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第六十六話 記憶の世界②

「アリスちゃん、黒兎。そろそろ昼食にしましょう」

「うん。分かった」

「了解したんだな」



 悟と黒兎の二人はクレアの言葉に同意を示して、食事が載った皿を簡素な造りのテーブルまで運ぶ。皿の数は四つ。クレア、悟、黒兎の三人に加えて、もう一人。その住人の正体は――。



「――もう昼食の時間ですか。今日の食事の当番はクレアですね。これは楽しみですね」



 ――小さな黒猫の姿をした悪魔ではなく、妖精のビルであった。初めて彼の姿を視認した時、思わず間抜けな声を悟は出してしまった。

 しかし当のビルは黒兎と同様に悟に見覚えがなく、本体ではなかった。ビルも何者かの記憶を元に再現された偽物で、事態を解決する手がかりにはなり得なかった。



 悟が意識を取り戻して、数日が経過している。悟が引きずり込まれた記憶の世界が、現実世界と同じ時間の流れ方をしていた場合、悲惨なことになってしまう。

 もちろん早く元の世界に戻らなければならない。と焦る悟ではあるが、それで事態が好転することはない為、必死に自分に言い聞かせて平静を保とうとしていた。



 けれど現状悟には取れる行動は多くない。家事の手伝いをしたり、再現体のビルから情報を得ようとする傍ら、この魔法による箱庭から脱出する鍵になるだろう存在――『聖女』を探していた。



 数日間に及ぶ時間を過ごした悟は、再現体の黒兎やビルと契約している少女――クレアこそが『聖女』ではないかと目星をつけている。



(――だけど、クレアが『聖女』って呼ばれている風には見えないし、別の人物かな?)



 悟から見たクレアという少女は、非常にできた人間である。碌に素性も分からない悟に衣食住を提供してくれたり、他の村人達にはどんな些細なことでも手伝いを申し出ている。

 確かに黒兎やビルが『聖女』と呼びたくなるのも、第三者である悟でも理解できる。

しかしクレアが『聖女』であるならば、遅かれ早かれ――。



(――クレアは人々を助けようとして、魔獣を封印する為に自分を犠牲にする……)



 そして悠久の時間の果てに、悟達が住む地球を脅かす元凶に成り果ててしまう。

 あくまでも悟の予想だが、この世界は虚構にすぎず悟がどのような行動を起こそうと、その結果が今現在に反映されることはないだろう。

 それを承知で、これから起きるであろう『悲劇』に対して、悟はどういった風に向き合えば良いのか。

 魔獣を倒し続けた先に、現在も正気を失ったなまま苦しむクレアに対面した時、彼女に刃を向けることができるのだろうか。



 悟は複雑な感情を、この虚構の世界で共に過ごす彼女達に抱きながら、数日間を過ごしてきた。



(……それこそがビルの目的なんだろうな。魔法で作られた世界で、『聖女』――クレアと関わらせることで、僕から自主的に協力関係を申し出るようにと。本当に悪趣味だ)



 悪魔らしい手口である。質素ながらも食欲を唆るスープや柔かそうなパンを前に、悟は拳をぎゅっと握りしめて固まっていた。



「――ねえ、どこか体調でも悪いの?」

「……何でもないよ。さあ、食べようか」



 クレアの心配の言葉に、何でもないと答える悟。しかしクレアはその返答を聞いても、納得いかないという表情だ。同じ食卓につく黒兎やビルも、気遣う視線を悟に向けている。



(今いるビルと違うのは分かってるけど、何とも言い難い気分になるな……)



 悟がスプーンに手を取ったのを見て、他の者達も食事を始めた。クレアが午前中にあったことを楽しそうに語る。その内容は、村の畑に現れた魔獣を倒してきたというものだ。



 ――記憶が元に再現されたこの世界にも魔獣は存在する。地球にいる魔獣と変わらず、この世界においても魔獣は人々に仇をなしていた。ますます己の考えが正しいと思えるようになってきた悟は、決心を固める。



(――いつになるのかは分からない。クレアが『聖女』としての役割を果たす時が来たら、僕が彼女を――)



 悟の内心の呟きは、影に潜む住人以外に届くことはなかった。

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