強固する意志 ♯3
4間目終了のチャイムが鳴り、けたたましく椅子の音がした。
純はこの椅子の音に毎度深い嫌悪を抱く。一度に大勢の人間が個人勝手な意思に従い各々の行動を始める。そもそも6年もの間、三人以上の人間と接する事すら稀であったのだ。突然こんな大勢の人間の中に放り出されれば自然と混乱してしまうのも無理はない。
ひとり机に伏せ、ただ時が過ぎるのを待つだけだった。
「おい、流」
突然知らない男子に話しかけられた。
顔を上げずともわかる。なにしろ友達どころか知り合いでさえクラスにはひとりもいないのである。
相手の用件が何であろうと、とりあえず寝たふりをしてみる純。
今更ながら莉以外の人間と話したことはほとんどないため、対人恐怖症もどきといえなくもないのだ。
「おい?頼むよ・・・」
どうやら困っているようなので顔を上げて眠いふりをしてみる純。
そこにいたのはたぶん同じクラスのやつだ。たぶん。
「な、なんだよ?」
悪気もないのに睨みつけてしまう。警戒しているという点ではあながち間違った行動でもないが。
「うっ・・・。あ、あのさ、なんか生徒会長が呼んでるんだけど・・・」
そんなに驚かれても少し困る純。
こちらも悪気はないんだ。というかなんだって?生徒会長が呼んでいる?なにか事件にでも巻き込まれたのか俺は?いや、待てよ・・・
ガタン、と教室中の生徒が振り向くほどの音をたてて立ち上がる。
そして教室中の生徒が純の方に目をやり、純は少し圧せられて我にかえった。
「ど、どこにいんだ?」
声のトーンを低めにしてその男子に尋ねると、あちらもなぜか少々トーンをおとしてあっちです、と敬語で教室の前の出口を示した。
その先には・・・
「はい」
純は廊下で生徒会長から大きなメロンパンを手渡される。
「俺甘いのあんま好きじゃねぇんだけど」
「わがままを言わない。机の上にお財布を忘れてたでしょう?朝ごはんも食べていないようだったし、きちんと食べないと、また午後で早退なんてダメなんだからね?」
眼球を貫くような強い視線。
生徒会長、莉は制服を僅かな乱れもなく着こなし、肩までの漆黒の髪を涼しげに揺らしていた。
左右には生徒会長補佐と生徒会長書記を引き連れて女王のごとく廊下の一区画を占領していた。
廊下をゆく生徒たちは横を通るたびによそよそしく一礼をし、秘書と補佐が一つ一つ丁寧に返す。
おわかりだろうか?
これが普段の莉の姿である。
家の中でのあほな天然記念物女子高生とはまるで違う、正確無比を座右の銘に持ちそうな規律主義者で生徒たちのまさに見本であるのだ。
生徒ひとりに絶対権力など常識的にありえる話ではない。それはもちろんこの学校も例外ではないのだ。
しかし全国規模で有名な私立高校、この槍杉高校では、学力は当然として何かしらの特技を持つ生徒を積極的に育成する傾向のある学校だ。
半分ほどは単純に学力で入学した学生であり、純もそのひとりである。
しかしそのほかの生徒はスポーツ、芸術、調理、文学などの分野でそれぞれ特別に秀でた生徒であり、その多くは全国から集まったツワモノ達なのだ。
特に授業で専門的に各分野を教育するというシステムでもないこの高校に、どうして全国から人が集まるのであろうか?
答えは非常に経済的である。
秀でた特技をもっていると判断された生徒は『特待生』と呼ばれ、彼らが部活などで使用する費用と授業料、入学金が全額免除となるのだ。
在校中は、どんな高級な楽器や、シューズ、キャンパス、スタジオ、舞台、グラウンドを使用しようともその負担は全て学校側というわけだ。
そんな夢のような学校、家を建て直してでも息子娘を通わせたいという親御さんがほとんどだろう。
ましてやこの不況の中である。免除だけを目指して特技を身に着ける輩さえ出てくる。
それもこれも、この学校の創設者である槍杉財閥が市内の半分以上の土地を所有しており、それを他の企業や国に対して莫大な金額で貸しつけているからである。
黙っていても延々と金が入ってくるというわけだ。
そして、その金を年寄りの懐で腐らせるのはもったいない、といいだした4代目槍杉家当主が思いつきで建てたのがこの学校というわけだ。
経緯は長いが本題は簡単だ。
なぜ生徒会長がこれほどまで他の生徒に慕われているか?
役職というものが何かを考えればいい。こんな学校の生徒自治機関が、秀でた特技を何も持っていない生徒だけで構成されていると考える方が全くナンセンスではないか?
そうつまり、 流 莉 は『多くの人間を統制する』という特技を持っている。
ただ、それだけの事なのである。
そしてその大振りな特技がために実力を垣間見る生徒が多く、必然的に評価も高いというわけだ。
まぁ、純は純で学校にいるときの莉はあまり好きではないのだが。
「だったら買ってこないで財布ごともってくればよかったのに・・・」
もっともな意見ではないだろうか?
純としてはできるだけ学校内で莉と一緒にいたくないのである。
なにせそこかしこから、生徒会長がわざわざ出向くほどの人物とは誰だ?と野次馬根性の塊たちが集まってきて純を一瞥しては帰ってゆくのだ。
「私が純に会いに来れるかどうかわからなかったの。予定も詰まっているし。今日は家に帰らないから私が持っていて渡せなかったら困るでしょう?それに、脳には甘いものがいいの。午後の授業もちゃんとうけなさいよ?じゃあね」
そういって、一礼をくれる左右の二人とともに自分の教室のある棟に戻っていった。
おせっかいなところは変わらないんだよな、と純は眉間にしわを寄せてもとの席についた。
食べようかと迷って机の上に一度メロンパンを置く。
これはただの市販のメロンパンではない。パッケージから見てパティシエ志望者が集って当番制で営業している店の商品だ。当然ながら美味い。そして一日に作れる数は限りなく少ない。おそらく莉のことだ、試食して新聞部の広告にコメントを書きたいとか言ってわざわざ貰ってきたんだろう。
どこまでおせっかいなんだか。
・・・
「あいつって生徒会長の双子なんでしょう?」
「不登校気味の奴じゃん。やっぱどっちかがいいとどっちかがダメなんだね」
「つーかマジありえねぇよ。あんな綺麗な流さんの双子があの陰気っぽいやつとか」
「どうせ特待生でもなんでもないんだろう。カスっしょ」
教室のあちらこちらからする小声。
こういう声だけ妙に耳につく。
純はメロンパンをかばんに詰め込み、意味もなくトイレにたった。
俺が何を言われようと聞き流せばいい。
かまわない。
莉さえ護れれば・・・