第5話(2)
翌日フラヴェルに渡り、医療院を目指す。
いつものように馬車と徒歩で正門まで行き、受付棟を素通りしてから隔離棟に向かう。
隔離棟の特徴的なフォルム、教会のような見た目を見上げつつ、俺はふとメモリーで調べたことを思い出した。
ローブの男たちが松明で、黒斑病の人々を追い詰めている。メモリーはその映像を見せながら、『エルセリア教徒により迫害された黒斑病の人々の様子です』とか説明をした。
目の前にある建物は、教会のような外観にも関わらず、その中心にエルセリア教のシンボルがない。
コウが住んでいた廃墟の教会もそうだったが、シンボルがあるはずの場所には空虚な穴が空いているだけだ。
何か意図があるんじゃないかと思ってはいたが、多分こういうことだ。
黒斑病の人々は神から見放されている。それを強調するために、あえてシンボルをはがしているのだ。
胸くそ悪い。それなら教会に似た建物にするんじゃねぇよ。ここは元々療養施設だろう? 元々それを目的に作られているなら、あえて教会に似せる必要はないじゃないか。
内心イライラしながら、俺は扉をくぐった。なかなか慣れてくれない職員の女に、いつものように保護衣を着ろと文句を言われつつ、俺は院長との面会を申し出た。
「どうしたの? いつもよりも来るのが早いね」
すぐに二階から降りてきた院長は、カウンターに置かれたカレンダーを見ながら怪訝な顔をする。
「ああ、ちょっと話があって」
「わたしに?」
「そうだ」
キョトンとした彼女だったが、別にいいよと言って俺たちを階上に誘う。俺は職員の女にコウを先に病室へ行かせるように頼み、ひとりで院長の後を追った。
「どうしたの?」
「先生に折り入って頼みがある」
「なんだろう」
院長は柔らかい笑みを浮かべながら、首を傾げる。
いつもと同じような反応ではあったが、俺は少しだけ眉をひそめた。
……この院長。陰鬱な施設で毎日死にそうな患者を相手にしながら、よくこんな暢気な顔ができるよな。
皮肉めいたことを考えつつも、俺はこの女の厚意に頼らなければならない境遇であることを思い出す。
できるかぎりへりくだった心持ちを意識しながら、俺は自分の要求を口にした。
「いま渡している毎月の支払いだが、少しの間、待ってもらえないだろうか」
「えっ、どういうこと?」
「ちょっと確認したいことができて、遠出をしようと思っているんだ」
俺がそんなことを言い出すとは露にも思っていなかったんだろう。不安そうな顔をして呟く。
「毎月のお金は、サキちゃんの生活費と病状に対する処置、病気の研究に使うお金だって契約書に書いたよね?」
「ああ、そうなんだが……生活費と処置だけの支払いにしたら、いくらくらいに減額できそうか」
「それは、病気の研究を停止したいということかな。まだ大したことはやれていないけど」
そう言われて俺はウッと言葉につまる。
言われた通り、これまでは対処療法がメインであり治療法の研究にはほとんど手が出せていない。
しかしこの施設で匿ってもらって二年が経ち、その間サキと俺は比較的平穏に暮らせている。その安心感のお陰でサキの病状も落ち着きを見せはじめたのだ。
「これからのところだけど、本当にいいの? サキちゃんの特殊な血液との関係を調べ始めたところだよ」
そういえばそんな話だったよな。俺はその報告を聞いてから、頭のすみにわずかな引っ掛かりを感じていた。
「そのことだが、俺のほうで調べたいことがあるんだ。そもそもサキがどうしてこんな状態になったのか、ちゃんと整理できていないような気がしている」
「病気にかかった背景は、はじめにロベルトくんが説明してくれたよね。サキちゃんとクライスくんをわたしに預けてくれたとき、これまでの経緯を教えてくれたよ」
「ロベルトはそのとき何を言っていたっけ。あまり覚えていないんだ」
その頃のサキは出血を繰り返していて、毎日生きた心地がしなかった。目の前のサキの苦しみが一時的にでも治まるなら、何でもするとしか考えていなかった。
病気の根底を解決したいと本気で思えるようになったのは、仕事と生活が軌道に乗って、心の余裕ができたおかげだと言える。
「ファロウの学校に入っていたんだよねサキちゃんは。特待生として選ばれて、たしか全寮制の学園だったのよね」
「ああ。急にサキが入りたいと言ってきた。街中で説明会に誘われたとか言っていて……俺たちは学校なんか縁がない親無しの貧乏人だ。どうしてそんなところに入ることになったのかよくわからなった」
サキがその全寮制の学園に入ったのは四年前。それから一年程サキは楽しく勉学に励んでいたようだったが、そこから急に面会を拒まれるようになった。
「気がついた時には、学園からサキがいなくなっていた。怪しげな研究所に移されていたんだ。少しばかり厄介な感染症にかかったとか言って、病院に入院させたとか言っていたのに、実際は病院なんかじゃなかったんだよ」
