第2話(4)
魔物を倒したとはいえ、襲撃による被害が発生してしまった。
ロベルトは魔物の片が付いたことに把握したとたん落ち着きを取り戻し、的確な指示を出していく。
「キミ、元気な馬を走らせて木材と縄を買ってきて。キミは逃げた馬を回収して。キミたちは原石を集めて」
俺は魔物の解体を命じられた。
襲撃による損失を、魔物から得られる素材によって補填しようというわけだ。
魔物の部位で価値が最も高いのは、心臓付近にある魔力器官だ。ここには錬石と同じような成分の塊があるので、これは必ず回収する。
その他、血液にも高濃度に錬石の成分が含まれる。空気に触れ固化し、血石となっているものはできるだけ回収したい。
あとはこの嘴や爪、羽根なんかも価値が高いだろう。目玉も欲しいが、保存液を持っていないから今回はパスだ。
襲撃による被害を建て直すのに、かなりの時間がかかった。
破壊された木箱や荷台を補修し、散らばった原石を詰め直す。馬を落ち着かせて荷台に再接続する。怪我をしたやつらを治療する。魔物からの収益品を回収して荷台に載せる。
始めは目を輝かせていたコウも、この地味な作業が延々と続くのに飽きを感じていた。
「ねぇロベルト。いつまで石を集めたらいいの」
「コウくん。この石はね、一粒がものすごく高いんだ。できるだけ探して木箱に入れて。一粒でもたくさん集めるんだよ」
ロベルトの眼は血走っていて、とても抗議できる雰囲気ではない。
「魔物を退治するところまでは最高に楽しかったのに」
「現実には、後始末がいるんだよ。つまらねえから本では省略されるけどな」
そして大抵が後始末の方が大変だ。俺はコウに現実を教えてやりながら、その日は暮れていき、一晩を越すことになった。
翌朝からようやく馬車を進めることができた。
皆、疲れと緊張が色濃く見える顔をしている。
俺はというと全身から感じる血生臭いにおいに辟易としており、早く街に着いて体を洗いたいと切に願っていた。
そんな中、ロベルトが眉間にシワを寄せながらこちらに近付いてくる。
「なあクライス。昨日の魔物って、以前鉱山の近くで被害を出したやつとおんなじ個体かなあ」
鉱山の近く? 俺は首を捻ったが、そう言えばそのような話を出発前に聞いたような気がする。
「危険レベルAの魔鳥って言ってたやつか? まあ、そうかもな。レベルAの鳥なんてあまり多くないし」
「やっぱりそうか。たぶんこれってさ、中身がわかった上で荷車を襲っているってことだよな」
中身がわかった上で? 俺は疲労のためかすぐには頭が回らなかったが、難しい顔をしているロベルトを眺めている内にその意味を理解する。
今回ラウムはいきなり荷台を襲ってきた。俺たちにはほとんど目もくれず、一心不乱に木箱を攻撃していた。
木箱は蓋を閉じられているし、石がにおいを発しているとも考えにくい。もし仮に石のにおいみたいなものをラウムが関知できるとしても、縄張りとなるレッドエリアから遠く離れた道を移動するこの小さい馬車からにおいがすることに気付いて、ピンポイントで襲撃するなんて普通なら考えられない。
「あのラウムが錬石の鉱山からずっと、運搬ルートをつけてきたって思ってんのか?」
「もしかしたら、そうかもしれない。そうだとしたら最悪な状況なんだけどさ」
ロベルトは頭を抱えて、深いため息をついた。
「今回その個体は倒してくれたからいいけど。もし他の個体に情報が伝わっていて、魔物が一斉に同じような行動をしたらと思うと……」
「…………」
それはあんまり心配しなくていいんじゃないかと思う。
危険レベルの高い魔物は、基本的には群れを作らない。高位の魔物同士はお互いを倒し、相手の魔力を喰ってさらに力を得ようと考えるからだ。
ラウム同士や、魔物間で情報交換が行われるとは考えにくい。
ラウム程度の知能がある魔物が、同じように発掘隊を観察して、その結果として同じような考えに至る危険性はなくはないが。
「まあ、また護衛が必要なら依頼してくれよ。来月からまた金が必要になるし」
「ああ。とりあえず今回は助かったよ。国王に目をつけられる程のヘマはしていないし」
木箱ひとつの中身が半分くらいに減ってしまったが、商団員に重篤な怪我はなく、馬も無事だった。
