第5話(1)
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サキがなぜ謎の病にかかったのはわからないが、いつどこでかかったのかははっきりしている。
俺たちがハイランドへ連れてこられる前、ファロウに住んでいた頃。とあるきっかけからサキと俺は離れて暮らしていた。
それまでのサキは健康そのものだった。離れて暮らしはじめてからも、しばらくの間サキは元気だった。俺がサキの健康状態について把握できていなかったのは、それから一年間だ。その一年間で、サキは妙な病に感染し、見違えるほどに弱々しい姿に変貌してしまった。
スェルグへ行く手前、首都ハイメリアに降り立った俺は、フェアバンクス商会に立ち寄ってアルシアの姿を探した。
「お嬢なら、おやっさんと仕事に出ているよ」
今日も受付に立っていたのはガラルハラッドで、薄暗い家屋はしんと静まり返っている。
「そっか、別にいいんだ。アルシアに会いに来た訳じゃない。折り入って頼みがあるんだ、ガラルハラッド」
「なんだよ、急に。きなくせぇな」
浅黒い肌に生えた無精髭をなぞりながら、怪訝な顔をするオッサン。
俺はカウンターに身を乗り出して、彼の前で両手を合わせる。
「金! 金を貸してくれないか。今月分の金が集まりそうにないんだ」
「はぁ? 何言ってんだ、お前」
思えば俺は討伐者になってから、一度も医療院への支払いを滞納したことがない。他人に借りを作ることは避けたいと思っていた俺だが、今回は仕方がないと判断した。
「今月分だけじゃなくて、できれば来月分も借りたいんだが」
「いや、待てよクライス。お前の月々の支払いって金貨二十枚じゃなかったか」
俺がそんなに持っているわけがないだろ、という言葉に、そりゃそうかと思った。ガラルハラッドは俺と同じAランクの討伐者ではあるが、俺ほど熱心に仕事を受けていない。「おやっさん」と呼んでいる商会の会長、アルシアとロベルトのオヤジの護衛兼小間使いとして、雑用を何でもこなすという立場に落ち着いている。
「そんな大金なら、お嬢に借りたらどうだ」
「いや、アルシアに借りたら利子が莫大になるだろ」
あの金の亡者に借りるなんて、あり得ない。これから俺がやろうとしているバクチのリスクが爆上がりするだろう。それこそ『この世の記憶』を使った方がましだったというくらいに負債を抱えてしまうかもしれない。
「アルシアに借りるくらいなら、医療院に支払いを待ってもらった方がいい」
「そうかい。じゃあ、そうしな」
「冷たいやつだな」
「まあ、そう言わんでくれ」
ガラルハラッドはガハハと笑い、金は貸せないが飯くらいはおごろう、と言って、カウンターに「外出中」の札を立て掛けた。
ガラルハラッドは研修中も、たまにこうやって飯屋に連れ出してくれた。裏通りを出てすぐの小汚ない飯屋の暖簾をくぐり、慣れた様子でテーブルにつく。
こんな店は初めてだろうコウは、落ち着きなくキョロキョロと店内を見回し、テーブルにおいてある調味料などに興味を示している。
「ぼうず、そりゃ香辛料だ。泣くほど辛ぇぞ」
「辛いの? なんでそんなものが置いてあるの?」
「そりゃあ、泣きてぇやつもいるからだよ」
「コラ、適当なこと教えんじゃねぇよ」
こいつの保護者はタチが悪いんだ。俺が真剣な顔でそう訴えると、そこからコウの契約金の話を掘られることになった。
「でけぇ契約だったって話じゃなかったか。なんで取りっぱぐれたんだ」
「いろいろ事情があんだよ」
「どんな事情だ。貧乏人だったとか?」
「貧乏人とか、金持ちとかいう次元の問題じゃない」
