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第3話◇みゃおん

「お父様、お会いしとうございました」

「お前……まさかディートリヒか? なぜあの屋敷の外にいる!?」

 

 大きな邸宅の執務室。

 いっそ悪趣味とも言えるほど重厚で豪奢な、人間の栄華の香りがする部屋の中。

 

 俺はにこりと笑って後ろ手を組んだ。

 

「目が覚めたのでございます」

「……なに? いいや戯言はいい。聞きたくない。今すぐ屋敷に戻れ、このけがらわしい恥晒しが」

 

 この体の父親であるはずの、この高位貴族の男は、子供と会話したくないらしい。

 穏便にお願いごとをしようと思っていたのだが、仕方がない。

 リスクは上がるが、この部屋に来たのと同じ方法を使おう。

 部屋の前で待たせている、憑依用の乗り物……イワンと同じ魔法にかける。

 ぐらりと揺れて床に膝をついた父親の頭に、森で沢山習得した魔法のうちの、いくつかを仕込んだ。

 

「うーん、こうかな? あ、こうか。……よし」

 

 イワンに比べるとかなり手強かった。魔力量の差か、個人差だろうか。

 これ以上強いやつの頭はあまりいじれなさそうだ。

 しかしなんとか出来た。

 体を物質から霊体に変えて、男の中に潜り込む。

 動けと念じると、男は立ち上がった。

 

 魔女さまの犠牲の上に成り立っている、この汚らわしい帝国の、ヒトの体だ。

 気持ち悪くて仕方なかったが、仕方ない。

 

 ◇

 

「これはこれは。ローゼンガルド侯爵」

「壮健そうでなによりだ、アダム君」

 

 アダム・ヒルトは宮廷魔術師だ。

 何十人もいる宮廷魔術師のうちの下っ端で、腕前だけで成り上がれる上級魔術師とは違い、コネと裏金と、必死こいての研究でようやく座席を守っているような魔術師である。

 貴族の方から声をかけられる時は大抵ろくなことでは無いのだが、顔には出さずににこやかに応対した。

 

「本日はどうなされましたか?」

「うむ。実はお願いがあってね」

 

 ハァと溜息をつきたくなったが我慢する。

 

「私の息子を、見習いとして受け入れて欲しいのだよ」

「……は、はい!?」

 

 流石に聞き間違いだろうと思って顔を見るが、ローゼンガルド侯爵はいつも通りの顔をしている。

 どういう意味かと思って、「ディートリヒという息子を頼みたい」と言われてハッとした。

 誰も姿を見ないから真偽のほどは定かではないが、ローゼンガルド侯爵に病弱な──あるいはなにか問題のある子供がいるというのは、噂されている事だった。

 決して他者から触れられないようにあれこれ手を回しているという話だったのに、なぜ。

 そう思ったが、連れてくると言われてしまえば断ることなどできない。

 まさか頭がアレなのをなんとかしろと言われないだろうかとか、失脚の罠だろうかとかグルグル考えていると、ローゼンガルド侯爵が退出して行ったドアから青年が入ってきた。

 

「……っ」

 

 息を飲んだ。

 それほどに、その黒髪の青年は美しかった。

 

 儚げな風貌である。

 瞳は高貴な金色で、しかし左目が少し薄い色だ。

 噂から想像するよりも筋肉はついているようだが、なんとなく守ってやらねばならないと思うような、細身の青年だった。

 

「はじめまして、ディートリヒ・ローゼンガルドです。……あなたが、アダム様ですか?」

「え、……ええ」

「父が急に無茶を言ってすみません。父の気が済むまでで大丈夫ですので、しばらく見習いとして扱っていただけないでしょうか?」

 

 誰だ、この美しく気品のある、気づかいまでできる青年をアンポンタンだなどと言ったのは。

 そう義憤に駆られるくらい、ディートリヒは魅力的だった。

 

 ◇

 

 それからのアダムの日々は輝いていた。

 ディートリヒは美しく、かしこく、思慮深くて、しかも謙虚なのに面白かった。

 しかも、彼と一緒にいると無限にアイディアが湧いてくる。

 というよりディートリヒはアイデアマンで、アダムが思いつかないことをポンポンと出してくる。

 ディートリヒとの生活は刺激的で楽しかった。

 全てが輝いて見えた。

 

 そんなアダムに、先輩魔術師が注意した。

 

「おいアダム。新しい術式の開発に夢中になるのもいいが、例の件の原因究明にもちゃんと参加しろよ」

「ええ、ええ。はい、分かっていますよ」

 

 水を差されて、アダムはちぇっと舌打ちしたくなった。

 “例の件の原因究明”というのは、宮廷魔術師たちの目下の急務のことだ。

 

 ある日、皇城の防御魔法が一瞬だけ破られたのである。

 

