第5話(3)
「うわ、なんだこれ」
その足でサキの病室に向かうと、部屋に入ってすぐに妙な形の紙が散らばっていた。
「あっ、お兄ちゃん! おかえり! これはね、コウくんが教えてくれて作ったぬいぐるみの型紙だよ」
ああ、船に乗る前に言っていたアレか。
サキは嬉しそうに、紙でできたまるっこいドラゴンらしきものを抱えている。
「まだちょっとバランスが悪いけど、とりあえず布を切ってみようか」
「うん!」
仮留めされていただけらしい。サキが手を離すとドラゴンは一瞬でバラバラになってしまう。
床に散らばっているのは、どうやら制作途中の失敗作のようだった。
買ってきた布切れを広げ、型に合わせて切っていくコウ。ずいぶん手際が良いなと感じたが、メモリーがコウの脳内に直接、作り方の映像を叩き込んでいるのだろう。
仕組みが単純で、すでに正解があるものに関しては、すぐに答えを得ることができるんだな。
切れ端はガタガタしていて、さすがに売り物ほどに綺麗な出来にはならないだろうが、初めてにしては良い出来になるんじゃないかと感じられた。
ふたりともすごく集中してやっていたから、俺はしばらく口出しできずに見守るしかなかった。
しかし、今回は滞在時間が短い。明日の朝に馬車の迎えを依頼してしまっている。
早くサキに伝えないといけないと思い、針と糸と格闘しているふたりに向けて口を開く。
「サキ。今回俺たちはいつもよりはやく来ただろ? それには理由があるんだ」
「そうなの? どんな理由?」
まっすぐ縫うのに集中しているサキは、生返事をしてきた。俺は少し躊躇したが、言わないと仕方ない。腹を決めて口を開いた。
「次の面会まで、少し間が空くかもしれない。俺たちは外国に行こうと思ってる」
「えっ」
サキの手が止まった。目を丸くして、俺のほうをまっすぐ見て、次の言葉を待っている。
「とは言っても、すぐにハイランドに戻るつもりだ。ちょっとばかりロベルトと話してくるだけだ。アイツは今、外国のどこかに行っているらしいから」
「そ、そっか……」
サキは視線を裁縫に戻したが、明らかに動揺しているように見えた。
しばらく会話が途切れる室内。
何か言わないとと焦っていると、先に口火を切ったのはサキだった。
「大丈夫だよ。私もずっと言ってたじゃない? お兄ちゃんは幸せを探さないと駄目だって。月に一回なんて来てたら、お兄ちゃん忙しすぎて何もできないでしょ。サキのことは気にしなくても良いんだよ」
素っ気ない口調をしているが、早口で、明らかに動揺している。
「何を言っているんだよ、サキ。お前の病気を治す方法を探しに行くんだ。手がかりを見つけてすぐに戻るから、心配すんな」
「ううん、大丈夫だよ。お兄ちゃんこそ、心配しないで。ほら、コウくんにぬいぐるみの作り方を教えてもらえたし……私にもやることはいっぱいあるから……」
俺はサキの手を覆い縫いかけの布を伏せさせて、彼女の体をギュッと抱き締めた。
骨張った細い体は今にも折れそうだ。
サキは学園のことを思い出しているのかもしれない。少なくとも俺は、あの時のことを思い出していた。
サキが学園に通うようになり、最初は頻繁に寮を訪れていた俺だが、その頃はロベルトに紹介された仕事をこなすのに忙しかった。
サキも楽しそうにしていたから心配ないと思って、少し離れた土地に出稼ぎに行ったりした。一人分の生活費しか稼がなくていい生活は楽だった。
同じ出稼ぎの先輩からキャンプの仕方や武器の使い方を習った。自分でなんでも出来るようになり、遠い町や山や森で色々なものを見た。楽しかった。
そんな生活を送っていた矢先のことだった。サキが体調を崩したと言われて、面会できなくなったのは。
「お前のために行くんだサキ。いつかお前も一緒に旅がしたいだろ? 発作が出ない、元気な体にならないとだめだ。俺が絶対になんとかしてやるから」
「……う、うん……」
あの頃俺が自分のことにかまけて、サキを放っておいたからサキは病気になってしまった。取り返しのつかないことをしたと、俺はひどく後悔している。
絶対に二度とサキを置き去りにしない。同じ過ちは二度も繰り返さない。
「絶対に良い報せを持って帰ってくるから、少しだけ待っていてくれるか?」
「うん、わかった……でもお兄ちゃん」
サキは少し落ち着いたようで、普段のような穏やかな口調でこう言った。
「良い報せなんてなくてもいいんだよ。お兄ちゃんが幸せでいてくれるのがサキの幸せなんだから」
コウくん、お兄ちゃんのことよろしくね。サキはコウに微笑んでそう呟く。俺が何も言えないでいると、コウは偉そうに胸を張って答えた。
「大丈夫だよサキ。クライスは物語の主人公だからな」
「えっ、どういうこと?」
コウは自信たっぷりに絵を見せる。前回コウの話を聞いてサキが描いたドラゴンの絵だった。
「クライスはドラゴンも魔鳥も簡単に倒すすごいやつだ。物語の主人公はお姫様を救うんだよ。サキがお姫様だ」
「ええ? サキはそんなんじゃないよ」
