その転生者は監視されている
『隣国の王太子の新しい婚約者が殺害された』
その衝撃的な一報は瞬く間に民の間を駆け巡り、遂には私の耳にも届いた。件の婚約者である少女は何かと素行に問題があったためか、やれ天罰だ、はたまた王族の陰謀だと、このご馳走のような大事件に一部の噂好きの民たちはここぞとばかりに湧き立っている。
「みんな好きだねぇ」
「? どうなさいましたか?」
何気なく呟かれた言葉につられて手に持っていたティーカップをテーブルに置く。そして目を合わせてみれば、その人物はニッコリとワザとらしい笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「この前言ってたでしょ、隣国で『元平民の転生者』がそりゃあもう悪い意味で大暴れしてるって」
「そんなこともありましたね」
「で、その子が昨日殺されたんだってさ。ねぇ?」
それはなんだか含みのある言い方で、この分だともう既に全部筒抜けなのだろう。私は観念して大きなため息をついた。
「あなたには敵いませんね……それにしても、昨日の今日でここまで情報が届くとは思いませんでした」
「だから今日はちょっと眠そうなんだねぇ。ふふ、でもこれで隣国もやっと穏やかになりそうで良かったよ。ほら、ここのところ色々ゴタゴタしてて国交にも影響が出るくらいだったし」
「そうですね」
半分ほどの量になった紅茶をくるくると回しながら機嫌良く話す人物に適当な相槌を打つ。
「あ、そういえば、何で『帰した』の? しばらく手出ししないで監視するって言ってたのに」
「深い理由はありませんが、」
一度言葉を止めて、カップに残った少し冷めてしまった紅茶を飲み干した。
「頃合いかと思いまして」
***
隣国の王城の一室は、他の部屋と比べてやけに煌びやかだ。そこで私は部屋と違わず派手な装束をまとった少女と相対していた。
「……ということなんですけれど、理解できましたか?」
「はぁ? そんなん急に言われてもわかるわけないでしょ。アンタ、バカなの!? つーか使用人風情が未来の王妃様のあたしに向かって何様なの!? クビよ、クビ! 今すぐに出て行きなさいッ!」
「あー、そうですね。バカで結構です」
可愛らしい顔を醜く歪ませ耳障りな声で捲し立てる少女に対し何の感情も持たず淡々と適当に同意をする。私の説明が理解できるような頭ならそもそもこんな惨事にはなっていないので意外でも何でもないし、こう言った場面で罵声を浴びせられるのは日常茶飯事だった。
「別にご理解いただけなくて結構ですので。とにかく、あなたの魂には元の世界に帰っていただきます」
「はぁ? 何それ! せっかく王妃様になれるのに! あたしが何したって言うのよ!?」
「それは自分に聞いてくださいね」
そう言って取り出した短剣の切先を少女に向ければ明らかにその目が恐怖に濡れた。彼女は流石に転生者だけあって強力な魔力を持っているが所詮その程度。せっかくの魔術の才を遊ぶためだけに使っていた彼女にまともな実戦経験などひとつもなく、少し腕を捻り上げれば簡単に無力化できた。
「ひっ……! だ、誰かッ! そこに誰かいるでしょう!? 助けなさいよ! 早く、早くッ!」
そしてぎゃあぎゃあ喧しく喚く少女の胸元に短剣を振り下ろせば、悲痛な声を上げその体は呆気なく動きを止めた。毛足の長い豪華で柔らかな絨毯が彼女を中心に赤く染まっていく。それにしても王城内でこれだけ騒いでも誰一人として助けに来ないあたり、彼女の人望が知れている……それどころか王族側が彼女をここでこうすることを容認しているということだろう。自分が周囲からどう思われているか、それすらも理解できていなかったのは少し哀れだと思った。
彼女が何をしたのか端的に言えば『国の王太子を魔術で唆した上、彼の婚約者に無実の罪を被せ処刑した』のだ。転生者の魂が入る前の『元々の彼女』は心優しい平民の少女だったそうだ。周りに気を配り、人の痛みに心から寄り添える温かな人だったと彼女の過去を知る者は話す。
だが転生者となった彼女は新たに得た力を自らの欲望を満たすためだけに悪用した。手に入れた稀有な力を見せびらかすことで貴族の集まる学園に特例入学をし、すぐに王太子を含めた高位の貴族令息たちに近づいた。そして魔術で彼らを操り、その心を奪った。