 皇城の防御魔法陣には、招かれざる客を弾く効果がある。

 魔法の水晶に魔力を登録しないと、何者も入城することはできない。

 だというのに、何か、招かれざる存在が皇城のバリアを一瞬強引に通ったというのだ。

 なにか隠れ蓑を使っていたようで、はじき返すことが出来なかった。

 その後は音沙汰がないから、誤作動だったのかもしれないと言われているが……。

 その何者かが、後から魔法の水晶にこっそりと魔力登録をしたのだとしたら、もう捕捉するのは難しいだろう。

 

 こんなことは帝国始まって以来前代未聞で、当代の宮廷魔術師たちのプライドに関わる大事件だった。

 

「そんなに大変なことなのですか?」

 

 不思議そうにするディートリヒに丁寧に答えてやる。

 

「うん。大変なことなんだよ」

 

 ディートリヒは格上貴族だが、くだけた話し方をしてもいいような間柄になっていたので、そんな口調で返した。

 

「この皇城の防御魔法陣は建国当時からあると言われているんだ。その動力源は皇帝と契約している我々宮廷魔術師の魔力で、魔力水晶のメンテナンスも我々がしている。……つまり侵入を許したということは、当代の宮廷魔術師達は歴代一無能ってことになるのさ」

「そんな。アダム様が無能だなんてことあるわけないのに」

「いや、まぁ、それは分からないけど……でも、ディートリヒとなら問題を解決できる気もするな」

「私なんかでお役に立つでしょうか?」

「勿論。だってディートリヒの発案で作った新魔道具は、二つとも大成功なんだよ?」

 

 ディートリヒを見習いにしてから一ヶ月で、アダムは特許を取得できるほどの魔道具……新兵器を二つも生み出していた。

 殆どはディートリヒの気づきを元に作られたものなのだが、ディートリヒは頑なに栄誉は譲るという。

 素晴らしい見習いを獲得したアダムは浮かれていて、地味な仕事をする気分ではなかった。

 が、ディートリヒが興味を示しているなら話は別だ。

 

「気になるのかい?」

「はい。父とアダム様が勤める城の警護が破られたというのであれば、原因を突き止めておきたいです」

「可愛いこと言うなぁ、まったく」


 見習いとしては百点の回答に、アダムはディートリヒの頭をぐりぐりと撫でた。

 

「それじゃあ、筆頭魔術師のミリア様と話をしに行ってみようか。現時点での情報はミリア様がまとめているはずだ」

「筆頭……そんなにすごい方が、私と話してくれるでしょうか」

「大丈夫だよ。ミリア様は僕の新技術に興味津々みたいだからね。それを餌にすれば、今なら話くらいはしてくれると思う」

 

 可愛いディートリヒの頼みなら叶えてやりたい。

 なにより……これでディートリヒが問題の原因に気がついて事件が解決したとなれば、自分の名声は過去最高のものとなるだろう。

 アダムにとって、ディートリヒは可愛い弟子であり、金の卵を産む鶏でもあった。

 

「アダム様、ありがとうございます」

 

 美しく、懐っこい顔でそう言ってくるディートリヒは、アダムにとって唯一無二の宝物だった。

 

 ◇

 

「クソ……っ! あの阿婆擦れが。許さない、許さない、許さないぞ……!!」

 

 アダムは研究室の隅で爪を噛んで蹲っていた。

 ディートリヒを筆頭魔術師に奪われたからである。

 

 命令とあれば従わざるを得なかった。

 ディートリヒは哀れな顔でこちらに助けを求めていたが、非力な自分では助けてやることが出来なかった。

 

「まさか、後ろ盾の貴族の力をチラつかせてくるだなんて……っ」

 

 約束を取り付け、アダムを連れて会いに行った後。

 その数日後にはもう脅迫されていた。

 武力をずらりと後ろに並べて、「その子は私が育てる。異論は無いわね」と言われたのだ。

 強硬な姿勢に、自分は為す術もなかった。

 筆頭魔術師ともなると後ろ盾は公爵レベルばかりだ。それが用意した武力に逆らったところで物理的にも適わないし、政治的にも命は無い。

 自分の後ろ盾で最も力があるのはローゼンガルド

侯爵だけだし、その侯爵だって、息子の見習い先の師匠が末端の魔術師から筆頭魔術師に変わったのであれば万々歳だろう。

 

 ひとしきり怒りを巡らせてから、暗い研究室をぼうっと見やる。

 ディートリヒの居ない研究室は、火が落ちた炉のようだった。

 目につくものがひとつも興味を引かない。何にもする気になれない。世界が灰色で、うすぼんやりとしている。

 悲しくて、さみしくて、悔しくて、恋しくて堪らなかった。

 

「ディートリヒ……。僕のディートリヒ……」

 

 髪をかき乱し、名前を何度も呼ぶ。

 ディートリヒは光だった。

 この薄汚れた皇城の中で、ディートリヒだけが純粋で、穢れがなくて、自分を慕って愛してくれた。

 ディートリヒがいれば、大したことをしなくても栄達できる。

 ディートリヒがいれば。

 

