第八十五話 堕ちた『聖女』vs虚構の魔法少女②
クレアの背後に忍び寄っていたトランプ兵が、所持していた短剣で彼女の首を切り裂いた。病人のように青白い肌からは、勢いよく血が噴き出す。
それと同時に、一体の魔獣の体が弾け飛んだ。
そのまま力なくクレアは倒れると思われたが、彼女は立ったまま傍に控えていた蛇型の魔獣に指示を下す。
「――やって」
「Gaaaaa!」
簡潔な命令に従い、蛇型の魔獣は高速な動きでトランプ兵を締め上げ、瞬く間に消滅させた。
そうしている内に、クレアの肉体の負傷はみるみる癒えていく。その異様な様子に、アリスは苦い顔をした。
「ねえ、クレアの魔法にあんな効果あったけ? 聞いてないけど」
「いや吾輩が知っている限り、彼女の魔法は『封印術』だけで、回復魔法の類は持っていなかったはずなんだな……」
黒兎でも認知していない力。クレアが次元の狭間を彷徨う過程で得たものだろうか。
戦線を支えるトランプ兵が倒される傍ら、増援を呼び出し続けているアリスは、思考を続けるが答えは出ない。
「あはは、危ないなぁ。始まって早々に首を狙ってくるなんて、ちょっと手癖が悪くない? まあ、魔獣達がいる限り私が死ぬことなんてないんだけど」
血によって赤く染まった服を除き、問題なく独り言を呟くクレア。その内容と先ほど彼女が致命傷を負うと同時に消滅した魔獣から、アリスは一つの可能性に至る。
(――もしかして、自分のダメージを使役している魔獣に肩代わりさせることができるのか? そうだとしたら、後どのくらいの魔獣を倒さないといけない? このまま戦いを続けても、こっちの魔力が尽きちゃうよ……)
「……黒兎。実は――」
「何だな? ――いや、まさかそんなことがあり得るんだな!?」
正解の可能性が濃厚な仮説を、黒兎に小声で告げる。それを聞いた黒兎は驚きに目を見開くが、時間をかけて飲み込んだ。
「……彼女は既に吾輩が知っているクレアからかけ離れているんだな。『封印術』がそういう風に変質してもおかしくはないんだな」
自らの負傷を『封印術』の影響下にある魔獣に押し付けることが可能。それはつまり、魔獣の残数が命のストックになるということ。
アリスの見立て通り、戦闘を無駄に続行してもいる魔力の消費でアリス側がじり貧になってしまい、敗北は免れない。
一旦黒兎の転移魔法にて撤退しようにも、その意志を少しでも見せれば、クレアは直ちに魔獣の追加召喚を行い妨害をしてくるだろう。
下手をすれば、転移先までアリスを追ってくる可能性がある為、逃亡という手段を選びにくい。
「はあ……ようするに、いつも通りの短期決戦か。黒兎は危ないから少しだけ離れてて」
「無理はしてほしくないんだな」
「……ありがとう」
黒兎がアリスの肩から浮遊をして、戦闘の余波が来ないであろう距離まで退避をする。
それを見届けると、アリスはゆっくりとクレアの方に視線を戻す。
相変わらず魔獣の群れと、チェシャ猫を中心としたトランプ兵団達による戦闘が行われていた。
一体一体の質が高い分、戦況は魔獣達の方が優勢だろうか。チェシャ猫が数体の魔獣を倒しても、トランプ兵の損耗が激し過ぎる。
アリスはこの戦闘を終わらせる為に、狂ってしまったクレアを解放する為に、切り札を切った。
「――『虚構の国の女王・ハートの女王』」
「――承諾したよ。お兄ちゃん。早く終わらせてあげようね」
アリスの声に被せるように、アリスと瓜二つの容姿の少女――ハートの女王の声が辺りに響く。
そして彼女達がいる真っ黒な空間が、狂った色彩に侵されていく。上書きされていく。
――妖精達の故郷『夢幻の国』。地球に存在していた魔法少女と妖精達から成る組織『連盟』。それら全てを滅ぼした災厄、『虚構の国の女王』の最大展開が始まった。