彼女のその悪行にいち早く気がつき、制止しようとした者がいた。それが王太子の婚約者の侯爵令嬢だった。才色兼備で人望も厚いその令嬢は目の上のたんこぶだったのだろう、その転生者はすぐに未来の王妃に手を掛けた。周囲を操り虚偽の証言をさせありもしない罪を作り上げ、無実を叫ぶ令嬢はそのまま冤罪で処刑されてしまった。そうして彼女は王太子の婚約者、後の王妃の座を奪い取ったのだ。
その異常さに周囲が気付いたのは全てが終わってから。だがその時にはもう王太子やその側近は操られていて正気に戻すこともできず、実質人質にされたために王族は彼女の言いなりになってしまった。そして国中の財を集めて贅沢三昧をし始めた彼女は王太子の元婚約者について聞かれこう答えた。
『ああ、あの女のこと? あんな雑魚いやつより魔術チートのあたしの方が絶対王妃様に相応しいし、あんな邪魔なの処刑されて当然でしょ。害虫駆除よ害虫駆除。あたしに文句ばっか言いやがってよあの女。ざまぁみろ。あたしがあのクソみたいな性根暴いてやったんだからさぁ、みんなもっとあたしのこと褒めてくれてもいいのに』
彼女は大罪を犯した。そして処刑された令嬢はもう二度と帰ってこない。悪い噂を聞きつけ使用人に扮して城に侵入し彼女の様子を窺っていた私は、その日その言葉を聞いてすぐに彼女を『帰す』ことにしたのだ。
調べると彼女はそれ以外にも沢山の悪事に手を染めていた。気に入らない貴族令嬢を何人も陥れ傷物にしたり国外追放にしたり、隣国を含めた数々の高位の貴族令息たちをも操り関係を持ったり、他にも……いや、やめておこう。思い出したら気分が悪くなってきた。こんなとんでもない性悪女だろうと、転生者の力は強い。その強力な魔術によって操られていた人間たちは彼女の言葉に全く抗うことができなかったようだ。それほどの力を良い方向に使えたのならきっと沢山の人を救うこともできたのではないかと思う。元の彼女が何を願ったのかは私にはわからないが、転生して得たその力はおそらく聖女か、それに近いものだと思う。私が彼女を帰したため、しばらくすれば魔術が解け王太子含め操られていた者たちは解放されるだろう。こんな悲劇の後に今更正気に戻ったところで彼らにとってそれが幸せかはわからないが、私には関係のないことだ。
床に倒れ伏した体から2つの光の球が浮かび上がる。そして1つは天に昇りこの世界に、もう1つはゆっくりと溶けるように元の世界に帰っていく。
「2人とも次は長生きして……まあ、幸せになれるといいですね」
私は彼女の亡骸に手を合わせ、部屋を後にした。最後に見た彼女は不思議と穏やかに笑っているように見えた。
──転生者にはそれぞれ叶えるべき『願い』があると聞いたのはいつだったか。
強い願いを持った15歳程度の少年少女の体に異世界から迷い込んだ魂が入ることで強大な力を得るが、元の人格は失われ、入り込んだ魂の人格になってしまう。これがこの世界の転生者だ。体はただの器でしかない。彼らは強大な力を持ち、かつては勇者や聖女、はたまた国王になった者もいた。異世界の技術を巧みに利用することで民の暮らしを豊かにした者もいたらしい。科学、医療、農業や貿易など、今やこの世界の基盤となるものは全てかつての転生者たちが関わっているというから驚きだ。これらの功績故、時折現れる転生者は国から保護されたり、崇められたりしている。
しかし、それは良いことばかりではなかった。
その転生者が『やらかす』事件が多発したのだ。
私が初めて転生者を帰したのは今から大体2年くらい前だった。その時は今回とは逆で、とある国の王太子の婚約者である侯爵令嬢が転生者になった。学園で王妃の座を狙うものから無実の罪を仕立て上げられるなんて、この世界の貴族社会ではよくある話で、当然のように彼女も周囲のそういった行動に頭を悩ませていた。
ある日、彼女は人が変わったように行動的になった。今思えばそこから彼女は転生者になっていたのだろう。そして転生により卓越した頭脳を得たその侯爵令嬢は降りかかる悪意を切り抜け無事に自らの地位を守った。そして策略を仕掛けた者たちとも和解して事態は丸く収まった──はずだった。そこまでは良かったのだ。
全てを許したと見せかけた彼女は笑顔の裏で復讐を始めた。それも明らかに過剰な程に。親の命令で彼女に罠を仕掛けた令嬢はいつのまにか家が借金まみれとなり娼館に売られた。少しでも悪意を向けた人間たち、それどころか見て見ぬふりをした者たちまでも全て裏から手を回して転がり落ちるように破滅させ、その復讐により地位を失った者たちの領地では大きな混乱が発生し多数の失業者や餓死者が出た。
