第二話 不思議な出会い
「じゃあ、今日は買い物に行きましょうか」
有栖川久留美の母親――有栖川奈津子。彼女のその一言で、今日の予定は決まった。
父親である有栖川武は、本日も家族を養う為に仕事に出ていて不在であった。
「はーい」
「うん、分かった。すぐに準備をするよ、母さん」
上から返事をしたのは、久留美に、その兄である悟。いつもの如く悟に本読みを強請っていた久留美は、母親の一声で兄の膝から立ち上がった。
久留美は別の部屋に移動して、母親が用意した外出用の服装に着替える。
彼女本人としては前世の性別や、悟がまだまだ幼い少年である点を考慮して一緒の部屋で着替えをしても問題ないと考えていた。
「いくら兄妹と言っても、こういうことは小さい頃からしっかりしておかないと。この子達の将来の為になりませんよ」
しかし上記のような母親の至極真っ当な意見により、久留美は慣れた手つきで着替えを行っていく。
ちなみに前世の価値観に基づく羞恥心の類は、既に根底から破壊されていた。
(今はまだ小さいから着替えるのもあんまり変わらないけど、これで私が成長したら――いや、今考えるのは止すとしよう。その時は未来の私が頑張ってくれるはずだ。うん)
自分の身長の倍以上の姿見の前で、幼児用の下着姿のまま耽っていた思考を中断する。
ある種の思考放棄だ。
そして外出用の――お洒落な服に袖を通した久留美は、母親に髪を櫛で綺麗にといてもらう。
「はい、できたわよ。久留美」
「わー! ありがとう! お母さん!」
髪型はシンプルなポニーテール。黒いリボンで後ろで纏められた髪は、久留美が嬉しそうにはしゃぐ度に意思を持つかのようにブンブンと揺れる。
「お兄ちゃんにも見せてくるね!」
「それは良いけど、転ばないようにね」
「分かってるよ!」
そう元気良く返事をした久留美は、勢いよく悟がいる部屋へと駆け出して行く。
その天真爛漫な娘の様子に、母親はくすりと笑みを溢した。
――その後に悲劇が起きることを、誰一人として想像することはなかった。
■
「――久留美は夕食に何か食べたい物でもあるかしら?」
「んー……特にないかな……。お兄ちゃんは?」
「えっ、僕? ……ならハンバーグが良いかな? お母さんが作るものの方が美味しけど、しばらく食べてないから……」
「嬉しいことを言ってくれるわね、悟は。じゃあ、今晩は家でもハンバーグにしましょうか。久留美はどう?」
「うん! 私もお母さんの作るハンバーグが大好きだよ!」
微笑ましい会話を重ねながら、有栖川一家は最寄りのデパートに来ていた。
彼らは食材売り場に来ていて、今晩の献立をどうしようかと話し合っていた。
最終的には悟の希望により、ハンバーグに決定した。
久留美は早速夕食を楽しみにしているのか、顔に満面の笑みが浮かぶ。一方の悟は少し恥ずかしそうに頬を赤らめて、俯いている。
対象的な兄妹の反応に、母親も釣られて朗らかに笑った。
平日の昼間ということもあり、デパートの内部にいた人の数はそれほど多くはない。と言っても、それは土日に比べての話であり、有栖川親子は決して逸れないように手を繋いでいる。
久留美を真ん中にして、その左右の手を母親と悟が握り締めていた。
最年少の久留美の歩幅に合わせて、彼らは目的の品――ハンバーグの材料――以外にも、色々な物を見て回った。
そんな中、久留美は視界の端で奇妙な存在を捉えた。
「あー、遅刻してしまいます! 遅刻してしまいます!」
片手に持った懐中時計とにらめっこしながら、喋る二足歩行の白色の兎であった。
――そして、久留美はこの遭遇を後にこう語る。
――あれは、私の二度目人生における最悪の始まりであった、と。




