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Trifle  作者: 小柚
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第1話(3)

 アルシアは、早速ガキの持つ金目のものを巻き上げたようだ。

「よく似合ってるよ」

「そう?」

「ええ。とても良くお似合いよ~」

 俺が階下に降りてきたとき、鏡の前でくるりと回って、平凡な旅人の服を着た自分を確認しているコウがいた。

 アルシアの隣でニコニコしているのは、たぶん向かいの家の仕立屋のおばさんだ。アルシアに頼まれて、コウに着せる適当な服を持ってきたのだろう。

「その服が前金か?」

 俺がそう尋ねると、アルシアは満面の笑みを浮かべて答える。

「良い生地だから高く売れるぞ~」

 全く。本当に下衆なやつだ。

 おそらくこれだけじゃない。成功報酬も、保護者からたんまりもらうつもりだぞ。

「おばさん、ありがとう」

「いいえ。アルシアちゃんの頼みならいつでも」

 仕立屋のおばさんはそのように答えてから、帰り際にコウを振り返って言う。

「だけど、驚いたわ~。コウくん、いなくなったと思ったら、次はアルシアちゃんのお家に入っちゃったのね」

「え?」

「もう。おばさんがいつでもご飯を分けてあげるって言ったのに。しょうがない子ねぇ」

「…………」

 アルシアはポカンとしていたが、すぐに合点がいったようだった。俺もなんとなく察した。

 このガキは、少し前からこの村に入り込んでいて、他の家でも食糧泥棒をしていやがったのだ。

 驚いたことに、コウを知っている村人は他にも何人かいた。

 仕事の準備をするために、村の商店をいくつか回ったのだが、店主たちが毎度コウに親しげに話しかけてくるのだ。

 その中のひとりとのやりとりに、俺たちはヒヤッとした。

「なんだぁ? 家出っ子。しばらく見ねぇと思ったら、まだいたのか! やっとお家に帰るのか?」

「違うよ、おじさん。ドラゴンを見に行くんだ!」

「ドラゴン?」

「こら、こら、変なこと言うな!」

 アルシアが慌てて制したが、よろず屋のオヤジは特に警戒もせず、それどころか菓子を投げて寄越してくれた。

「そっか。元気でな! また遊びにこいよ」

「ありがとう」

 …………。

 なんだか妙だ。

 泥棒に入っただろうこのガキに、村人はどうしてこうも友好的なのか。

「キミ、すごくヒトタラシなんだね……」

「ヒトタラシ?」

「人に気に入られやすいってことだよ」

 あのおじさん、気難しいことで有名なんだけどね……。

 ぼやくアルシアと一緒に俺も首を傾げた。

 まあ、よくわからんが、コイツはそういう能力を持っているのだろう。現に俺たちも、なんだかんだで世話を焼いてしまっている。

 無理矢理に納得し、俺たちは村の出口へと向かう。

「じゃあ行ってくるな」

「おう。気をつけてな」

 村の正門まで送ってくれたアルシアは、別れ際にイグナーツ山の地図を寄越してくれた。

 びっしりと書き込みがされている。昨晩打ち合わせをしたから、その内容は既に頭に入っている。

「お前、どこからきたのかは知らないが、旅慣れはしてないだろ? 色々教えてやるよ」

「うん! ありがとう」

 しばらくは良く整備された平和な街道が続くので、俺は散歩気分で新しい同行者にガイドをしてやった。

「この道は街道。町と町を繋ぐ道だ。基本的にこの道から外れなければ危険は少ない。俺たちがこれから向かうのはあっち。峠道と呼ばれるほうだ」

 ハイランドと呼ばれるこの国は、山が多い。街道と名が付いている道は流通の要なので、馬車が通れるように木々が伐られ道が均されている。

 主要都市の流通路から外れた、田舎の村と村を繋ぐ一部の道には、車は通れないが馬や人くらいならなんとか通れる『峠道』、ごく一部の旅慣れした冒険者なら通れる『獣道』などがある。街道以外の道は、基本的には武器の扱いに慣れていない一般人は通行しない方が良い。