彼女の転生からわずか2年足らずのうちに貴族の勢力図は一変。所謂イエスマンしか残らず、国の会議の場は彼女の家に誰も逆らえず凍りついたように静まり返った状態だったようだ。あの家に刃向かうと呪われるとも噂されていた。決定的な証拠を残さないため断罪することもできず、彼女の暗躍に薄々勘づいていた王太子は自分が標的にならないようにただ震えているだけで、もう誰にも止められなかった。
意を決してその真意を尋ねた私に対し、彼女は『自分は被害者なのだから加害者には何をしてもいい』という旨の言葉をこぼした。彼女が力に溺れ徐々に暴走していく様を間近に見ていた私はかつての彼女と親しくしていたからこそわかっていた。もし、元の人格のまま今の知性を手に入れたら、きっと優れた国母になっただろう。
そしてある日、転生者の真実を知った私は友人であった彼女に毒を飲ませた。
もうこれ以上彼女を苦しめたくなかったから。
つい先日も道を外れた転生者を帰した。
ゲームで言うレベルのようなものがこの世界にあるのかはわからないが、その転生者は生き物を殺せば殺すほど、物を壊せば壊すほど際限なく強くなるという『チート』的な力を得ていた。
見た目はどこにでもいそうな平民の少年だったが、彼はその力を悪用し戯れに魔物を殺したり、 歴史的建造物を破壊したり、果てには略奪などにも手を染めていった。そしてそれだけでなく、彼はとある山に守り神として住み着いていた守護竜をもその地の民の制止を振り払い、殺してしまったのだ。 守りを失った山は雨により簡単に崩れて落ちてしまい、凄まじい土石流が村を巻き込んだことで多大なる被害を出した。
その行動は各国に知れ渡り、いずれ国を滅ぼすだろうと目され討伐隊が組まれたこともあった。だが、もはや神すらも打ち負かせる存在にまで成長してしまったその転生者に傷一つつけることはできず、皆、『経験値』の一部にされてしまった。やはり止められなくなってしまったのだ。
こうして、その力を正しく使えたのなら所謂勇者になれたであろう彼は、天災として人々に恐れられることになった。
入念な調査を行い正面から戦っても勝ち目はないと判断した私は彼を罠にかけることにした。冒険者のギルドと協力して嘘の依頼を出す。架空の『この世界最強の魔王の存在』をちらつかせ、その討伐を唆したのだ。案の定『最強』という言葉につられた彼は「魔王の根城に案内する」と言った私を疑いもせずについてきた。戦闘能力はずば抜けた彼だが飛行することはできないことを知っていた私は、永久凍土の果ての果て、底の無いクレバスの底に魔王の城があると嘘を吹き込んだ。
彼は氷の絶壁で足を滑らせ、二度と這い上がれない奈落に消えていった。
他にも幾人かの道を外れてしまった転生者を帰してきた。もちろん、力と折り合いをつけてうまくやっている人もいるのだ。それこそ聖女や勇者まではいかなくとも村の頼れるリーダーや新しい技術を生み出す研究者として人々と協力しながら生きている。むしろそちらが多数派で、私も何度か会ったことがある。彼らは皆楽しそうで、それはきっと器となった元の人格が望んでいた姿なのだろう。
異世界から転生してくる魂は元の世界で苦労していたり強い未練を持っていたりした人のものだという。その記憶と人格を持ってここに来た彼らは奇跡的な力を手にする。 だが急に恵まれた力を得てもその反動なのかおかしくなってしまう者もいる。不幸な前世から一変して身に余る力を持ったことで自制心や歯止めが利かなくなってしまったではないかと思う。貧乏人が運よく宝くじで大金を得ても使い方がわからず浪費してしまい、最終的により貧乏になってしまうことがあるというが、そんな感じだろうか。
最近では何かの流行りなのか『ゲームの世界に転生した』と言う転生者も多いが、この世界もまた現実なのだ。元の人格の『願い』を果たさないだけならまだ良いが、ゲーム感覚で特権的な能力を振りかざしむやみに他者を傷つけることは許されない。
どうやら異世界から来た魂は3年程度この世界と器の魂に馴染まないらしく、つまりそれまでに器を壊せば彼らの魂は分離できる。転生者の魂も元の世界に帰せるし、意に沿わぬ行動に苦しんでいるかもしれない依代の魂を解放することもできるということだ。