「ちょっと待て、ドラゴンは倒したことないぞ。話を盛るんじゃねぇよ」
あははと笑うコウに釣られて笑うサキ。
いつもながら、とんでもないやつだ。しんみりした空気を一発で吹き飛ばしてしまった。
「今からドラゴンを倒すんだよ。ドラゴンはラスボスだからな。サキは待っていてくれよ。お姫様は最後に幸せになるんだからな」
「ええ? 本当に?」
「本当さ。お話のラストは大体そうなんだから」
まあ、サキがお姫様という設定は悪くないかもしれない。
色々思うところはあったが、サキが笑っているので俺はコウの与太話に口を挟まなかった。
しばらく雑談をした後に、機嫌が直ったらしいサキは再び裁縫に集中し始めて、懸命に作業をしているうちに日が暮れた。
いつものように別室で夜を過ごした後、朝にサキとの別れを告げた。
「次ふたりが来るまでに、ぬいぐるみを完成させておくね」
サキはそう言って元気そうに手を振った。
サキが体調を崩す前、学園で別れたときもこんな感じだった気がする。
今回は違う。サキのために俺は出来ることをする。前回の俺のように、間違えたりはしない。
心の中に生まれたわずかな不安を誤魔化すように、俺は何度も振り返り手を振り返しながら、医療院から足を踏み出した。
サキのいたファロウの学園、そしてその後に監禁されていた施設。これらについて調べるのが、これから俺がやろうとしていることだ。
サキに当時のことを聞こうとしたこともあるが、思い出すと発作を起こしてしまうことがあったので、本人に聞くのは避けた方がいいと思っている。
すると最も当時のことに詳しいのは、ロベルトだ。あいつは俺だけじゃなく、サキにも仕事の斡旋をしていたことがある。
サキが学園の説明会に参加することになったのは、ロベルトが紹介した仕事がきっかけだったはずだ。サキが学園にいないことを突き止めたのもアイツだし、俺がサキを救えるように手を回したのもアイツだ。アイツに話を聞かないことには全てが始まらない。
ガラルハラッドに言われた通り、俺はスェルグに帰ってすぐに、フェアバンクス商会のスェルグ支店へ向かった。
スェルグ支店は港に沿った通りの一角にある。本店とは違って大きな建物だ。ほとんどが倉庫でゴチャついているという話だったが、外観は立派だ。
その建物の前に、見慣れた姿があった。黒い髪をサイドテールにした背の高い女、アルシアだ。
アルシアは誰かを待っているようにソワソワと辺りを見回していたが、俺たちの姿を認めた途端、パッと笑顔になり手を振ってきた。
「クライスー! やっと帰ってきたか!」
「アルシア。どうしたんだ、こんなところで」
アルシアはしばらく本店で、おやっさんとフェルミナ復興の仕事に従事するはずじゃなかったか。
「クライスさ、ロベルトのところに行きたいんだよね?」
「そうだけど……‥」
「オレがその仕事を引き受けることになったんだ」
仕事? 俺は首を傾げる。別に場所さえ教えてくれれば良かったのに。わざわざ案内までしてもらえるとは思っていなかったので、俺は困惑した。
「すぐ出発できそうかな」
「ああ。すぐに発てるならその方がいい」
「じゃあ決まり! すぐに行こう」
アルシアがそう言って背中を押してきた直後、背後から低い声が聞こえる。
「よぉ、クライス! 待ってたぜ」
振り返るとガラルハラッドがいて、何故だかニヤニヤしながら俺たちを眺めてきた。
「お前もなかなかやるじゃねーか。お嬢を頼んだぜ」
「?」
何を言われているのか良くわからずにいると、アルシアが慌てた様子で会話を遮った。
「ガ、ガラル! 余計なこと言うんじゃねーよ!」
「へいへい。いってらっしゃい、お嬢」
普段は仲の良いイメージの二人だが、何かあったのだろうか。背中を押され無理矢理港のほうに歩かされた俺とコウは、ガラルハラッドと挨拶する隙も与えられなかった。
「商船を一隻、使って良いと言われてるんだ」
「わざわざ俺たちのために?」
そもそもお前はハイランドでの仕事があるだろ、と呟くとアルシアは眉間にシワを寄せて顔を近付けてきた。
「頼むから何も聞かないでくれる? オレにも事情があるんだ。役に立つようにするから」
「事情?」
それはもしかして、ガラルハラッドが言っていたやつだろうか。アルシアがフェルミナの件でお預けを食らった外国の仕事の件。
「つまんねぇ仕事ばっかしたくないんだ、頼むよ」
どうやら図星らしい。おそらく俺を手伝うという名目で、外国に行く仕事を得ようという魂胆なのだろう。
「俺は別に良いんだが、よくおやっさんに許してもらえたな」
俺に良くしたところで、金にはならない。フェアバンクス商会は良心的ではあるが営利組織なので、金にならない仕事に戦力を割くなんて愚かなことはできないはずだ。
「まあ、色々あるんだよ」
アルシアは何故か顔を赤らめながらそう言うと、視界の先に見えてきたフェアバンクス商会の商船に駆けていき、すれ違った船員にあれこれ指示を飛ばし始めた。




