第六十七話 記憶の世界③
記憶で構成された偽りの世界。悟がその世界で過ごし始めて、一月が経過した頃。それまで比較的に平和であった情勢が、大きく変化した。
魔獣の動きが活発になったのだ。魔獣退治を以前から請け負っていたクレアだが、その頻度は増えていた。
「……今日も行くの? クレア」
「うん。隣りの村でも現れる魔獣の数は多いらしくてさ」
「……気をつけてね。僕に力があったら、クレアの手伝いができたんだけど……」
「そんなに気を遣わなくていいのよ。帰った時にアリスが家で待っててくれて、嬉しいんだよ。今まではそういう迎えてくれるような人はいなかったから。黒兎やビルは、私の使い魔だから一緒に魔獣退治に行くし」
力になれず、落ち込む悟にクレアは励ましの言葉をかける。相変わらず悟はこの世界において、魔法の使用を制限されている。
魔獣を倒す術を持たない悟は、何とも言い難い焦燥感に囚われていた。それを表情に出さないようにして、悟は出かけるクレア達を見送る。
(――魔獣の動きが活性化してきている。そろそろ黒兎に聞いた、魔獣の大量発生が起こる……。そして『聖女』であるクレアは――)
黒兎やビルが言う『聖女』の正体はクレアであると、悟は確信していた。状況証拠だけではなく、彼自身の直感がそう告げていた。
(このまま、この世界が終わりを迎えるまで付き合うべきか――)
(――私はお兄ちゃんの好きにしたら良いと思うよ?)
心中における悟の独り言に答える、少女の声が一つ。その声の持ち主は、悟の妹である久留美であった。
この空間で過ごす内に、悟は彼女の存在を知覚して、心の中限定ではあるがこうして話すことができるようになった。
当然悟には尋ねたいことはたくさんあり、久留美に質問をしたけれど、彼女自身にも分からないことが多い。
生前魔法少女として魔獣と戦い、命を落とした後。久留美の意識は何もない暗闇にいたらしい。そこでどのくらいの時間を過ごしたかは不明だが、ある時目の前に現れた光を目印に歩き続けた結果。
悟に取り憑くような形で、復活したようだ。扱いとしては悟の使い魔で、今は影の中で他の使い魔の纏め役のような立場にいる、と聞かされた。
(――本当にそれで良いと思う? 『女王様』)
(もう……その『女王様』って呼ぶの、止めてよね。お兄ちゃん。他の子達がそう呼ぶからって……)
悟の魔法『■■の国の女王』は、本来は有栖川久留美の魔法であった。『アリス』という名が刻まれた童話の登場人物を使役する。そういう効果の魔法であった。
トランプ兵、チェシャ猫、ハンプティ・ダンプティ、マッド・ハッター、ジャバウォック。そして、ハートの女王。
これらが使い魔として召喚可能な者の一覧になる。
久留美が生きていた頃はそこまで強力ではなかった『■■の国の女王』は、彼女自身がハートの女王になり、悟に取り憑くことで考えられない程に強化されているらしい。
また男である悟が魔法少女に変身できたのも、取り憑いた久留美が原因だろう、と彼女は自分の考えを悟に伝えたことがある。
その考察を聞いて、悟は一人で納得した。自分が初めて黒兎に出会った日。男である自分に声をかけてきたのかを。悟の内に潜んでいた久留美に釣られてたのだろうと推察できる。
今まで悟と話すことができなかったのは、悟自身が久留美の力に耐えきれないせいで、出力を加減することぐらいしか干渉する手段がなかったことが理由のようだ。
以前久留美と会話した内容を思い出しつつ、悟は彼女にこれからの方針を告げた。
(――そろそろ、ここから出るとするよ。どうせならクレアの最期を見届けたいと思うけど、この世界にいる彼女はあくまでも過去の幻影に過ぎないからね。現実世界にいるクレアは一人でずっと苦しんでいる。少しでも早く解放してあげないと)
(――私から言うことは特にないよ。お兄ちゃんがそう望むなら、それを叶える為に力を貸すから)
(……ありがとうね、久留美)
時間の経過が原因か、それほど悟の魔法の潜在能力が規格外なのか。今の悟は無理をすれば、魔法を行使してこの虚構世界から抜け出すことも不可能ではない。
それを実行に移せなかったのは、単純に決心がつかなかったからだ。しかし今回の久留美との会話で、悟の覚悟は決まった。
体に纏わりつく不可視の枷から、体内の魔力を半分暴走状態にすることで、悟は脱する。そして、体感時間にして一ヶ月の魔法を発動した。
「……さよなら、クレア。――『虚構の国の女王・ハートの女王』」
――こうして、偽りの夢から一人の魔法少女は目を覚ました。




