強固する意志 ♯2
季節のせいか、通学路の途中で早い朝日が顔を出し始めた。
春の日差しを2日ぶりに浴びて一晩中胸に在ったあの温もりをまた思い出してしまう。
誰もいない上り坂。ひとり立ち止まってはみるが、追い越す人も、車も、自転車もまだない。
純が早起きをするのは単に睡眠時間をそこまで要さないからだけではない。
6年分の他人との遅れを少しでも埋めたい、その為には他人より早く起き、他人より早くものを覚え、他人より早く思考する必要があるのだ。
それもこれも、全ては莉の施しに答えるために。
「 ・・・ぬ」
しまった弁当を忘れた。というか作るのすら忘れた。
そういえば財布も机の上だ。
人一倍早く家を出た純は人一倍早く忘れ物をしてしまうのだった。
これも莉の天然が遺伝しているのだろうか?
否、莉から遺伝するわけではない。遺伝というのは両親から・・・
純は考えるのをやめ足を進める。
居心地の悪い学校は耳を、目を蝕び心を侵してゆく。
他人が多すぎるのがこの上なく苦痛だ。
でも慣れないとな。
砕けて木漏れ日となった始まりの光の中で、純の胸にあるのは小さな希望と強靭な意志。
俺にとってのたったひとりの家族、大切な人、それは莉だけだ。
俺は莉にはもう甘えない。
莉だけは絶対に護り抜く。
例えどんなに多くの人間を敵にまわしても、どんなに残酷な事実があっても。
絶対に・・・
「むぅ~ふぁ~」
間抜けな伸びをして目覚ましのアラームをとめる。
上半身を起こしたままベットの上でカーテンから漏れる日光にまだ開ききらない目をやった。今度はピンク色の一面綺麗なカーペットに目をやる。そしてもう一度窓に目をやる。
「 ・・・じゅん?」
頭のスイッチを入れてはみるがなかなかエンジンがあたたまらない。
布団に食べられたままの下半身が、まだでたくないよーと主張して融通がきかないのだ。
「 ・・・む?」
いや、それにしても布団の中が妙に膨らんでいる。
そして下半身の上には何か重たいものが乗っかっているような感覚がある。
蝶の様に優雅に舞う意識の中で、莉が導き出したその謎の答えは実に痛々しくて仕方がない。
「純!えっと、その・・・。だめ・・・だよ?そんなことしちゃ・・・。そりゃ、お姉ちゃんだって華も盛りの女子高生だけどさ、いや・・・気持ちはわかるんだけどね?純だって男の子だし、ずっと他の女の子と話す機会すらなかったもんね?別に責めてるわけじゃないんだよ?うん・・・悪いことではないの。でもね?なんていうか、そういうのはちゃんと想いを伝え合った恋人同士にだけ許された・・愛の・・・すぺしゃるいべんと、なのよ。わかる?・・・・・・アハハ、ごめんね?お姉ちゃんが無理矢理こんなことしたから悪いんだよね?そんな気にもなっちゃう・・・よね?」
勝手に引きつった笑顔で天井に首を傾けたまま喋りだす。
白い頬は現在、目玉焼きをつくれるほどに加熱されている。
純のこととなると空回りしがちなあたまはフルスピードで回転を始め、燃費の悪さが悲しいほどにとってわかるだろう。
「悪くはないと思うよ?うん、悪いことじゃないの。そういうこと考えちゃうのはお年頃だから仕方がないのよ。・・・やっぱお姉ちゃんが悪かったよね?ごめんね?・・・いろいろと、そういうこともちゃんと教えておくべきだったのかな?学校の授業で習うけど、純は受けてないもんね?」
あほみたいに納得して、朝っぱらから切腹覚悟のような顔をしている。
しかし目元には少し恥じらいの涙を浮かべていてなにやら葛藤もあるらしい。
「前さ、夜映画みててそういうシーンあったじゃん?あのとき勝手にチャンネルかえちゃってごめんね?やっぱりあそこできちんとみせておくべきだったのにね・・・急にどうしたらいいかわかんなくなって・・・。でも・・・純がその気になっちゃったんなら責任・・・とるよ。私も実はそういうのあんまりわかんないんだけどね。でも正しい知識は必要だし、純だって将来は他の女の子と・・・。」
急に儚げに顔が陰りだして、遠い故郷の惑星をおもう異性人のように目をうるうるさせる。が、痛々しさがよりいっそう増すのでもう目も当てられない。
「やっぱりらめぇー!!!!!!」
重圧を振り切って思いっきり布団を蹴り上げた。
明るいオレンジ色の毛布が宙を舞う。
何がそんなに疲労を導くのか、荒く肩を揺らして泳いだ目を固定して居直る。
そこには・・・
「 ・・・むん?」
ベットの上に落ちたのは荷物がパンパンに詰まった旅行用リュックだった。
何やら紙が貼り付けてある。
莉はか細い指でそれを取り外した。
「夜は寝る前に電話を入れろ、あとシャワールームで下手な歌を歌わないこと・・・」
あ!っと跳びはねて目覚まし時計を振り返るとAM7:27。
そのあとは目まぐるしい動きで家中を走り回る、あほな莉であった。