ラウムから得られた素材のお陰で収支はプラスだろう。
日が高いうちに港町スェルグに到着し、港まで商団を送り届ける。ここで依頼は終了となり、ロベルトが報酬を用意してくれた。
契約書では日給金貨五枚、一日半で七枚の受け渡しの約束をしていたが、延長した分を加味して二日分、十枚を支払ってくれた。
「サキちゃんにお土産でも買っていってやりなよ」
「ああ、もちろんだ。ありがとう」
「こちらこそ」
アルシアと違って金払いが良い。仕事を受けるならやっぱりロベルトだな。そう思いながら金を懐に仕舞う。
「それで、これからコウくんはどうするの?」
急に話を振られたコウは、キョトンとしてロベルトを見上げた。
「オレはこれからファロウに行くから無理だけど、支部に従兄弟がいるからお世話を頼んでも良いよ」
「いや、たぶん合わないと思う。退屈とかいって脱走されたら迷惑がかかる」
「えっ。それじゃあもしかして、あそこに連れていく気なの?」
ロベルトが露骨に表情を歪めて尋ねてくるので、俺はついカチンと来てしまった。
「何だよ、悪いのか」
「いや、悪いかってそりゃあ、よくないでしょ。そのことを親御さんに知られたら、なんて言われるか……」
「なんて言われるんだよ。言ってみろよ」
俺はドスを効かせた声で、目の前の男を威嚇する。さっきまで友好的だった俺が豹変したことで、ロベルトは言葉を詰まらせていた。
視線が泳いでいる。こいつの考えていることは大体わかる。『地雷を踏んじゃったな、不味いな』とか考えている。
嘗めやがって。
ふつふつと沸き上がる怒りを、俺はあわてて鎮めようと考える。
ロベルトはそこまで悪い人間じゃない。ロベルトのお陰で俺は今の環境を得られた。ロベルトは悪いやつじゃない。俺が今の環境を失わないために、一般的な考えを伝えてくれているに過ぎない。ロベルトは悪くない。今の発言は別にキレるようなことじゃない。
「確かに一般人を連れ込むのは良くねぇよな。今から話し合って決める」
「気を悪くさせてごめん。困ったらいつでも頼っていいから」
「頭を冷やして考える。頼るかもしれないと従兄弟に伝えておいてくれ」
「了解!」
ロベルトは笑顔で手を振ってくれる。
本当にいいやつだ。仲が拗れなくて良かったと、心底ホッとした。こいつは俺の事情を一番良くわかってくれている男だ。俺はこいつに感謝しなくちゃいけない。
俺たちのやり取りをおとなしく眺めていたコウは、ロベルトに元気良く手を振って別れたあと、俺の背中にこう尋ねてきた。
「なあ、サキちゃんって誰? お土産買うの?」
振り返ってみると、期待に満ちた目をしている。
あの会話で一番興味を持ったのはそこなのか。俺はフッと微笑みながら、コウに返事をする。
「お前、女の子が好きそうなもの分かるか? サキは俺の妹だ。お前よりちょっと若い」
「おれより若いの? おれもうじき五百歳なんだけど」
「なんだそれ。何の冗談だよ」
変なやつだ。突拍子もないことを言って驚かせるのが趣味なのか。
ロベルトの言う通り、コウが普通の家庭の子供なら、サキのことは話さない方がいいし、知らないまま家に帰した方が懸命だろう。
だけど、俺はこのガキのことを気に入り始めていた。常識はないが適応力があり、好奇心旺盛で度胸がある。妙に物知りなところや、強運なところも面白い。
俺はこの変なガキを、妹に会わせてみたいと考え始めていた。妹の良い友人になってくれるんじゃないだろうか。
この格好で商店街に行くわけにもいかないので、俺は手近なところで宿を借り、水場を借りて洗濯と洗髪を済ます。
その後最低限の装備だけして、商店街にコウを連れて行ってやった。
小狭く古くさい通りが多いハイメリアとは違い、スェルグは広々として真新しい通りと店が広範囲に連なっている。
坂の上に段々と通りが連なり、白を基調とした建物が山の反面を覆い尽くしている。様々な国旗が立てられて彩り豊かだ。
露店やショーウインドウを転々と眺めていきながら、コウはにこやかに尋ねてきた。
「サキは何歳なの?」
「十四歳になったところだ」
「どんなものが好きなの? お花とか?」
「昔買ってやったぬいぐるみを大切にしているな。確かウサギのぬいぐるみだったか」
「ぬいぐるみが好きなの?」
