくなったタイミングを見計らったかのように、隣の部屋…… つまり後輩・セリアの部屋の扉が、”バンッ!”という音とともに勢いよく開いた。


「待ってください、先輩っ!!」


 そして、セリアが部屋着姿のまま、慌てた様子で僕を呼び止めてきたのだ。


「ど、どうしたの?」


 嫌な予感100%だが、もしかしたら本当に後輩からのSOSかもしれないので、話を聞くことにした。


「ここでは、何なので部屋の中で……」

「わっ わかった」


 嫌な予感が200%に跳ね上がるが、セリアの表情が真剣だったので、ひょっとすると本当に万が一後輩からの助けを求める相談かもしれないので、言われたとおりに彼女の部屋にお邪魔する。


 リビングに案内されるも、「ここでいいよ」と僕が断ったため、結局、玄関先での相談になった。セリアは言葉を選びながら、慎重に会話を始める。


「先輩は、シィシィに布施チャしてますよね?」

「うん、してるよ。小額で毎回じゃないけど」


 “布施チャ”とは“お布施チャット”の略。簡単に言えば、有料で書き込めるチャットだ。


 ただし、名前のとおり《《お布施》》であり、支払われた金額の約8割は、配信サービスを運営している教会に《《寄付》》される仕組みとなっている。残りの2割が、配信者の収益となるのだ。


 そしてその寄付金は、教会の運営費の一部として使われ、僕たちのような孤児や、生活に困っている人々を支援、さらには各種の社会サービスにも役立てられている。


 つまり“布施チャ”は”天国に近づくための善行”であると同時に“推しに応援する気持ちを届けられる”行為なのだ。そのためこのサービスに、異議を唱える者は少ない。


「ちなみに明日の五周年記念ライブ配信では、高額布施チャをするつもりだけど、それがどうした?」


 セリアは視線を逸らし、少し言いにくそうにしていたが、意を決し本題を切り出した。


「先輩! 困っている可愛い後輩にも、五千ゴッドルほど布施チャしてください!!」

 ※1ゴッドル(G)=1円


 嫌な予感的中! 玄関にとどまってよかった。僕は背後の扉から出て、走り込みに行こうとする。


 ――が、ワンチャン本当に深刻な金銭的トラブルが、目の前の後輩に降りかかっているかもしれない……


 そう思い直して、僕はお金の使い道を尋ねることにした。


「まあ、理由は“ガチャの課金のため”だろうが…… マジで止むに止まれぬ切迫した事情が、5パーくらいの確率であるかもしれない。だから一応聞いてやる。後輩セリアよ、理由を言ってみろ」


「ガチャを回したいからです! 水着アフラちゃんが欲しいからです!!」


 僕の問いかけに、セリアは即答した。

 その緑の瞳は真っすぐで、とても澄んでおり、一点の曇りもない―― まるで、これこそが“正義”だと信じて疑わぬかのように。


「オマエ、僕の前置きを聞いて、よくその回答を言えたな!? しかも、そんな真っ直ぐな曇りなき目で!」


「だって、私の計画ではガチャ石が尽きる前に、お迎えできるはずだったんです。でも、無常にも天は我を見放し石がすべて溶けたんです! そもそも運営にも問題あると思うんですよ! 水着Verをいきなり三人も出すという暴挙ですよ!? そりゃあ、溜め込んでいた石も吹き飛ぶってもんです。という訳で、五千Gが欲しいです!」


 セリアは、捨てられた子犬のような目で僕を見ながら、早口で捲し立てる。


「僕も余裕がないんだから、そんな理由では貸す気にもならないぞ」

「そんな~~!!」


 僕のすげない言葉に、セリアは玄関先で膝から崩れ落ち床に両手をつく。そんな後輩の様子を呆れの目で眺めながら、僕はため息をつく。


 すると、床を見つめていたセリアは、”すくっ”と立ち上がった。

 そして頬をほんのり染め、視線を斜め下に逸らしながら、モジモジと指先をつついて、僕に向かってとんでもないことを口走る。


「わかりました、先輩…… 私のおっぱいを揉むかわりに、五千――いったぁっ!?」


 だが、セリアが最後まで言い終える前に、僕は軽くチョップをお見舞いする。


「女の子が、そんなはしたないことを言うんじゃありません!」


 そう説教すると、セリアは「だってぇ……」と口を尖らせ、不満げに視線を逸らす。

 そして、目に見えてわかるほどしょんぼりと肩を落とした。


(だっ、だめだ……! ここで甘やかしたら、今後のためにならない! でも……)


