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第2話◇少年

長い長い時の果てに、バチッと目覚めた。

 

 ヒトになっている。

 俺は、豪奢なヒトの寝台に寝ていた。

 自然と姿を転変させる。

 あるべき魂の姿へと戻る。

 そうして寝台の上で、絶叫のような咆哮を上げた。

 

 ──魔女さま。

 

 魂が壊れそうなほどの寂しさ。

 胸が燃え尽きそうなほどの怒り。

 滂沱の涙がドッと溢れて、俺は遠吠えのようにオオオオン、と叫んだ。

 

 魔女さま。魔女さま。魔女さま。

 

 匂いで分かる。

 魔女さまを傷つけたヤツは、ヒトだ。

 俺はヒトを許さない。

 絶対に、許さない。

 

 それと同時に分かることがあった。

 

 魔女さまと生活するうちに自然と結ばれていた従魔契約は、今もまだ途切れていなかった。

 

 ──魔女さまは、今も生きている。

 

 だが、とても傷ついて、とても、とても、ものすごく、苦しんでいる。

 

 それでも、魔女さまは生きている。

 俺は魔女さまの寝室に並んでいた本のタイトルをいくつか思い浮かべた。

 そして、ヒトの知識を得た、今の俺が知っているそれらの発行年代を思い浮かべた。

 

「……五百年」

 

 魔女さまの苦しんだ時間は、五百年。

 はやく助けに行かなくては。

 そう考えてから、魔女さまが言っていたことをふと思い出した。

 

 “ねこよ。ヒトというものはとても臆病で、狡猾な存在だ。そしてお前は……えーとその、とても強そうなのだ。警戒させてしまうから、できるだけ姿を見られないようにするのだよ”

 

「……姿を、見られないように」

 

 今の自分はヒトの姿にもなれる。

 なら、その姿でいれば、「“ねこ”の姿を見られない」ことになる。

 

 俺は体をもう一度転変させた。

 ヒトは嫌いだが、魔女さまもヒトの形をしていたので、魔女さまと同じだと思えば我慢できた。

 

 ヒトとしての俺は、貴族の男だった。

 意思も魂も希薄だった。

 魂の本質が俺だったから、ヒトとしては壊れていたのだろう。

 覚醒した今はなんの不調もなく、頭もまわり、力もみなぎっている。

 だが、ヒトとして得た知識を思い出してまた愕然とした。

 

 部屋の窓から遠くに見える、荘厳な城。

 この世界で一番強い魔術師たちに守られた、難攻不落の帝国の城。

 そこにある伝説を思い出したのだ。

 

 “建国の父は闇の魔女を討伐し、それを城の地下に封印し、城の礎とした”

 

 また、こういう伝説もある。

 

 “歴代皇帝の元には秘密の切り札がある。その切り札が作り出す魔道具が帝国の繁栄を支えている”

 

 魔女さまは、道具作りが大好きだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 護衛騎士のイワンは、その日も欠伸をしながら任務にあたっていた。

 

 イワンの任務は、とある貴族のお坊ちゃまの護衛だ。

 

 普通、護衛というのはそれなりに大変な仕事なのだが、そのお坊ちゃまは生まれてこの方、十六年間ほとんど外に出たことがない。

 家庭教師の授業の時間以外はぼんやりと空を見て、座っているか横になっているだけの木偶の坊。

 自分からの外出などは本当に一切しない。

 そんな訳で、イワンの仕事は非常に楽だったのである。

 

「ふぁぁあ……。楽ちん、楽ちん。できりゃあ、一生そのままバカでいて欲しいもんだなぁ」

 

 のどかな春の日の下、涼しい廊下でそんな不敬罪モノの独り言を言いながら欠伸をしていたイワンは、足が地から浮くほどの轟音に腰を抜かした。

 間違いでなければ自分の後ろ──護衛対象の部屋の中からである。

 轟音は爆発音か、あるいは獣の咆哮に似ていて、イワンは本能的な恐怖を強く感じた。

 床にへたりこみながらも、ドアノブを握る。

 だが、手が震える。

 護衛ならすぐさま部屋に飛び込まないといけないというのに、動けなかった。

 と、その時。

 

「……ゃくねん」

 

 そんなつぶやきが聞こえてきこた気がして、イワンは瞬きをした。

 聞き間違いでなければ、今のは護衛対象のお坊ちゃま──ディートリヒ・ローゼンガルドの声だ。

 恐怖が薄れ、好奇心に駆られたイワンはなんとか立ち上がり、部屋に踏み込んだ。

 

「……坊ちゃん……?」

 

 部屋の中には、なんら不自然な場所は無い。

 いつも通りの、豪華だが生活感のない部屋だ。

 

 その部屋の奥。

 大きな寝台の天蓋の影に、上半身を起き上がらせている影があった。

 

「……坊ちゃん? い、今の音は、一体?」

 

 問いかけてみると、影……ディートリヒは、イワンに向けてニコリと美しく笑った。

 

 ────凄まじい寒気が走った。

 

 

 ◇

 

 

 門番のパーシヴァルは、暇だなぁ暇だなぁと思いながらも欠伸を我慢していた。

 パーシヴァルの仕事は、ディートリヒというお坊ちゃまの滞在している屋敷の、正門の警護だ。

 

 この屋敷は見た目こそ豪華で、広い庭もついている立派な物件なのだが、その実態は人目を避けるための座敷牢であった。

 

 ディートリヒ・ローゼンガルドは、古い公爵家の血筋の、当主の五男である。

 つまりはやんごとなき血筋の直系なのだが、病弱で起き上がれない体質であるとされていた。

 

 しかしパーシヴァルは知っている。

 同僚のイワンの話によれば、ディートリヒ坊ちゃんは体が弱いのではなく……指示されなければ一日中座ってぼんやりしているような、つまりはアレなのだ。

 なんとかアレじゃなくなるようにと家庭教師をつけて知識を詰め込んでいるようだが、それでもやっぱり授業の時間以外はぼんやり座っている。

 

 そんな風だから、今日も一日何事もないだろうと、パーシヴァルは油断していた。

 そうして我慢していた欠伸をとうとうしようとしていたところで、屋敷の方角から響いてきた聞き慣れない音に驚いて、何事かと振り向いた。

 

「……!?」

 

 爆発音に聞こえた。

 あるいは巨大な龍か、獣の咆哮のような。

 

 様子を見に行くべきかと逡巡するが、自分の役目は門番だ。

 誰にもディートリヒを見られないようにすることだけが役目である。面倒事は仕事じゃない。

 悩んでいると、屋敷の方から誰かが歩いてきた。

 

「パーシヴァル、ちょっといいか」

「 ああイワンか。どうした」

 

 同僚のイワンである。

 中で何かが起こっているのかと話を聞いてみたところ、呆れた。

 

「魔道具の暴発?」

「ああ。ディートリヒ坊ちゃんが家庭教師との授業で使ったあと、うっかり放置していたものが熱暴走したらしい」

「おいおい、屋敷が燃えたりしないだろうな」

「それはもう大丈夫だ。他の護衛に坊ちゃんのお守りは任せているから、俺は本邸に報告に行ってくる」

「ああ、分かった。気をつけていけよ」 

 

 そうしてパーシヴァルは、同僚をなんの疑問もなく見送った。

 

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