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最終話 虚構(一人ぼっち)の魔法少女

「……アリス。彼女を――クレアを早く楽にしてほしいんだな」



 絞り出すような声で、黒兎はアリスに頼んでくる。それに対して、彼は――。



「――やっぱり僕にはできそうにないよ」

「――は?」



 ――頷くことはなかった。黒兎の口から間抜けな声が漏れた。アリスの言った内容が理解できる許容範囲を超えていたようだ。



 アリスは両手をエプロンの結び目辺りで組み、黒兎に諭すような口調で語り始めた。



「――気が変わったんだ。クレアは殺さないし、彼女と黒兎には幸せになってもらいたいから」



 確かにクレアの手足となり、暴力に訴える手段であった魔獣を殲滅したのだ。無理をして彼女の命までを取る必要はない。

 しかし完全に正気を失ったクレアが、普通の生活を送るには厳しい現実に直面するだろう。



 けれど、アリスにはそれを解決する為の手段がある。それは今回の戦闘には一切参加していない、一体の使い魔であった。



 残り少ない魔力で、アリスは魔法を発動させる。



「――『虚構の国の女王・マッド・ハッター』」

「――久しぶりのお呼びですね。兄君殿。不肖マッド・ハッター、推参致しました」



 アリスの影から姿を現したのは、奇怪な服装に大きめのサイズの帽子を被る長身の女性――マッド・ハッターであった。

 彼女は出現すると同時に、己の主に対して深々と礼の姿勢をとる。



「――マッド・ハッターの魔法の効果で、クレアが狂ってからの記憶を改ざんする」

「……なるほどなんだな! この方法であれば――」



 アリスの意図を黒兎は理解した。その方法であれば、問題なくクレアを正気に戻すことができる。

 自分一人だけでは思いつきもしない、かつ決して実践できない方法が提示されて、黒兎は喜びの声を上げる。



 助けることができないと諦めていた人を、本当の意味で助けられる。黒兎にとって、文句なしのハッピーエンドだ。



「ではクレアが正気に戻ったら、アリスも一緒に暮らさないかなんだな? マッド・ハッターの魔法を使えば、戸籍ぐらいの用意は簡単なんだな」



 黒兎がアリスに語ったのは、理想の未来図。全てのしがらみが消えたのだ。今までの彼の苦悩を思えば、この程度の幸せを溢すのも当然の権利だろう。



「――ごめん、黒兎。魅力的なお誘いだけど、僕は遠慮しておくよ」

「……理由は聞いてもいいんだな?」

「うん、いいよ。突然だけど、黒兎が僕と初めて会った時のことを覚えてる?」

「もちろんだな。何故か吾輩がアリスが本来持っていないはずの魔力に惹かれて、契約を持ちかけたんだな」



 そう、一介の男子中学生にしか過ぎなかった■■■■は魔力など保有しているはずもなく、魔法少女になる可能性は欠片もない――はずだった。

 そのからくりの正体は、黒兎は知り得ないことであるが、悪魔であるビルが話していた。



「――僕の妹が魔法少女としての生を終えた時に、どんな奇跡が働いたのかは分からないけど、僕に取り憑き彼女の力を継承することになったんだ」

「……それが事実として、アリスの妹の情報が『連盟』に残っていなかった理由はどうなんだな?」

「それこそ、その答えは君の目の前にあるだろうに」



 そう言って、軽く視線を背後に控えるマッド・ハッターに向けるアリス。そしてすぐに目線を戻したアリスは、話を続ける。



「まあ、何が言いたいのかというと、魔法少女としての力は僕由来の物じゃないから、行使できる時間も限度があるみたいなんだ。しかもそれが徐々に短くなってきているみたい。僕も気づいたのはつい最近だけど」

「……いや、それはおかしいんだな。ビルとの戦闘が終わって、『夢幻の国』や『連盟』を襲撃し続けて今に至るまで。アリスは一回も変身を解いていないんだな。もしも変身時間そのものが短くなっているのなら、矛盾が――! アリス。何を対価に払ったんだな?」

「……知りたい?」



 アリスは意地悪そうに黒兎に尋ね返した。その仕草は元の性別が男であるとは信じられない程の儚さや、見た目にそぐわない色気が感じられた。

 勿体ぶった風に、アリスは告げる。



「――僕の命だよ。何れは変身することすらできなくなるからね。少し無理をしてでも、早めに決着をつけておきたかったんだ。結構ギリギリだったよ。今から発動するのが、最後の魔法行使になるかな?」



 その発言に嫌な予感を覚えた黒兎は、アリスに向かって静止の言葉を投げかける。



「や、止めるんだな!? アリス――」

「――マッド・ハッター。魔法を」

「承知しました。――『狂った帽子屋』」



 アリスの命令に従い、マッド・ハッターは主の要望に沿うように、現実を寸分の狂いなく書き換えていく。



 元から世界規模の情報の改ざんが可能な『狂った帽子屋』はハートの女王の支援効果により、尋常ではない効果を発揮する。それは最早神の御業に等しい、真の現実改変に昇華される――。



「……これで全部終わった」



 クレアと黒兎が異空間から強制的に退去された。辺りは変わらない暗闇に、依然として包まれている。魔力も既に底を尽き、マッド・ハッターも姿を消していた。



 凄まじい倦怠感や眠気がアリスを襲う。ふらつく足取りで数歩進んだ先で、彼は地面――と形容してよいのか不明――に倒れ込んだ。

 そんな彼に声をかける人影が一つ。アリスと瓜二つの容姿をした少女――ハートの女王であった。



「――お疲れ様。お兄ちゃん」

「――ああ、■■■か。お兄ちゃん頑張ったよ。■■■の時とは違って、助けることも守ることもできたよ。でも疲れちゃった。少しだけ休ませてもらうよ」

「私が傍にいるから、気にせず眠っても大丈夫だよ」

「……ならお言葉に甘えさせてもらうよ。おやすみ、■■■」

「――おやすみなさい。お兄ちゃん」



 ――これにて、歪な魔法少女の物語は『閉幕』しました。めでたし、めでたし。

 どうぞ、盛大な拍手を。ありがとうございます。

 それでは皆様。良い夜をお過ごし下さいませ――。


























「――こんな結末。納得できる訳がないじゃない」



 ――to be continued?

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