「ええ、どういうことだよ。ぼうず、お前の家は結局見つかったのか?」
「答えなくていいからな、コウ」
ガラルハラッドはしばらく問いを変え手を変え、俺たちからコウの保護者の話を引き出そうとしたが、俺がのらりくらりとかわすのでついに諦めたようだ。
「まだ月末まで二週間はあるだろ。どうして仕事で稼ぐんじゃなく、金を借りようと思ったんだ?」
最終的にそのような質問に落ち着いた。
俺がスェルグに行く前にここに立ち寄ったのは、その話をするためだったので、ちょうど良いと思って口を開いた。
「すぐにでも、ロベルトに会わなきゃいけないと思ったんだ。ガラルハラッド、ロベルトの居場所を知っているか?」
「ロベルト? なんでロベルトなんだ?」
なんでと理由を聞かれても答えづらい。俺は聞きたいことがあるからとボヤかして言った。
するとガラルハラッドは考える素振りを見せて、その間俺たちは運ばれてきた飯を腹に入れる。
牛脂でギトギトした焦げ臭いライスだったが、俺はこのくらい雑な食事の方が気楽に食えて良いといつも思う。
「ロベルトはファロウ支店に荷を届けた後、しばらく外国支部を回ることになっていてな」
「そうか。しばらく戻ってこないのか……」
外国支部を回るって、アルシアがお預けを食らった仕事だったっけ。ロベルトが代わりに行く事になったのか。そんなことをぼんやり考えていると、突然隣のコウが大声を上げる。
「うわ、カラっ! ほんとに辛い!」
「何やってんだよ! 真っ赤じゃねぇか」
机にあった香辛料を、ライスの上にぶちまけてしまったらしい。
馬鹿じゃねぇのか?
騒ぎ立てるコウを黙らせるために水を用意してやる俺を、ガラルハラッドはのんきに眺めてやがる。
真っ赤な飯は赤いところだけ丁寧に取り除いてガラルに食わせ、事なきを得た。
「ロベルトの居場所はおやっさんに聞いておくよ。なんとかするから、スェルグ支店で待っていてくれ。連絡を入れる」
食事が終わり、別れ際にガラルハラッドがそう言った。それなら安心と胸を撫で下ろし、俺は予定通りその日の内にスェルグに向かって発つことにした。
スェルグへ向かう道すがら、俺は小遣い稼ぎに魔物を数体狩った。
先月コウとこの道を通った時には、妙に雑魚魔物が出現しなかったのが気になっていたのだが、今回はちょっと道を外れただけでウヨウヨ湧いてきやがった。
小さな羽蛇を仕留め、売れそうなパーツを回収する。
羽の付け根にある硬い筋肉と、エラ周りのウロコ、心臓と眼球……。ひどく小さいが、心臓付近にある魔力器官ももちろん回収する。
錬成銃に弾を込め、それらに『乾燥』の錬成術を撃った。こんな小さなサイズの魔物なら、こうしてカラカラにしたほうが持ち運びやすいし売りやすい。ナマモノより価値は落ちるのだが。
コウは興味深そうに俺の手際を眺めている。気持ち悪いとか思わないんだろうか。変なガキだなと改めて思っていると突然、解体した死体を指差して口を開いた。
「浄血核は採らないの?」
「浄血核? なんだそれは」
聞き慣れない言葉だった。俺が聞き返した直後、コウは図鑑でも読んでいるかのようにスラスラと返答する。
「解毒作用のある成分が採れる器官だよ。胸部の鱗板の内側、胸腔の前方──心臓のやや下、鎖骨に相当する骨格付近に深く埋まっている」
薬師が高値で買い取ってくれる、という言葉を信じて、俺は言われた通りの場所をまさぐった。
それらしい硬い組織を取り出して、川の水で洗った。
「さっきの乾燥の魔法をかけてよ。そしたら保存が効くから」
俺は少し戸惑ったが、言われた通りに処理をした。乾燥の錬成術には風属性の弾を消費する。それよりも高価で売れると確信が持てるものにしか使用したくないのだが。
