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第4話◇ねこ

 皇帝レオンハルトは寝室の奥で布団をかぶり、蹲っていた。

 

 破られた防衛魔法陣のことでも参っていたが、ここ数日のことで精神は限界になっていた。

 

 困ったことがあればいつも皇城の地下に行って解決してきたが、今回ばかりは地下に行くことができない。

 なぜなら、その地下こそが元凶かもしれないからだ。

 

 みゃおんみゃおんと鳴く奇妙な女幽霊の噂は、レオンハルトの精神を確実に削っていた。

 女幽霊の噂は、おそらく紛い物では無い。

 その噂には真相があるということを、皇帝だけが知っていた。

 

 その真相は地下にある。

 それは誰にも知られてはならない、古い古い、皇族だけの秘密。

 犯罪を犯して流れ者になっていた祖先が皇帝にまで成り上がった、その秘密だ。

 

「ついに、ついにあの女が呼んでいた“ねこ”が来たんだ……っ」

 

 レオンハルトは、父が語った恐ろしい昔語りを思い出していた。

 

 祖先は深き森の魔女……通称、闇の魔女を生け捕りにして、奴隷にした。

 足を切り落とし、魔法で死なないように処置をして、拠点に連れて帰ったのだ。

 魔女は帰してくれと泣いた。

 家には“ねこ”がいるのだと、帰ってやらないと寂しがるのだと言って、泣いた。

 祖先は笑いながら、魔女に「帰して欲しければ、今から言う魔道具を作るんだ」と命じた。

 魔女は泣きながら魔道具を作った。

 祖先はその魔道具で魔女をもっと強力に拘束し、決して反抗できないようにした。

 それから、「お前の“ねこ”を殺されたくなければ、これからも奉仕し続けろ」と命じたのだ。

 

 自分の祖先のあまりの悪行に、目眩がした。

 信じたくなかった。

 だが、父に連れていかれた先で……皇城の深い深い地下で「それ」に会ったから、信じるしか無かった。

 

「あぁあ……私は悪くない、悪くないのに」

 

 魔女を生け捕りにしたのも、騙したのも自分では無い。

 魔女の考えた道具も使っているし、魔女を起点とした魔法陣で守られているし、魔女の功績の上に築かれた快適な帝都で暮らしているが、そんなのみんな同じことだ。自分だけが悪いんじゃない。

 

 なのに。

 

「女幽霊に呼応するように……っ。“ねこ”の、“ねこ”の、声がする……っ」

 

 月夜に照らされた女幽霊が「みゃおん、みゃおん」と言う。

 すると、それに答えるように、どこからか「みゃおん」と悲しげな猫の声がするのだ。

 勅命で皇城中の猫を全て捕らえて放り出したが、猫の声は止まらない。

 女幽霊にそれは聞こえていないようで、猫も幽霊に会うことは出来ていないらしく、両者が出会うことは無いのだが、霊感のあるものにはそのやりとりが一晩中聴こえるのだ。

 

「うう。ううう……っ」

 

 言い伝えでは、“ねこ”は猫ではなく、魔女が使役していた強大な魔獣だったと言われている。

 祖先が魔女の足をおとりにして気を逸らしているうちに斬り殺したという、魔獣。

 

 どう考えても、酷い恨みを買っている。

 それがついに結界の中に入り込んだのだ。

 レオンハルトは発狂したように大声を出した。

 

「騎士団長ッ! 騎士団長はいるかッ!」

「はっ」

 

 慌てて入室してきた騎士団長に向けて唾を撒き散らしながら、レオンハルトは勅命を下した。

 

「まだ“ねこ”が……猫がいるのかもしれんっ。帝都中の猫を全て殺せっ!」

「な、そ、そんな。陛下、お気を確かに。そんな命令を下してはっ!」

「いいや私は正気だ。いや、正気であるためにもこの猫の声を止めなければならん。これは猫の声なのだ!断じてねこではなく猫のッ!猫のッ!!」

 

