第八十話 『連盟』壊滅⑤
「アクアっ!?」
フレイムの絶叫が狭い通路に響き渡った。突然アリスの足元から出現した二体目(?)のジャバウォックの巨大な口の中へ、正面から攻撃を仕掛けたアクアは飲み込まれてしまった。
何故離れた場所にいたはずのジャバウォックが、影から現れたのか。トランプ兵やハンプティ・ダンプティの『自己増殖』のような特性を保持している訳ではない。
フレイムよりは動揺が少なかったダイヤモンド・ダストが、ジャバウォックが頭を突っ込んだ壁に視線をやる。
そこには、ジャバウォックの姿はなかった。
アリス以外の者は知る術はないが、原理は単純なもので使い魔の実態化を一度解いて直後に召喚し直す。ただそれだけのことであった。
「よくもアクアを!」
「待ちなさい! フレイム――」
アクアがジャバウォックに喰われたと思ったフレイムは、トランプ兵や卵人間を対象としていた『フレイム・テンペスト』の発動を取りやめる。
「――『フレイム・ランス』!」
ダイヤモンド・ダストの静止の言葉も届かずに、フレイムはその右手に炎の槍を出現させ、ジャバウォック目掛けて飛翔する。
「アクアを! 返せ!」
「――君達を友情は美しいと思うけど、周囲の確認を怠るのは減点だよ? どれだけ勇敢な戦士であっても、小さな毒虫の一噛みで命が落とすこともあるからね」
アクアの、そしてフレイムの関係性を素晴らしいものと認めながらも、アリスにも今更この襲撃を止める気はさらさらない。
冗談めいた忠告をするアリスの言葉は聞こえていないといった感じで、フレイムは炎の槍でジャバウォックを貫こうとした。
そんなフレイムの動作に合わせるかのように、今まで抑え込まれていた使い魔達が活動を再開する。最早ダイヤモンド・ダストの『ブリザード』だけで使い魔の拘束がかなう状況ではない。
使い魔達は次々と凍結による拘束から脱していく。
フレイムのちょうど真下にいた卵人間が、今まさに『フレイム・ランス』を振るおうとした彼女の足を掴む。
「え!?」
「ギャハハハ!」
不意の介入により、フレイムの攻撃は中断される。フレイムの足を掴む卵人間は、本体であるハンプティ・ダンプティ同様に醜悪な笑みを浮かべて、彼女を使い魔の群れに引きずり込んだ。
ほどなくしてフレイムの抵抗もなくなり、残すのはダイヤモンド・ダストだけであった。他の場所で戦闘を続ける魔法少女の数も、もう多くない。
一分間もかからずに、この支部も機能不全にできるとアリスは踏んでいた。
「後は君一人みたいだけど、どうする?」
アリスはダイヤモンド・ダストに尋ねる。その内容は、彼女に降伏を促すもの。誰が見ても敗北は明らかであり、時間をできるだけ節約したいとアリスは考えていた。
しかしそんなアリスの提案は、依然としてダイヤモンド・ダストは魔法少女としての矜持を失っていない。
「――二人が頑張ったから、私も負けを認める訳にはいかない」
ただそれだけを告げたダイヤモンド・ダストは、魔法の発動の準備に入る。
「見くびってごめんね。でも、この後急用があるんだ。早く終わらせてもらうよ。――ジャバウォック、突撃」
アリスは淡々とジャバウォックに命令を下した。
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「――思ったよりも、時間がかかっちゃたよ」
「……アリス。本当に魔法少女達は死んでないんだな?」
「それはもちろん。今までと同じで無力化してるだけだよ。アクアっていう魔法少女も、ジャバウォックの口で咥えていただけだし」
ダイヤモンド・ダストと交戦を開始して一分間にも満たない時間で、アリスと彼女の戦闘は終了した。しかしそれは彼女が弱かったことと同義ではない。
咥えているアクアを傷つけないようにしていたジャバウォックは満足な戦闘はできなかったとはいえ、ダイヤモンド・ダストは十分な傷跡を使い魔の軍勢に刻んだ。
周囲を取り囲むように群がった使い魔達は、ジャバウォックを含めて一斉に凍結され、先ほどのアクアと同様に術者であるアリスに特攻を仕掛けてきた。
変わり映えのしない攻撃ではあるが、実際にアリスを倒すには一番有効な手段であった。
結果はご覧の通り、アリスの勝利で終わったが。
アリスは戦闘不能になった魔法少女達を安全圏に運ぶように、使い魔に命令を出す。
それが終わったアリスは戦闘の余波でボロボロとなった通路を歩く。
「――じゃあ、後は奥に引っ込んでいる妖精も一匹ずつ確実に駆除して行こうかな」




