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Trifle  作者: 小柚
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第1話(2)

「いいのか? あんなこと言って」

 依頼先に向かう道すがら、アルシアは不安そうに尋ねてきた。

「Bランクの山だろ? 大丈夫だろ」

「それはそうなんだが……あっ、あの家だ」

 小ぢんまりした村だから、目的地にはすぐに到着してしまう。

 アルシアが指差した依頼主の家は、村の半分くらいの面積があるのではないかと思われるほどの敷地内にある、二階建ての真新しい豪邸だった。

「ずいぶん立派な家だな」

「村長の家だよ。最近、事業が当たって羽振りが良いんだ」

 そのような説明を、昨日にも受けていた。この村はアルシアが数年前に事務所を置いてから、みるみるうちに景気が良くなったらしい。

 アルシアが所属する、怪しげな組織『フェアバンクス商会』は、ずいぶんやり手のようだった。こいつらと本格的につるむようになってまだ一年くらいだが、アルシアが付き合っている連中は、金の巡りが良いやつらばかりでいつも感心してしまう。

 村長宅の敷地内は、工場も兼ねているらしい。なにやら白っぽい樹皮の丸太が山積みになっている。あれが主な収入源なのか? 皮を剥いだり荷車に繋いだり、忙しく働く村人たちを横目に眺めつつ、俺たちは使用人に案内されて豪邸のロビーに通された。

「村長、お世話になっております。いつもフェアバンクス商会をご贔屓にしてくださってありがとうございます」

「こちらこそ。いつも助かっております。アルシアさんに販路をご紹介していただけて、事業が軌道に乗りました」

 村長らしきジジイは、行儀よく会釈するアルシアを満面の笑みで迎える。

「それは良かったです。今では外国からも注文があるらしいですね?」

「はい、そうなんです。おかげさまで」

「フェルミナ木は他にはない特長がありますからね。これからも需要はどんどん増えていきますよ」

 アルシアと村長のジジイは、しばらくつまらない仕事の話をしていた。俺はメイドが持ってきた変な匂いのする茶を啜りながら、ジジイの隣に侍る派手な化粧をした女が何者なのかを考えていた。

 一回りか二回りは年下のように見える。娘というわけでもなさそうだが、夫人にしては歳が離れすぎている。メイドが持ってきた菓子をひたすらパクパク食べる姿には品性を感じない。まあ、他人の家庭の事情なんてどうでも良いのだが。茶が空になった頃に、ようやく話が本題に入ったのを察した。

「それで今回の依頼なんですが」

「イグナーツ山の開発ですよね。フェルミナ木の需要に備えてですか?」

「はい、それと、新しい道を作りたいと思っています。今までは山を避けて遠回りしていましたが、スェルグ港までの輸送に、エレミアから運河を使いたいと思っていまして」

「なるほど~」

 アルシアは相づちを打ちながら、慣れた手付きで書類をテーブルに並べていく。その中の一枚の地図を指でなぞりながら、事務的口調で話を続ける。

「それで、イグナーツ山の調査ですが、一年前に一度報告書を作成させていただいておりますよね」

「はい。確か、西側にレベルBの魔物が住み着いていて、レッドエリアに指定されました」

「今回のご依頼は、その魔物の退治と、西側のレッドエリアの解除ですね」

「そうです。西側に道を通したいので」

「わかりました! それでは契約のご説明に移らせていただきます」

 アルシアはポンと手を叩いてから、懐から金の刺繍が入った筒と羽ペンを取り出す。筒にはやつが命の次に大切にしている仕事道具である『契約書』が入っている。それを勿体ぶった様子で引き抜きながら、いつものように長い前置きを語り始めた。