「峠道は、山を中途半端に切り開いた道だ。人通りも少ないし、危険な動物や魔物が出ることもある」

「まもの?」

「魔物っていうのは、特殊な体質を持った生き物だ。普通の動物と違って、やっかいな存在だ。テリトリー意識が強くて、近付いてきた人間を躊躇なく攻撃してくる。特殊な力を持っていて、普通の人間では太刀打ちできない」

「ふーん」

 コウの反応は薄い。ドラゴンが見たいというくらいだから、魔物全般に興味を持っているのかと思ったけど、そうでもないらしい。

「ドラゴンってのは、魔物の最高峰なんだ。魔物のなかでもとびきり強くて頭が良い。だけどな、魔物ってだけで普通の人間は恐怖を覚えるし、近寄ったりできないもんなんだ」

「でも、普通の魔物はドラゴンよりも弱いんだろ?」

「まあ、そうだが」

「おれはな、一番強いドラゴンが見たいんだ。お話に書かれるような強いドラゴン! 普通の強さじゃ珍しくもなくて、お話に書かれたりなんてしないだろ?」

「ああ、まあ」

「ドラゴンが出てくる話をたくさん読んできたんだけど、本を読むのはもう飽きちゃった。実際にこの目で見てみたいんだ、ドラゴンの出てくるスゲーお話を!」

 …………。なるほど。金持ちの坊っちゃんは、こういう感じに拗らせてしまうのか。平和で刺激のない毎日に退屈して、幸せを塀の外に求めてしまう。

 こういうやつは、一度現実を見せてやった方がいいんだろう。そうすれば、自分の幸せが塀の中にあったのだということに気がつける。そうしてやることが、きっとコイツのためになるだろう。

 それならば、早い方がいい。

 俺は予定よりも早くレッドエリアに足を踏み入れることにした。

「この赤い紐はなに?」

「この先がレッドエリアって印だ。これを見つけたら、お前ひとりで入っちゃだめだぞ」

「そうなんだ」

 キョトンとしてやがるガキに、俺はヤレヤレとため息をつく。こいつ、どの町から家出をして来たのか知らないが、レッドエリアに間違って入っていたら命はなかったんだぞ。どこの金持ちの御曹司か知らないが、子供にレッドエリアの印のことくらい教えておけよ。平和ボケが過ぎるだろ、と腹立たしく思う。

「この山には、フレイハウンドっていう魔物が住み着いているんだ」

「フレイハウンド? ドラゴンじゃないのか」

「ドラゴンじゃない。火を吐く狼型の魔獣だ」

 アルシアに貰った資料を見せてやる。そこには一年前の調査時に得られた情報が記載されていた。フレイハウンドの総数、巣の場所、体格や固有能力などと共に、精巧なスケッチが描かれている。かなり金がかけられた調査だ。調査だけで金が尽き、討伐が一年間ペンディングされたのかもしれないな、などと下世話な考えが浮かぶ。

「フレイハウンドの巣までは距離があるが、街道から外れるに従って、ちっさい魔物が現れ出すんだ」

「どんなやつ?」

「そうだな、例えば……」

 口で言うより、現物を見た方が早い。手頃なやつがその辺に現れないかを目を凝らして探す。比較的よくいるのが、虫や鳥型の魔物だ。

 例えばあの湧き水が染みだした岩場。苔むした岩に張り付くようにして、人の頭くらいある蛾が身を潜めていることがよくある。ルナシス・モスとかいう魔蛾で、夜には幻想的に光る羽根が綺麗なのだが、昼間はゾッとするくらい気持ちの悪い模様を拝むことができる。幻覚を見せる鱗粉をばらまいてくる厄介なやつだが、子供を怯えさせるには丁度良い低レベルの魔物だ。