 騎士団長は狂人を見る目をした。

 しかしレオンハルトは、正気を疑われていると分かっていても命令せざるを得なかった。

 猫を殺し尽くして声がやめば、それでいいのだ。

 それで声が止めば、幻の“ねこ”の声ではなく、猫だったと安心出来る。自分はまた賢君として立ち上がることが出来る。

 命の危険に二十四時間怯えながらでは、まともな皇帝でいることなど到底できない。

 

「陛下……」

「早くしろ! 今日中だ! 今日中に帝都の猫を全て殺せ!!」

「……かしこ、まりました」

 

 失望しきった顔で、騎士団長が部屋を出ていく。

 その背中を睨むように見送りながら、皇帝レオンハルトは蹲って震え続けた。

 

 ◇

 

「クーデターです!お助け下さいミリア様!!」

 

 お楽しみ用の完全防音の寝室の中、ディートリヒにしなだれかかってうっとりしていたミリアは、部屋に駆け込んできた側近の言葉に飛び起きて何事かと目を白黒させた。

 これからようやくディートリヒを楽しもうとしていたのにと、憤慨する気持ちすら吹っ飛んで行った。

 

「クーデターですって!? 一体誰が首謀者なの!?」

「隣国の兵を引き連れたアダムです!騎士団の一部も呼応して加わっています!」

「騎士も……!? ああもう、あの皇帝がダメになっているせいね。防衛はどうなっているの!」

「はい、ミリア様とディートリヒ様がお作りになられた魔道兵器により完全突破は免れ、城の上部には侵入されておりません。戦線を保ってはおりますが……!」

 

 ミリアは頭を掻き乱した。アダムの奴、きっとディートリヒを奪われた腹いせにこんなことをしたのだ。

 いいや腹いせではない。

 奪い返しに来たのだ!

 

「殺してやるわ。殺してやる! 絶対にディートリヒは奪わせない……!! ディートリヒ!」

「はい、ミリア様」

「ああ、可愛い私のディートリヒ。お前はここに居なさい。絶対に部屋から出てはいけないわよ」


 ディートリヒは微笑んだ。

 それに満足して頷き返し、ミリアは戦線に向かった。

 

 ◇

 

 すべてが、灰になっていた。

 

 俺は、ほとんどが瓦礫と化した皇城の跡地を歩いていた。

 

 諸悪の根源である男の子孫、皇帝は勝手に発狂して死んだ。

 魔女さまの功績を奪ってふんぞり返っていた筆頭魔術師は、見下していた下っ端魔術師と相打ちになって死んだ。

 

 クーデターが成功したのか失敗したのか、人が死にすぎて、城が壊れすぎて、それはわからない。

 俺にはどうでもいいことだった。

 

 血と油と埃の匂いがする。

 早く魔女さまと森に帰りたいなぁと思いながら早足で歩いていると、地下に続く階段を発見した。

 蓋を開けて覗き込む。

 

 夜に魔女さまを呼びながら城中を歩き回っても見つからなかった、階段だった。

 魔術による認識阻害は、もう機能していなかった。

 

 転変し、階段を駆け降りていく。

 暗い、暗い、狭い階段だ。

 この先から魔女さまの気配がする。

 

 早く会いたい。

 魔女さま。魔女さま。

 足がなくては帰れないけれど、治癒魔法が使えるからなんとかなるかもしれない。

 もし治らなくても、背中に乗せて帰ろう。

 その一心で一気に階段を駆け下りると、巨大な空間に出た。

 その空間の一番奥に、なにかがある。

 

「みゃおん!みゃおん!」

 

 鳴いて、走り寄る。

 走る。

 走る。

 

 そうしてたどり着いた先にあったのは、祭壇の上に置かれた小さな小箱だった。

 

 懐かしい魔女さまの気配がする。

 それなのに、悲しくて涙が止まらなかった。

 

「くおん」

 

 何度鳴いても、魔女さまは応えない。

 お座りをして、行儀を良くしても褒められない。

 魔女さまは、小箱になってしまっていた。

 