「今回のご依頼は、調査が終わったエリアの魔物討伐ですが、調査の期限は半年間であることはご存知でしょうか」

「えっ、そうでしたか? ずいぶん短いんですね」

「ええ。魔物は一度住み着いたら離れませんが、より上位レベルの魔物がテリトリーを奪う例が希にあります。なので、できたら半年に一回の調査をオススメしています」

「そうは言っても。すぐに開発を進めたいんですよ」

「まあ、一年前ですから、そこまで危険性は高くはありません。しかし、万が一ということもあります。レベルBの魔物討伐という契約で進めたいと村長はご依頼されましたが、現状危険ランクが上がっていることが判明しましたら、仕事の完遂が不可能になってしまいます」

「それは困ります!」

「ですよね、ですよね、わかっております」

 商才のない俺には、半年だか一年だかいう、このどうでもいいやりとりは不必要に思えるのだが、アルシアによれば絶対に必要なものなのだそうだ。

 金払いの良い客から、できるだけ高く仕事を依頼してもらえる工夫。

 さんざん依頼主の不安を煽ったところで、アルシアはついに俺の方を見た。ようやく俺を引き合いに出すタイミングとなったのだ。俺は不審げに眉をひそめるジジイに軽く頭を下げ、ご機嫌を取るよう努める。

「今回私がご用意した討伐者スレイヤーはこのクライス=クレイマーです。若いですがAランクの討伐者ですのでご安心ください。もし高レベルの魔物が住み着いていても、レベルAまでなら対応できます」

 村長と隣の女の、俺を見る目が変わる。浮浪者を見るような冷めた目じゃなく、優れたスキルを持つ相手へ敬意を含んだ目だ。

 こんな視線を向けてくれるなら、俺もちょっと気分が良い。俺の機嫌が良くなったのを横目で確認して、アルシアは微笑を浮かべながら続けた。

「Aランクの討伐者は、Bランクよりも少し日給が高いのですが、トラブルがあっても対応できる範囲が広いです。もう一度契約をし直すよりも、コストも時間も節約できますよ」

「いくらなんですか?」

「日給は金貨五枚です。レッドエリアの広さを考えて、契約は少なくとも二日必要です。合計金貨十枚ですね。こちらは前払いでいただいております」

 村長は腕を組んで、少し考えている。そりゃあ、金貨十枚はかなりの大金だからな。

 アルシアは相手の顔色を窺いつつ、話を続ける。

「これとは別に、成功報酬として金貨百枚いただかないといけません。これは事業が軌道に乗ってからの分割払いで大丈夫ですので、あまり負担に感じないでください。今回の討伐後一年間は保証期間でして、魔物の再発生はレベルAまでなら無償で対応します。大規模な開発に色々ご不安がありますでしょうが、事業が軌道に乗るように、我がフェアバンクス商会が全力サポートさせていただきます!」

 そのサポートはたぶん、ちょいちょい別料金がかかるんだがな。

 そういう大事なところはうまく誤魔化して、アルシアは契約を良い方向に進めようとする。

 貧乏人ならここで拒否反応を示すだろうが、相手は新事業で当てたばかりの金持ちだ。次も当てる気で満々だし、当たれば金貨百枚なんてはした金だろう。

「いや~フェアバンクス商会さんのサービスは至れり尽くせりですね! そこまで考えていただけているなら、安心してお任せできますよ」

 村長はニコニコしながら、アルシアが差し出した羽ペンを受けとる。促されるままに契約書にサインする様を見て、俺は内心呆れてしまうのだった。

 アルシアはお前のために用意周到に準備したのではなく、たまたまこの依頼を受けられる討伐者が俺しかいなかった。Aランクの俺をBランクの仕事につけるのが勿体なかったから、適当に話を膨らませただけだ。