サキが今の病気にかかったのは、学園に居たときか、研究所に移されたときかどちらかだ。自然感染なのか、故意や過失による感染なのかはわからない。しかしサキはその施設に監禁されていて、施設の人間は保護者である俺にサキと会わせようとしなかった。病状すら教えようとしなかった。
痺れを切らした俺はロベルトたちの協力のもと、サキをその施設から強引に連れ出したのだった。
「ファロウで俺たちはお尋ね者になっているかもしれない。だがサキの病気が自然感染でなく故意や過失のものだとしたら、あの施設のことを調べた方がてっとり早いだろう?」
「まあ、確かに、そうかもしれないけど……」
院長は少し困惑の色を見せて、視線を泳がせる。俺は頑固でカッとなりやすいらしいから、このような言葉を選ぶ素振りを見せられることがよくある。
「わたしたちの間でも、ファロウの学問施設はちょっと危ないって言われているから……」
「危ないってどういうことだ?」
俺が言葉を強くすると、院長は眉尻を下げてしょぼくれた顔をした。
「ファロウは神聖国と仲が悪いでしょ。それで学問に力を入れる方向に国が舵を切っているんだけど、国が主体でやっているだけに、情報統制が厳しいの」
「怪しい研究をしている可能性が高いってことか?」
「まあ、ハッキリ言ってしまうとそうだね」
以前の俺なら、もう少し警戒心を持ってその話を聞いたと思う。しかし今の俺は、メモリーを使うリスクに比べたら大したことないんじゃないかと感じていた。
だって、国が相手とはいえ、その内実は人間の学者が相手なのだ。メモリーのバックにあるらしい訳のわからない超越的存在よりはわかりやすいし御しやすい。
「やっぱり怪しいんじゃねぇか。もし奴らがサキを病気にしたんなら、治し方も知っているかもしれねぇよな」
俺はパシッと拳を手のひらに打ち付け、小気味良い音を立てた。
二年前と今の俺は違う。二年前はただ逃げてくるしかなかったが、今の俺は装備も技術も昔より優れている。
どうして早くにこの解決法を思い付かなかったのか。大したことないリスクを負おうとしなかったのか。
やる気に満ち溢れる俺に対して、院長はずっとしょぼくれた顔をしていた。
「クライスくん。わたしだって最初から、ファロウの施設については怪しいと思っていたし、調べようとしたことはあるよ」
「そうなのか?」
それは初耳だった。院長は言いにくそうにまた視線を泳がせてから、モゴモゴと続きを口にした。
「もしファロウの施設がサキちゃんの病気に関与していたとして、彼らが治療法を知っているかどうかはわからないんだよ」
「どうしてだ? 原因がわかれば、治療もできるんじゃないのか」
俺の疑問に、院長はうーんと唸ってから口を開く。
「感染源の同定と、治療法の確立はイコールじゃないんだよ。少なくとも黒斑病の原因は何となくわかってきているけど、治療法は今のところ誰も解き明かせていないの」
「それがどうした。そもそもサキの病気は黒斑病とは違うんだろ?」
「…………」
院長はその問いには答えず、しばらく何やら思案している。トントンと優雅に指で肘掛けを叩いていたかと思うと、ゆっくりとこちらに向き直り、張りぼてのような微笑を浮かべた。
「とはいえ、実のところわたしは賛成なんだよ、クライスくん。しばらくハイランドから離れて、視野を広げるのは良いことだよ」
「?」
突然の話題の変更に面食らう。院長は自分の発言を名案だと言わんばかりに、満足そうな笑顔を浮かべながら、声を張り上げた。
「クライスくんだけじゃなくて、サキちゃんもそうなんだけど。前回サキちゃんにお土産をあげたじゃない? 結構頑張ってやっているの。今までにはなかったことだよ」
「頑張っているってなんだ? 前回の土産?」
「お絵かきセットと、裁縫道具をあげたでしょ?」
ああ、そのことか。俺は前回の面会で、サキが一晩中絵を描いていたらしいことを思い出した。
「無理をさせたらよくないんじゃないか?」
「無理をしてでもやりたいことがあるっていうのは幸せなことだよ! 後先考えず夢中になれるって、自分の魂と近付けることなの。とても大切なことだよ」
「ふーん……」
この女にしては、えらく興奮したように話している。柔和だが論理的に淡々と話すところに凄みを感じていたのだが、こんなに感情的になることもあるのかと意外に思った。
「お金のことは気にしないで! 契約ではああいう記載にしたけど、本当はそんなにお金には困ってないの。支払いは毎月じゃなくても大丈夫だよ。サキちゃんはわたしがちゃんと面倒を見るから、安心して」
そう言ってもらえたら、俺にとっては不満はない。
具体的な滞納の期間を定めなかったが、それはロベルトと相談して新しい契約を結ぶから大丈夫とのことだった。
なんだか腑に落ちないやりとりだったが、後でロベルトに確認すればいいかと思い、俺は院長との面談を終えた。