 どこにでもいる印象のある魔物だが、なかなか見つからない。珍しいこともあるもんだと思いながら、今度は空を見上げた。

 金色の小鳥がこちらを窺っていないか? 素人殺しの魔物として有名なのが、スパーク・フィンチという魔鳥。触るとビリビリする体で集団で突撃してくるので、下手をすると気絶させられ、食糧を根こそぎ奪われる。命までは奪われないので、ちょっとしたスリルを味わせるにはもってこいの魔物だ。

 そいつもいない。周りにいたのは、なんの害もない小さな虫、小動物の類い。

 参ったな。怖がらせて一度村に帰らせて、それからひとりで仕事に戻ろうという計画が進められないじゃないか。

「ねぇねぇ、魔物まだー?」

「ああもう、ちょっと待ってろ」

 仕方ねぇな。俺は地図とコンパスを取り出して、次の策を実行に移すことにした。

 フレイハウンドの巣へ行ってみよう。あいつらは夜行性だから、昼間は巣で眠っている。巣は三ヶ所あって、移動しながら縄張りを守っている。

 とりあえず一番手前の巣に近付いて、様子を見ようと思い立った。やつらはとてもでかい。見た目だけでもかなりのインパクトを与えられるはずだ。

 やつらはにおいに敏感だが、消香のハーブを持ってきている。袋から手のひらに干からびた葉の欠片を出し、手の中でもんで香りを出す。

「なにしてんの?」

「魔物に気付かれないおまじないだ」

 においは消せても、音は消せない。俺は慎重に山道を進んでいく。峠道だった道は、いつの間にか獣道になっていて、岩や木の根、倒木などで平坦ではなくなっていた。

 意外にもコウは山道をすいすいと歩んでいて、運動神経は悪くない。これならこのまま巣に近付いてしまっても大丈夫そうだなと判断した。

 しかし俺は、一向に目的の魔物の姿を見つけられない。変だなと思い始めたときには、ひとつめの巣があるべき場所はすでに通りすぎていた。地図がおかしいのか? と読み直してみたのだが、読み違いではなさそうだ。

 やつらは岩場の隙間にできた洞窟を巣にしていた。その岩場らしきものが丸ごとなくなっていて見つけられない。二つ目の巣も同様で、どうも地形が変わってしまっているようだった。

 どうにもおかしい。俺は二つ目の巣があるべき場所にしゃがみこんで、痕跡を探そうとした。

 この辺り、足場がとても悪い。亀裂が入った地面に楔を打つように刺さった岩石と、ばら蒔かれるように散らばる拳大の岩の欠片。何かの衝撃により、岩場が崩れてしまったように思える。

 何だろう。自然災害か、魔物同士が争ったか、それとも人為的なものだろうか。

 もしかして、魔物狩り(ハンター)にでも入られたか?

 俺は眉間にシワを寄せた。

 魔物は危険なため、普通なら一般人は近寄らないが、好んで近付いてくる例外がいる。

 討伐者の資格を持たない、無謀な魔物狩り。魔物は死体から有益な素材が取れるので、それ目当てに狩りを強行する人間が少なからずいる。

 レベルBの魔物を狙えるほどの集団なら、岩場を破壊するくらいの魔道具で武装していてもおかしくない。

 魔物狩りに獲物を横取りされていたなんて報告は最悪だ。討伐の証拠となる魔物のパーツを持ち帰らないと、討伐としての依頼は失敗として処理される。その後再調査という名目の依頼として処理するしかなく、調査関係の資格を持たない俺には成功報酬の分け前が入らなくなる。

「どうしたの?」

「いや、少し予定が狂った」

 厳しい顔をする俺を見て、不思議そうなコウ。一応最後の巣を確認してから村に戻ろうと決め、山登りに戻る俺におとなしく付いてくるものの、

「ドラゴンは山のてっぺんにいるんだよ。てっぺん目指そうぜ」

などと、相変わらず能天気にのたまう。

 こっちはそれどころじゃねぇんだ。成功報酬を受け取れないと、予定が狂っちまう。

 冷静さを欠いて最後の巣を目指す俺は、自分がコウの望む“てっぺん”の方向へ足を向けていることに、気が付くことができなかった。

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