「私たち、幸せ者ですね、ダーリン」

「そうだね、ハニー」

 アルシアの意図など露知らず、能天気にイチャつき始める村長と女。

「喜ばれるのは、成功報告をしたときでお願いします」

 さすがのアルシアも、苦笑いをしながらそう釘を刺した。

 前金をもらい、契約書を大切に懐にしまったアルシアと俺は、深々と頭を下げて豪邸を後にする。

「さっそく本日から丸二日間で、イグナーツ山の魔物を処理させていただきます」

「よろしくお願いします!」

 とりあえず、依頼主との面倒な打ち合わせは終わった。俺は大きく伸びをしながら、上機嫌に揺れるアルシアのサイドテールに話しかける。

「なんでいつも、わざわざ契約書なんか用意してるんだ? めんどくさくないか?」

 向こうはアルシアを信用しているんだし、口約束でもいいだろうに。

 俺もアルシアから、先ほどの前金を半分貰える契約をしている。そのうち半分を前金として、半分を仕事の終わりに受けとることになっている。もちろん契約書にサインを書かされているが、別にそんなもの書かずとも、全部の賃金を回収するために努力するし、次の依頼を回してもらうために真面目に働く。

 契約書を書かせるという行為は、お互いを信用していないようにも思えるので、俺はあまり好きではない。

「そりゃあ、責任の範囲を明確にするためさ。オレたちは万能じゃない。成功して当然と考えられてちゃ、困るんでね」

 アルシアはさらりと答える。

「何事もリスクがつきものだ。大がかりな仕事ほどね。お前、昇格したんだから、これからやっかいな仕事が増えていくぜ。Aランクの仕事はBランクの仕事とは違うんだ」

 ああいう、人任せで簡単に幸せを手に入れてしまった輩ってのが一番気を付けないとヤバイんだよな~。ちょっとでもミスったら文句を言ってくるんだから...…。

 アルシアがブツブツと愚痴を続けるのを聞きながら、俺は今朝の夢で見たことを思い出していた。


『ねえ、お兄ちゃん。幸せってなんだと思う?』


 幸せ、か……。

 さっきの女は、『私たち、幸せ者ですね』、などと簡単に抜かしていた。

 あいつらの幸せは、アルシアに金を払えば簡単に手に入るものらしい。

 少し羨ましくも思う。俺もそんな単純な世界観を持っていたなら、少しは楽に生きられたのかもしれない。

 いいや、羨ましくなんかねぇよ。そんなくだらない人生、羨ましくなんてちっとも思わねぇ。

 俺はなんだかムシャクシャして、足元の小石を蹴飛ばした。

 ムカつくやつでも、相手は客だ。仕事をしなけりゃ金がもらえない。俺は不幸になる。相手が幸せになろうが、不幸になろうがどうでもいいが、俺は不幸になるわけにはいかない。真面目に仕事をする、少なくともそれだけは、俺にとって正しい選択だ。

「あとであのガキにも書いてもらわないとな~。命の保証はしませんよって。本当は親権者に書いてもらわないといけないんだけど」

 なんとも下衆なやつだ。確かに怪我でもさせて面倒なことになるかもしれないが、あんな世間知らずのお坊っちゃまに、自己責任論を叩きつけるのは無理があるとは思わないのか。

 そうは思ったものの、特に抗議もしないまま、俺たちは事務所に帰りついた。

「ただいまー。コウくん、良い子にしてた?」

 コウは俺たちが出掛ける前のまま、客間のソファーに座っていた。

「うん。してたよ」

 そう答えたが、やつの手にはモモが握られていて、モグモグと忙しく口を動かしている。

「ん? そのモモは、オネーサンがおやつに取っておいたやつかな~?」

「あっちにあった」

「…………」

 アルシアのこめかみに青筋が立ったのが見えた。

「まあいいや、コウくん。オネーサンとお仕事の話しよっか。この契約書にサインして?」

「けーやくしょ?」

「うん。オネーサンと色々なお約束をする紙だよ~」

 ああ、このガキはひどい文面の契約書にサインさせられるだろうな。

 かわいそうだが、自業自得かもしれない。そう冷淡な気持ちになりながら、俺は仕事の準備をするために屋根裏部屋へ向かう。

 契約は明日から二日間ではあるが、早めに取り掛かるに越したことはない。新しくガキのお守りという仕事が増えたのだから、尚更だ。


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