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第六十九話 精算

「……そろそろこの場から離れないと。『連盟』の魔法少女達が来ちゃうしね」



 ビルを倒したことにより、学校を覆い尽くすように展開されていた結界が消滅する。戦闘で辺りに撒き散らされた魔力の残滓が、遠からず『連盟』に察知されてしまう。



 しかしここから撤退する前に、悟にはしたいことがあった。戦闘が終了したことを察して、徐々に冷静さを取り戻しつつある生徒達の集団に、親しい顔ぶれが二人。恵梨香と利恵だ。

 彼女達を含めた『有栖川悟』、『黒アリス』を知る人間達に余計な心労を与えたくない為に、彼らの記憶に細工を施そうとする。



「――『虚構の国の女王・マッド・ハッター』」



 いつもの如く悟の影から現れるのは、道化風の珍妙な衣装に身を包んだ長身の女性――マッド・ハッターであった。トレードマークである帽子を取りながら、彼女は悟に挨拶をする。



「――これはこれは。お久しぶりですね、兄君殿。何かご用で?」

「さっきやってもらったように、魔法で『有栖川悟』、『有栖川久留美』、『黒アリス』に関する情報を、全て残らず消してほしい」



 悟からの命令に目を見張り、聞いた内容に誤りがないか、確認を取るマッド・ハッター。



「……本当によろしいんですか? 兄君今まで歩んできた軌跡、存在そのものがなくなるというのに」

「君がそれを言う? 僕だけじゃなくて、久留美にも何度も勝手に魔法を使ってるだろうに」

「――いつ、気づかれましたか?」

「ただの勘だよ。これでも『虚構の国の女王』は完全に掌握したんだ。自分の使い魔が何を考えているのは、何となくだけど分かるよ」

「そうですか……」

「後ついでに、あそこでのびている『魔女』の無力化も行っておいて」

「それぐらいはお安いご用です」




 そう静かに呟いたマッド・ハッターは悟の命令を受諾する。



「――『狂った帽子屋』」



 マッド・ハッターが魔法を行使した。今現在世界全体にかけられている『黒アリスは『魔女』ではなく魔法少女であると認識する』という内容から、新たに上書きされていく。

 『有栖川悟』、『有栖川久留美』、『黒アリス』に関する人々に残る記憶、あらゆる媒体に記録されている情報が消去されていく。



 ――その結果。有栖川家には子供がいないことになり、母親が精神病を患った事実も、父親が家庭から逃げるように仕事に打ち込むこともなくなる。

 過去に『有栖川悟』ではない『黒アリス』に助けられた一人の魔法少女が抱いていた違和感は、あとかともなく消滅してしまう。

 一人の『魔女』が『黒アリス』と紡いだ日々もなくなり、また別の『魔女』が『魔女』になってしまった『呪い(記憶)』はバクに食べられたように、忘れられる。目が覚めたら、ただの少女に戻るだろう。



「うん。これで思い残すことはないかな。あ、そう言えば黒兎はまだ気絶してるのか。どうやって移動しようかな……。――ん? どうしたの? ジャバウォック。そうか、君の背中に乗って移動すれば良いのか。じゃあ、失礼させてもらうよ」

「■■■■」



 地面に転がっていた黒兎の体と、具現化した宝玉を腕に抱え込む■は、乗りやすいように屈んでくれたジャバウォックの背に登る。



「――では、用件が済んだようですので。私は先に帰らせてもらいますよ。兄君殿」

「うん。ご苦労さま。またすぐに呼ぶかもしれないけど、休憩はしっかりね」



 マッド・ハッターは■からの労いの言葉を聞くと、その姿を■の影に溶かすように消した。

 その姿を見送った■は、最後にもう一度教室の窓から一部始終を見ていた幼馴染に視線をやる。



「――さようなら、佐々木さん。好きだったよ」



 そう言う終わると、ジャバウォックに命令を下して、中学校を後にした。



 決して届くことない声量で呟かれた告白は、■一人の自己満足にしかならず、現世に対する未練とも言える。

 それでも■は立ち止まることない。世界から悲劇をなくす為に。

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