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第六十八話 決着

「――おやおや。もう目が覚めましたか」



 魔法『虚構の国の女王』を使用して、ビルの魔法の呪縛から脱した悟。そんな彼を待ち受けるように、ビルは変わらない様子でその場にいた。

 悟は周囲の状況を確認する。学校全体に展開された結界。混乱に陥った生徒に、そんな彼らを何とか落ち着かせようと努力する教師達。

 要するに、状況は依然変化はないようだ。



「それで『彼女』――クレアはどうでしたか? 実に素晴らしい方だったでしょう? 『聖女』という称号は、まさに彼女こそ相応しい。そう思いませんか?」

「――それは否定しないよ。最後まで見届けることはできなかったけど、クレアは本当に良い人だったよ」

「そうでしょう。そうでしょう。それならば、私の考えにも賛同してくれるはず。クレアを自由にさせてあげましょう!」



 己の提案を今度こそは断るはずはない。直接『彼女』の人柄に触れたのだ。今現在も地獄で苦しむ『彼女』を救いたいと思うのは自然である。

 そう本気で思い込んでいるビルは、ニコニコした表情を浮かべて――猫の顔である為に分かりにくいが――悟の返答を待っていた。

 それに対して、悟はあの記憶によって再現された世界で過ごした経験から導き出した答えを告げる。



「――僕もクレアを助けたいという思いは持っている。だけど君が考えている救済では、クレアは本当の意味では救えない」

「何を言うかと思えば。クレアが閉じこもる『檻』から『彼女』を解放して、『彼女』を『エネルギー』回収の為に利用してきた、愚かな妖精達に復讐する。奴らが大好きな『エネルギー』の源である魔獣を使ってね! それを終えることで、クレアは真の意味で自由となる!」



 自分が紡ぐ一言、一言にビルは酔っているのだろう。正気を失う前のクレアが、それを望んでいるとは悟には到底思えなかった。

 悟が共に過ごしたのは、あくまでも再現体でしかなかったが、彼女の性格から考えれば、どんな状況になっても、不必要に被害を拡大するような復讐を喜ぶことはない。

 そうでなければ、自己犠牲という選択肢をクレアは選ぶことはなかったに違いない。



 悠久にも等しい時間を、己の肉体に全ての魔獣を封じ込めたクレアが、もしも正気を保っているのであれば、「殺してくれ」と頼むと悟には想像できた。だから――。



「――僕はクレアを殺すよ。終わらない地獄から誰かが解放してあげないと」

「――そうですか。貴女の理解が得られないのは少々もったいないですが、お忘れでしょうか? 黒兎の命は私が握っているのですよ。協力してくれなければ――」

「――それなら、もうここにあるけど?」

「なっ!? いつの間に!?」



 ビルの口に咥えられていた黒兎の命を物質化した宝玉は、悟の手に収まっていた。驚愕するビルに、悟は簡単にその手段を言う。



「別に隠すようなものじゃないから、教えてあげるよ。僕の使い魔の中には、人間や妖精を問わずに対象として、記憶の改造が可能になるのがいるんだ。その使い魔の魔法を使って、君の認識を弄くって、回収させてもらった。ね、単純でしょう?」



 掌の中で宝玉を弄びながら、悟はビルに宣言した。



「――これで君に対して遠慮する必要がなくなった訳だ。思う存分に、倒すことができるよ。――『虚構の国の女王・ジャバウォック』」



 悟の影が波打ち、紫色の異形の竜――ジャバウォックが姿を現した。術者の敵であるビルに殺意の孕んだ眼球が向けられる。



「……まあ、別に構いません。貴女の手が借りられなくとも、私独りでも成し遂げてみせる……!」



 ビルは結界魔法に、先ほどと同様の細工を施す。ビルの許可がない者――ジャバウォックを退場させる効果が、再び付与される。

 勝利を確信したビルの顔は一瞬にして、驚きの色に塗り替えられた。



「何故……効果がない……。さっきは問題なく効いたはずでしょう……」

「そこまでは答えるつもりはないよ。僕はクレアに会いに行ってくるから。君は先に行くと良いよ、ビル。やって、ジャバウォック」

「■■■■!」



 悟の指示に従い、ジャバウォックは咆哮を上げてビルにその牙を近づける。



「私はまだ――」

「――じゃあね。ビル。君は知らないだろうけど、君と過ごした日々も少しは楽しかったよ」



 今際の際の言葉は、ジャバウォックがビルの肉体を噛み潰す音にかき消されてしまい、悟の耳に届くことはなかった。

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