 ……そのうちに。

 アダムは、すうっと、瞳の奥を闇に染めた。

 そうして笑いだした。

 

「彼を取り戻すためなら何でもする。……見ていろ」

 

 ◇

 

「ミリア様、これはなんですか?」

「それはね、百年前の戦争で使われた魔道具よ」

 

 筆頭魔術師ミリアは幸せの絶頂にいた。

 こんなにも美しく、どこかウブで、おまけに際立った才能のある男が手に入ったことは過去になかったからだ。

 

 それに、美しく有能なだけの男なら他にもいくらでもいるが……ディートリヒは、どこかが他人と違っていた。

 気配というか、なにかが違う。

 魅了されずにはいられない、例えるなら美しい竜のような、不思議なオーラを持っていた。

 

「百年前の戦争……もしかしてこれは、ガリアン戦役で初めて使われたというあの魔道具でしょうか」

「そうよ。よく分かったわね」

「ええ。家庭教師に特徴を習ったことがありました」

「それでも、実物をすぐにそれと認識できるのは素晴らしいことだわ」

 

 ディートリヒは褒められて嬉しそうにしている。

 その頬を撫でてやると、ディートリヒは照れたように顔を逸らした。

 

「お、おやめ下さい。その……近いです……」

「あなたは私のものになったのよ? 近すぎるなんてことは無いわ」

 

 ディートリヒの父、ローゼンガルド侯爵はすでに買収済みだった。

 自分の息子が稀代のアイデアマンであることを知らないのか、息子の世話をしてくれるのならと二束三文である。

 やけにすんなりと応じたのが少し気にはなったが、この美しきディートリヒを手中にできるとなれば、多少の問題があったところで気にはならない。

 

「私のディートリヒ。お前の知恵を貸してほしいの」

「私などでお役に立てるかどうか……」

「ふふ、謙遜を。あの役たたずのアダムが新兵器を二つも、それも一ヶ月で開発したのよ? どう考えてもお前の功績でしょう」

「いえ、そんな……」

 

 頬をかいて照れた様子を見せるところをみると、やはりそうなのだろう。

 アダムに懐いているように見えたが、今の悪口を否定しないところを見るとそうでもなかったようだ。

 

「皇城の防御魔法陣が出し抜かれたことは知っているかしら」

「はい。私がこの城に居室を与えられたのはその数日後でしたが、なんだか物々しい雰囲気に驚いたのを覚えています」

「ええ。上から下まで大騒ぎで大変だったわ……それについても、いずれ知恵を貸してほしいと思っているの」

 

 よもや皇帝の暗殺が起きるのではないかと厳重警戒体制が敷かれ、ミリアも筆頭魔術師として不眠不休で警護に当たらせられた。

 結局何事も無かったものの、皇帝は今も怯えてまともに眠れずにいる。

 

「それなりに陛下のことは尊敬していたのだけれど、あんなに小物だとは思わなかったわ」

「というと?」

「陛下ね、“祟りだ”とか言って頭を抱えて蹲っていたの。“あの女に殺される”とかね。そりゃあ恨まれているでしょうけど、今更何も出来るわけないのに。何をそんなに怖がっているんだか」

 

 そう言って笑った瞬間、ディートリヒが真顔になった。

 ミリアはきょとんとしてから……なぜだか、少しの寒気を感じた。

 が、ディートリヒがてへへとはにかんだ。

 

「あ、すみません。お化けとかの類が少し苦手でして……」

「あら、あらあら!うふふ」

 

 未成年らしい発言だ。可愛いことこのうえない。

 ミリアは笑って、もう少し怖がらせてやろうと思った。

 若い男をからかったり、いたぶったりするのは好きだった。

 

「実はね、この皇城には最近、怖ーい噂話があるのよ」

「ええっ、やめてください!」

「ふふふ。女の幽霊の話」

 

 怖がるディートリヒをソファに座らせ、それにしなだれかかりながら怪談を始める。

 

「夜中に皇城の廊下を歩いているとね、髪の長い女の幽霊が現れるんですって」

「うう……」

「そしてね、声がするの。何度も何度も同じことを言うんだそうよ」

「な……なんと言っているんですか、その女の幽霊は?」

「ふふふ。それがね、何も言わないの」

「何も言わない……? 声がするんですよね?」

「そうよ。どういうことだと思う?」

「うーん……?」

 

 考えるディートリヒに、にこりと笑って正解を告げた。

 

「正解はね……“みゃおん、みゃおん”って言うんですって。悲しそうに、猫を呼ぶように。猫の鳴き真似をする幽霊が出るのよ。……ふふふ。びっくりした? たいして怖くなかったでしょう?」

 

 拍子抜けするところがみたくて、ミリアはディートリヒの顔を覗き込んだ。

 そしてぎょっとした。

 

 ディートリヒは、一筋の涙を流していた。

 

 静かに、静かに。

 何かを想うように。

 

 慌ててミリアが謝っても、ディートリヒはしばらくそのまま泣いて、応えなかった。

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