 天使時代で唯一、そして現世でも慕ってくれている後輩を、突き放すこともできない……。

 セリアの顔に笑顔が戻なら…… そんな考えが、一瞬だけ僕の心をかすめる。


(でも、セリアに五千渡すと、高額布施チャができない……!! どうすれば!!?)


 僕が心の中で葛藤していると、不意にある言葉が蘇った。


『与えなさい。そうすれば、自分も与えられるであろう』


(そう……ですよね)


 その優しく、心を包み込むような声が、僕の迷いと葛藤を一瞬で吹き飛ばす。


『ただし、与えると今の彼女のためにならないので、貸すことにしなさい』


(ですよねっ!)


 再び響いた温かな声に、僕は心の底からうなずいた。


「やるのはダメだけど…… 貸すだけならいいよ。だから、もう変なこと言うな」

「わーーーい! ありがとう先輩!!」


 セリアは僕の言葉の真意など気にする様子もなく、さっきまでの落ち込みが嘘だったかのように満面の笑顔を見せる。こうして、僕は布施チャのために電子マネー化していた五千Gを、セリアに貸すことになったのだった。


(セリアの笑顔が戻ったのはいいけど、布施チャどうしよう……)


 可愛い後輩への電子マネー貸与を終え、走り込みを取りやめ自室に戻った僕は、心の中で溜息を吐きつつ、頭を抱えていた。


(予定していた新刊二冊は諦めるとして、それでも六千Gか……)


 布施チャの色は金額によって決まり、最高額は神聖・純潔・正義を表す白色で、白いチャット欄でも目立つように金縁で装飾されている。当然白は目立つ。


 そのため、大事な記念配信には、ファンからの応援とお祝いを込めて“白の布施チャ”が贈られることが多い。僕も、もちろん白布施チャをするつもりだった。


 そして、その白布施チャの額は“一万G”。


 孤児扱いである僕たちには、教会から毎月お小遣いが支給されるが、その額は当然ながらごくわずか。それをやりくりして節約し、コツコツと貯めてきた一万Gだった。


 白布施チャ“一万G”残額“六千G”。

 導き出される答えは――


(稼ぐしかない!!)


 となれば、次は稼ぎ方である。落第ギリギリの成績であったとはいえ、養成校を卒業した聖徒戦士のはしくれ。


 魔界門の周辺で、比較的弱い魔のモノを狩るのがセオリーだ。


(…………単発のバイト、ないかな……)


 だが、魔物を狩る自信のない僕は、秒で日和ってポケットから魔導携帯を取り出し、「即日 単発バイト」と検索した。


 1LDKの自室でしばらくネットを検索していると、メールの着信が届く。


(誰からだろう?)


 メールを確認すると、差出人は<聖徒戦士協会>からであった。

 聖徒戦士協会は、教会や依頼者との仲介、技術講習、ランク付け、情報発信などを通じて、聖徒戦士を支援する組織だ。


(なんだろう…… 緊急情報かな?)


 魔界での魔物の出現場所や目撃情報、重要な連絡やイベント情報は、協会からメールで送られてくる決まりだ。そのため僕は、メールの内容を確認する。


 内容は薬草採取の指名依頼で、採取場所は魔界にある相馬山。薬草名は<モコワレ草>で、回復薬の材料として使用される。淡いピンクの花が目印で、薬効成分は根に含まれている。それを30本採取して欲しいという依頼で、報酬は十万G(十万円)であった。


(怪しすぎる!)


