第八十三話 『聖女』と呼ばれた少女のお話②
魔獣がたくさん現れたようです。クレア達が近くに住む村だけではなく、周辺の国々の至る所で魔獣が頻繁に出没するようになったようです。
今は数少ない魔法使いが魔獣を倒しまわることで、拮抗状態を作り出しているが、それもそう長くは続きそうにありません。
その話を聞いて、クレアは心を痛めました。自分よりも凄い魔法使いが命を燃やし尽くす勢いで、魔獣を倒しているのだ。自分も怠けてはいられないと。
そう意気込んだ彼女は、それまで以上に魔獣を封印する作業に没頭しました。自分の主人が日に日に憔悴していく姿に耐えられず、黒兎とビルは少しは休むように言いました。
「他の人が頑張っているのに、私だけ休んでいられないよ……」
しかしクレアはその言葉に頷きはせずに、より一層力を入れ始め直しました。
けれどクレアを含めた魔法使い達の努力が実ることもなく、魔獣の数はどんどん増えていき、遂には一国が飲み込まれてしまいました。
その報せを聞いたクレアは思い立ってもいられず、国の偉い人に話をしに行きました。
「私の魔法を上手く使えば、全ての魔獣を封印することが可能なはずです」
確かにクレアの魔法『封印術』であれば理論上、今なお発生し続ける魔獣を封印することも可能です。
他の魔法使い達から魔力の補助を受けなければいけませんが。
その旨を伝えると、国の偉い方々が喜びクレアの案を採用しました。その時に、彼女には『聖女』という称号をもらいました。
クレアも喜びました。
さあ、実際に計画を実行に移そうとした段階で、クレアは後ろに振り向くと、人々には笑顔が浮かんでいます。
彼らが不幸にならないのであれば、彼女は自分から率先して、その身を犠牲にしてしまいます。
黒兎とビルは納得しませんでした。回復しつつある二人の力を使えば、クレア一人を別の世界に逃す程度は難しいことではありません。
なので、必死に説得しようとしました。けれど彼女は最後まで首を縦に振ることはなく、他の魔法使いから分け与えられた魔力を使い、奇跡を起こしました。
宣言通りに全ての魔獣を、その小さな肉体へと封じ込めました。
そして万が一のことを考えたクレアは、魔力によるゴリ押しで空間に歪みを発生させて、その中に身を投げ込みました。
黒兎とビルが慌てて手を伸ばす中、クレアは彼らにこう言う残しました。
「――いつか私を殺しに来てね」
その言葉を最後に、彼女の姿は見えなくなりこの世界には平和が訪れました。
めでたし、めでたし。と、ここで話が終わることはありませんでした。
黒兎とビルはクレアをそれぞれの方法で救い出そうと決意しました。黒兎は彼女の意志に従う道を。ビルは妖精から悪魔に身を堕とし、彼女の意志に反する道を。
二体の妖精がたどる結末は、皆さんのご存知の通りです。一体は在り方は歪ではありますが、素晴らしい契約者と巡り会い、もう一体は多くの少女を喰い物にした、その身を滅ぼすことになりました。
しかし一方の、望みもしない『聖女』の称号を押し付けられた哀れな少女はどうなったのでしょうか。
長い、永い時間を経て彼女は『封印術』で封じられている幾千幾万に及ぶ魔獣が暴れる影響もあり、すっかりと正気を失ってしまいました。
そこには『聖女』の称号を賜った/押し付けられた少女の優しい少女の面影はありません。
狂った少女は己がいた世界とは全く別の世界にたどり着きました。彼女は快楽の為だけに、己の内に封印された魔獣を思い思いに解き放ちます。
けれど最近は何かが変です。魔獣を幾ら放っても、すぐに倒されてしまい、少女の好きな悲鳴が聞こえてきません。
とてもイライラしていると、彼女のいる領域に侵入者が現れたようです。
「――ちょうど良いわ。誰かは分からないけど、憂さ晴らしにはうってつけね」
はてさて、少女がたどる末路はどんなものになるのやら。




