強固する意志 ♯1
「ごめんなさい・・・」
目前で目元を赤く腫らして、泣きじゃくる莉。
言葉を吐くその唇は震えて言うことをきかない。
髪はこれでもかというくらいに乱れ、汚水にまみれた海藻のように見える。
触れてもいないのにその小さな身体からは冷気を感じた。
体温が限りなくゼロに近いような、それこそ水死体のように衰弱している。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
まるで捨てられた人形だ。
言葉は灰色単色、焦点はきっと他界に定まっている。
裸足で熱のない病院の廊下に立ち尽くす俺の前で、かろうじて二本足で立つ背の高いあなたが何度もその言葉を繰り返した。
ただ何度も、何度も繰り返す。
繰り返す。
それが、6年ぶりの莉との再開だった。
頭痛、そして呆然が脳内で渦巻く。
「夢・・・か」
たったの4年前。
それでもあれが今では大昔のように思えてならない。地獄の6年間よりも、莉と再開してからの4年間のほうがはるかに長く感じてしまう純。
それは同じ毎日を延々と繰り返す日常と、人やものとの新しい出会いを絶え間なく続ける日常とでの記憶の価値の違いからくるものだろうか?
そんなことは誰にもわからないし、確かめる必要なんてないことだろう。
「むぅ~」
への字の眉と横棒になった大きな目が、霧のかかったスクリーンいっぱいを埋める。
純は寝ぼけた脳に再起動をかけて懸命に状況を把握しようと試みた。
「 ・・・ ぬ」
やっと昨晩のことを思い出したはいいものの、なんだか密着具合に今更いたたまれないような気がしてしまいどうしたもんかと目を泳がせた。
「じゅん~もうたべられないよぉ~」
夢の中で昨日のルーブルの味でも思い出しているのだろうか?
幸せそうに唇をにゃむにゃむして、女性としては非常に情けない顔をしている。
「あほらし・・・」
桃色の蕾の様な莉の唇を2分ほど間近でみつめたあとに、わざと起こさないようベットから降りた。
普段からして早起きな純だが、枕もとの時計をみるとすでに5時代を終えるところだった。
こんなに熟睡したのも久しぶりかもしれない、とまだ鮮明な胸部の感覚をおもいだす。
そしてかけ忘れの目覚ましを7時にセットしてもとの位置にもどすと、開けっ放しのドアから廊下に向かい電気がつけっぱなしの自室に踏み入れてパソコンの椅子に腰掛けた。
「今日は、行くか」
そう言って唯一クローゼットにかけてある制服に手を伸ばし、妙にせかせかと着替えを済ませる。
久しぶりに素直になった昨夜のことを思い出すと頬が温まるため、純は莉が起きてくる前に家を出てしまうつもりだ。
次に顔をあわせるのは帰宅後でありたい。
そう願って、顔だけ洗い玄関のドアを開いた。