 これが、依頼内容を読んだ僕の第一印象だった。

 報酬があまりにも高額すぎるのだ。


 こういうときは“亀の甲より年の功”。僕は先輩に相談することにした。

 ――まあ、少し不安ではあるけど、あの人だって“亀の甲”よりは、よっぽど頼りになる…… はずだ。


 目的地は、この村で唯一の教会。

 “天使の園荘”はその敷地内にあるので、五分も歩けばすぐに着く。


「失礼します……」


 僕はノックをして、教会の扉を開けた。

 教会は田舎のためか木造の小さな造りで、内装もとても質素だ。

 けれど、その神聖な雰囲気は、都会の大きな教会にも引けを取らない。


 そして、その陽の光に照らされて、祭壇の上部に飾られた“Y字架”が、まるで神々しく輝いているように見えた。このバシレイアでは、“Y字架”が教会のシンボルとして採用されている。


 その起源は、当時の支配者が放ったある一言に遡る。


「ガハハハハハ! だったら、磔に使う十字架を、オマエの信じる神の頭文字“Y”の形にしてやるよ!」


 彼の命令により、救世主は“Y字架”で磔刑に処され、それが現在のシンボルとなったのだ。

 ――もちろん彼はこの後、復活した救世主にざまぁされるのだが、それはまた別の話。


 ちなみに教会の屋根にある“Y字架”には、魔導携帯や魔導テレビの電波を増幅して送受信しているという都市伝説があり、信じるか信じな―― おや、また誰か来たようだ。


「宙哉くん、何か御用ですか?」


 僕に声をかけながら近寄ってきたのは、この教会の司祭様<神戸真莉奈(かんべまりな)(推定3?)>さん。その柔らかな物腰や慈愛に満ちた微笑みは、彼女の人柄をよく表している。村人たちからの信頼も厚いのも、頷ける話だ。


 マリナさんには<ミコちゃん>という娘さんがいるのだが、彼女こそが“世界の消滅を防ぐ”ための鍵となる存在である。主が僕やセリナをこの村に送り込んだのは―― きっと、そういうことなのだろう。


「ノエミ先輩はいますか?」


「ノエミちゃんなら、朝から巡察に行くと言って、”秋ヶ原教会”に行きましたよ」


 秋ヶ原教会は、ここ極東地区最東端の村<戸部来村(へぶらいむら)>から、西に山を一つ越えた先、千野田市の秋ヶ原区にある小さな教会だ。


「ありがとうございます。早速行ってみます。転送魔法陣を使いますね」


「はい、どうぞ」


 マリナさんは、いつも通りの穏やかな笑顔で許可をくれる。けれど僕の服装に目をやった瞬間、その表情が曇り、心配そうな瞳をこちらに向けてきた。


「宙哉くん……。その格好は…… まさか魔界に行くつもりじゃ……」


 僕が薬草採取に備えて魔界探索用の装備を着ていたせいで、マリナさんは何かを察したのだろう。慌てた僕は、両手を大きくブンブンと振って否定する。


「こっ これはですね……。アレですよ、アレ! 常在戦場というやつですよ! 僕も聖徒戦士のはしくれですからね~~!」


(さすがに苦しいか!?)


 だけど、そんな僕の下手な言い訳でも、マリナさんは納得してくれたみたいだった。優しい笑みで、すべてを受け入れてくれる。


「立派な心掛けですね~」

「そっ それほどでも~。そっ それではっ!」


(嘘ついて、本当にすみません!!)


 僕は罪悪感から逃げるように、転送魔法陣のある部屋へと足早に向かった。

 マリナさんを心配させないための――仕方のない嘘だ。そう、自分に言い聞かせながら。


 ######


 次回予告


 三回の説明回から逃れた宙哉を待っていたのは、”また” 説明回であった……

 ファンタジーだと言うのに、剣も魔法も出てこない


 出てくるのは説明文とおかしな美少女キャラ あと、モブ主人公


 戸惑う読者と焦る作者


 次回『先輩』


 次回も宙哉と説明に付き合ってもらう


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