コウがあまりにも自信たっぷりに言うので、俺は乾燥してできた黒いシワシワの組織を丁重に薬紙にくるみ皮袋にしまいこんだ。
「お前、魔物に詳しかったのか? 今までそんな素振り見せなかったじゃねぇか」
俺がそう文句を口にすると、コウはニンマリと笑顔を見せる。
「それはね、これを持ってきたからさ!」
首の辺りをまさぐり、コウは首にかけていたらしい何かを自信たっぷりに俺に付き出してきた。
それは、鍵のような見た目をしていた。手のひらくらいの大きさの首飾りで、鍵の持ち手の部分は円が絡み合っている複雑な構造をしている。
「メモリーってやつに似てるな」
「そうだよ。これは番人の鍵、メモリーをどこからでも使えるアイテムだよ」
「なんだって?!」
そりゃあ便利だな、と考えたのもつかの間で、すぐに不安の方が勝ってくる。
あのメモリーってやつは知りたくもない情報まで無理やり押し付けてくるヤバい代物だ。魔物のことを不用意に調べたら、魔物の産毛の本数や体内の寄生虫の種類まで頭の中に叩き込んでくるんじゃないか。
「知りたいことがあったら言ってね。おれが調べてやるからさ」
「ああ、まあ、気が向いたらな……」
俺は先日のことを思い出して気分が悪くなった。さすがに俺のつまらない興味で、コウをあんな目に遭わせるのは忍びない。サキの病気の治し方だって、せめてもう少し的確なキーワードが見つからないと調べても徒労に終わるだろう。
スェルグに到着した俺は、港へ足を運びフラヴェル島行きの船を予約した。運が良いことに、明日船を出してもらえることになった。
魔物のパーツを素材屋に売り、コウの勧めに従って浄血核は薬屋に売りに行った。結構な良い値段で売れたので、俺はコウを見直した。
「メモリーは結構役に立つでしょ?」
「ああ、意外と使えるんだな。あの情報はどうやって検索したんだ」
「画像から情報を呼び出したんだけど、リストから当てずっぽうに調べただけだよ」
何でもないことのように語るコウだが、俺は内心ゾッとしていた。きっと、産毛の本数や対内で飼ってる寄生虫の種類まで頭の中にぶちこまれたんだろうなと思う。
使い慣れたら、そういう要らない情報は受け流したりできるようになるんだろうか。それともコウは特殊な頭をしていて、もともとそういう情報を受け流せる能力があるのかもしれない。
少し早い訪問になるが、サキへの土産を選ぼうと商店街に足を向けようとして、ふと俺はサキとの約束を思い出した。
「そういえば、ぬいぐるみの作り方が知りたいと言っていたな」
ロベルトに聞いてみると約束をしたが、アイツは遠征中らしいし。本でも探してみるかと呟いたが、コウが例の鍵を握りしめながら一方を指差した。
「ぬいぐるみの作り方はおれが調べるから大丈夫だよ。とりあえず大きめの紙と、布を買っていこう」
ボタンもあると良いなどと言いながら露店に向けて歩きだす。
あのキューとかいうヤツは、メモリーのことを『この世で最も尊い、神による作品』とかなんとか言ってたけど。
まさかぬいぐるみの作り方を調べるのに使われるなんてな。
なんとも言えない気持ちになりながら、俺はコウの指示した通りの材料を買っていく。
その晩コウは紙に何やら図形を描き、組み上げて紙の竜を作った。かなりデフォルメされた形だったが、上手いものだと感心した。
「これは型紙だよ。これに合わせて布を切って、縫い合わせたらぬいぐるみになるらしいよ」
なるほど。再びバラされた型紙は複雑な形をしていて、俺には何がなんだかさっぱりわからない。コウがいなきゃ、ぬいぐるみの作り方なんか一生わからなかっだろうなと思った。