***
使用人が淹れてくれた新しい紅茶は先程のものより香りが強く、一口飲んでみると果実のような華やかな味がした。
「……そんな感じで、まあ今回も順当に終わりました」
「怪我とかはない?」
「ええ、問題なく」
「それは良かった」
昨日の出来事を掻い摘んで報告すれば目の前の人物は満足そうに笑った。
どの転生者も多かれ少なかれ国から監視されている。それは転生者が良くも悪くも多大なる影響を周囲に与えるためだ。だからこそ国は学園を設立して貴族の子供たちを集めたり、平民の村に調査員を派遣したりして、いち早く転生者を見つけ出すのだ。
だがある時、そこに1つの見落としがあった。
15歳にしては非常に小柄、かつ少年とも少女ともつかない中性的な容姿だった私は誰にも転生者だと気付かれなかった。
「……陛下」
「なにかな?」
「……私の願いは何だったのでしょう。元々の『私』は私に一体何を願った、何を望んだのですか?」
転生者は元の人格が消える瞬間、その最期の願いを転生する時に聞いているという。そしてその願いを叶えることができる力を得る。だが私には転生した時の記憶がないのだ。気がついた時には近くの町の人々に保護されており、生死を彷徨い数日目を覚まさなかったらしい。それからも私は生きることに必死で、自分が異世界に転生していることに気が付いたのは半年ほど経ったころだった。それから私は自分の素性を隠し、ずっと転生者ではなく見えるよう演技をしていた。自分が異世界から来たということを周囲に知られることは怖かったのだ。
今の私は色々あってこの陛下に見つかり、紆余曲折あって転生者を帰すことを命じられている。そのことに不満はないのだが、ただずっと自分を偽り隠れていたからか私は未だに自分の願いも得た力も知らないままでいて、それがもう消えてしまった元の自分に対してただただ申し訳なかった。
陛下を見ると少し考えるような表情をした後、困ったように口を開いた。
「まあ、うん。色々知ってる僕だけど、わからないことはあるんだよ」
「そう、ですか」
がっくりと肩を落とした私に陛下は続ける。
「んー、あ、じゃあ僕と婚約することとか! ……どう?」
「あんまり適当言うと怒りますからね」
「あーこわいこわーい」と笑いながら別に思ってもいないような事を言う魔王陛下に私は大きなため息をついた。
***
あの子の願いを知らないなんて、真っ赤な嘘だ。
「君の願いは『次の魔王になる』ことだよ」
自分以外誰もいない執務室で 小さく呟く。あの子には伝えてはいないが、転生には魔王である自分の力が介在している。だから、その願いを知っている。悪しき転生者に戯れに襲撃された村で命尽きる寸前だったとある魔族の子供の、突き刺さるように切実なあまりにも強い願いを込めた最期の叫びを思い出す。
『まだ、死にたく、ない……あんな、やつに殺される、なんて、嫌だ……!』
『もっと強く、なって。それで、私、私も、いつか、魔王様……に、なって、みんなを、助け――』
そして異世界からの魂が入ることで奇跡的に一命を取り留めたその子供には『転生者に打ち勝つ』力が与えられた。それによってどんなに力に差があろうと、相手が転生者なら必ずそれを凌駕することができる。普通の人間にはどうすることもできない転生者の監視にはもってこいの力だ。……もっとも本人は自分の力に気付いていないようだが。
「転生者には、転生者を。それは理にかなっているな〜くらいに思っているんだろうねぇ」
転生者としての人格は器となった元の自分の体を奪ってしまったことに引け目を感じているようだが、確実に願いに向かって成長しているのだ。元の魂も喜んでいることだろう。そしていつかはこの子供に席を明け渡すことになる。
「まーあ、それもまだ先かなぁ?」
転生してから5年経ったが、それでも20歳程度。普通の人間と違い長い寿命を持つ魔族の中ではまだまだ小さな子供に過ぎない。そんなひよっこに任せられるほど魔王の座は甘くないだろう。だけどいつか必ずこの子供はそれだけの成長を見せる。それが転生者の力なのだ。
「ふふ、」
その日が来るまで何年、いや何十年か。はたまたそれ以上か。
それまでは気長にのんびりと監視していようと魔王は思った。
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