「くおん」

 

 暗い部屋で、悲しくて鳴いていると、いつもあたたかな手で抱き上げて撫でてくれたのに。

 目の前には、冷たい小箱があるばかりだ。

 

 ……本当は分かっていた。

 魔女さまは人間では無い、もっと偉大な存在だったが、それだってきっと不老不死では無い。

 この世界の生き物は、竜ですら五百年も生きられない。

 皇帝の切り札というのは、魔女さま本人ではなく、その知識のことだった。

 魔女さまはきっと、脅されて作り出した己の魔道具により、知識を引き出す小箱にされて、閉じ込められて、そうして存在するだけのものになってしまったのだ。

 

「くおん」

 

 暗い部屋に、自分の甘え声だけが響く。

 

 物陰に隠れても、もう見つけ出してはくれない。

 すごい獲物を捕ってきても、もう驚いてくれないし、お風呂にも入れてくれない。

 風邪をひいたっていいから、あのやさしい手で洗って欲しいのに。

 

 しばらく鳴いて、鳴いて、泣いていたが、なんとか四肢で立ち上がり、祭壇に近寄った。

 

 覚悟を決めたつもりだったが、また迷った。

 

 今の自分に出来るのは、魔女さまを解放することだけだ。

 だけどこれを壊したら、もう魔女さまの気配は感じられない。

 これを抱いて、命が尽きるまでここで蹲っていたい。

 でもそしたら、魔女さまはずっと苦しいままだ。

 

 さみしくて死んでしまいそうだった。

 だけど、やらなければならない。

 

 お座りをして、祭壇に顎を乗せ、小箱に額をくっつける。

 そうして自分の膨大な魔力を少しずつ流し込む。

 初めは中々通せなかった魔力が、徐々に封印を破って流れていく。

 何重にもかけられた封印はあまりにも強大で、途中で魔力が尽きてしまった。

 代わりに自分の命を消費して破壊を試みる。

 複雑な魔法陣を打ち破り、魔力を循環させていく。

 ──命が尽きる。

 その瞬間に、箱が光の粒子になって霧散した。

 

「ねこ」

 

 幻聴かと思った。

 

「ねこ。ねこ」

 

 ふわりと、あたたかな手のひらが頭を撫でる。

 魔女さまの気配を強く感じた。

 

「迎えに来てくれたのか」

 

 もう命が尽きる。だが、なんとか頷いた。

 

「言いつけも、ちゃんと守っていたんだな」

 

 言いつけられたとおり、ヒトに本来の姿を見せなかったし、牙を剥いて傷つけたりもしなかった。

 ヒトとヒトが勝手に殺し合ってくれるといいなぁと思って色々仕向けたけれど、それは怒られるだろうか?

 でも、あいつら、悪い奴らだったし。

 

 気持ち、体を丸めてしょぼんとすると、魔女さまが笑った。

 

「悪い事をしたのか。なら、叱ってあげないといけないな」

 

 あんまり怒っていない様子だった。

 それはそうだ、だって言いつけを守って良い子にしていたのだから。

 急に自信を取り戻してエヘンと鼻を鳴らすと、優しく抱きしめられた。

 

「悪い子だなぁ。でも、愛しているよ。……わたしの可愛い、ねこ……」

 

 初めて出会った時からこのあたたかい手のひらに包まれて死にたいと思っていたから。

とても、とても、幸せな気持ちだった。

このあと二人とも人間に転生して幸せになりました。

 

 ねこ(ディートリヒ)×魔女さまの転生したその後を書きたくて書き始めたんですが、蛇足になる気がしたのでここで止めておきます。

 悪い事をいっぱいしたのは、転生後にちゃんと怒られたりしました。

 でも魔女さまも普通に激おこなので、ねこのための指導くらいな感じです。

 

 あと、帝都の猫ちゃんたちは猫好きの騎士団長により殺されずに放り出されるだけで済みました。

 

 それでは、ここまでお読み下さり、誠にありがとうございました!

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