「さあ。他に物を買ってやったことがあまりないから……」
サキは昔から、ませた女の子だった。物をねだったことはなく、何か買ってやろうと言っても、お金はお兄ちゃんのために使ってほしいと言ってくる。
『サキの幸せはね、お兄ちゃんが幸せになってくれることなんだ』
これがあいつの口癖だ。お前の幸せを考えろと言っているのに、あいつはこれしか言わない。
俺はよく夢にまで見て、心苦しくなる。どうしたら本気であいつが喜んでくれるのかわからない。
どんなお土産を買っていっても、喜んではくれるのだろうが……。
「これとかいいんじゃない?」
コウが俺の手に何かをドンと乗せる。
「何だこれ」
「何って、ドラゴンだろ!」
俺の手には、両手で包み込むほどの大きさの、木彫りの生き物が乗っている。酷く厳ついやつで、首が九本、翼が四本、足が六本もある化物だ。
「いや、こんな気味の悪いもの女の子は怖がるだろ」
「カッコいいから子供は好きだって! 大丈夫だって!」
「いや、流石に駄目だろ」
コウはその後もドラゴンを中心に置物を選んでくる。埒が明かないので、ドラゴン以外で選べと言ったら、不細工なカラスのぬいぐるみを選んできやがった。
「昨日倒したやつに似てるだろ! 話の種になるし良いだろ?」
「まあ、今までで一番ましかな……」
「決まり! 決まり! これくださーい!」
まあ、何でもいいか。喜ぶだろうし。
俺はついでに絵本や画材、裁縫道具など、良さそうなものをいくつか買っておいた。何か趣味にできるものがあるかもしれない。サキが使わなくても施設の誰かが使うだろう。
港に寄り、船便を確認する。目的地へと行く船は、週に一往復しかしない。明日に船が出るらしいと聞き、席の予約をしておいた。
宿に戻り、俺はようやく腹を決める。
明日の目的地について、コウに話をすることにした。
「コウ。先に話しておきたいんだが、明日のことについて」
「さっきの船に乗るんだろ? それで、サキに会いに行く」
「そうなんだが……」
俺は酷く緊張していた。同時に、緊張するなんておかしな話だなとも思っていた。
自慢の妹に会ってほしいと言うだけなのに。どうして俺はこんなにも緊張しているのだろう。
俺は唾を呑み込んでから、口を開いた。
「サキはとある施設に住んでいる。その施設は少し変わったところなんだ。ちょっと気味の悪い病人を助けているところで、怖がって近付かない人も多い」
コウはぽかんと口を開けていた。俺が何を言い出したのかわからないという表情だ。
俺は息苦しさを感じながら続けた。
「そこの病気は、移るかもしれないと言われている。だが、医者によると感染力は高くない。健康なやつには移らない。現に俺は何度も通っているが移っていない。そういうところにサキはいるんだ。そこに明日行こうと思っているんだが……」
流石にマイナスのイメージを伝えすぎたか? 俺はコウの反応を探る。
コウはやっぱりよくわかっていなさそうな顔をしていたが、眉間にシワを寄せる俺にニカッと笑いかけて答えた。
「楽しみだな! サキにカラスの話をしてやるよ。クライスがカッコ良かったって教えてやるからさ」
俺は面食らった。
拒絶されるんじゃないかと案じていたのに、不安を与える情報をガン無視した回答だった。
こいつは話をちゃんと理解しているのだろうか。逆に心配になってきて、俺は余計なことまで口走る。
「その施設は病人だらけなんだぞ。大丈夫か? 移りはしないが、医者は移らないと断言してくれないんだぞ」
「おれは人間じゃないから大丈夫だよ。人間の病気なんか移らないよ」
「???」
また突拍子もないことを言い始めて煙に巻きやがる。
しかしこれ以上しつこくしたら、拒否してくれとお願いしているようじゃないか?
そう思った俺は、深く追求することなく、彼の厚意を受けとることにした。
「ありがとう。サキには同じ歳くらいの友達がいないから、話し相手になってほしいんだ」
「まかせろ! 同じ歳くらいじゃないけど、おれは誰でも友達になれるから」
確かにそうかもな。俺は頷いて笑みをこぼす。
こうして次の目的地が決まった俺たちは、安宿のベッドに身を埋めて泥のように眠った。
次の日は快晴で、絶好の船旅日和だった。