第十二話 vs魔法少女フレイム②
「多勢に無勢かなー。なら、こういうのはどうかな? ――『フレイム・テンペスト』!」
瞬時に路地裏が炎の渦に包まれた。時間にして数秒にも満たない刹那。
しかしそれだけの時間で、百体近くいたトランプ兵達は全滅してしまった。
その光景に、悟は思わず呼吸するのさえ忘れて、思考が一時的に麻痺してしまう。
「やっぱり駄目だったか……次……! ――『■■の■の■■・ジャバウォック』!」
動揺は一瞬で治まり、悟はさらに魔力を半分注ぎ込み、紫色の『腕』を呼び出した。
(トランプ兵が役に立たないせいで、実質今有効な戦力は『腕』だけ……。あんな高火力の前に、黒兎が転位魔法を使う隙を確保するには……)
「いやー、今のは危なかったよ。君将来有望だね。『連盟』に来てくれたら、色々と便宜を図って上げるけど?」
「お断りさせてもらいます」
「そうかー、残念だなー。今ので降参してくれれば、お互いに無駄な労力を割かなくてもよかったんだだけど……」
フレイムからの『連盟』へのスカウト。断わられることは想定済みなのか、さほど残念がる様子は伺えない。
フレイムの魔力がより活性化され、大規模な魔法の前兆を悟は感じ取れた。
「じゃあ、続き行くよ」
真紅の魔力が収束し、フレイムの頭上に現れたのは巨大な火球。
もしも直撃すれば、魔法少女の肉体を有している悟とて無傷は避けられない。
「ど、どうするんだな! アリス!」
火球の大きさに焦りを覚えた黒兎が悟に打開策を尋ねる。
それに対して悟は努めて冷静に、黒兎にある作戦を小声で説明した。
「手短に言うね。黒兎には――っていう感じでお願いしたいけど、できる?」
「もちろんだな!」
「じゃあ、頼んだよ!」
黒兎は悟の肩に掴まる。何があっても、絶対に落ちないように。
悟はそれを確認すると、上空にある火球とフレイムを見据える。
「相談事は終わり? なら、そろそろ攻撃するね」
「――ジャバウォック! 僕を掴んで遠くまで投げ飛ばせ!」
悟の指示に『腕』は一瞬だけだが、戸惑うような仕草を見せる。しかし今ので悟の体を壊さない程度の力加減で掴むと、上空へ投げ飛ばした。
「はっ!?」
フレイムから驚愕の声が洩れる。けれど大規模な魔法を行使した直後の硬直のせいで、それ以上の行動を取ることができないようだ。
「くっ……!?」
華奢な体にかかる空気の抵抗に顔を顰める悟。それでも黒兎が離れることがないように、押え込む。
十分に距離が離したことを察知すると、悟は大声で黒兎に告げた。
「黒兎っ! お願い!?」
「了解だな! 転移魔法!」
勢いのままに空中を飛ぶ悟の先に『門』が形成されて、姿はその中に消えていった。
「ま、待ちなさ――」
フレイムの静止の言葉は、彼女自身が放った火球が着弾したことで発生した爆音によってかき消えた。
フレイムは視線を周囲にやるが、『腕』もいつの間にか姿はない。
彼女の口から大きなため息が吐かれる。
「ちぇ……逃げられちゃったな。また暴れ過ぎたから、アクアにも怒られるだろうなー」
フレイムの耳には、がやがやと騒ぐ表通りの人間の声や悲鳴、パトカーのサイレンが聞こえる。
経験上、説教の嵐からの始末書の山のフルコースになることを悟ったフレイムは、炎属性の魔法が得意であるはずなのに、無性に体の震えが止まらなかった。
■
『門』から悟の体が吐き出され、自然のままの地面の上を転がる。その拍子に、黒兎も悟の体から離れた場所に飛んでいった。
「くっ……」
勢いが完全に止まった後、悟の口から苦痛に耐える声が溢れる。
服から露出している柔らかい肌には、擦り傷や軽い火傷が目立つ。
「大丈夫なんだな!? アリス!?」
「うっ……僕は……大丈夫だよ……」
黒兎は慌てて悟に近づき、その安否を確認する。
魔力が四分の一以下まで減っているが、大きな傷はないように黒兎には見えた。
「引き分けでいいのかな……これは……?」
「そ、そうなんだな! 二回目の変身で熟練の魔法少女相手にあそこまで戦えてたんだ! 今はそれで十分なんだな!」
「なら安心できるな……」
黒兎の言葉に、安堵の表情を浮かべる悟。
その時の彼は、肉体だけではなく本当の少女のようであった。
ゆっくりと眩を閉じる悟を見ながら、黒兎は今後の展開について思考を巡らす。
(今回の一件で『連盟』の魔法少女と戦ってしまったんだな……。恐らく悟は未登録の魔法少女から、『魔女』として『連盟』に認識される……。これからの戦い、より厳しいものになってくるんだろうだな……)
■
「――『ブラッド・レイン』」
真紅のドレス姿の少女――エリザは魔法を発動する。
彼女の体から溢れ出た魔力が血に変換されて、槍を形成した。
壇上に登る指揮者のように、エリザは振り上げた右手を下ろす。その動作に合わせて、血の槍による串刺し攻撃が実行された。
悲鳴や怒号。エリザの耳に届く、人間が奏でる不協和音に、彼女は顔を顰める。
「はあ……あいつの頼みじゃなかったら、『連盟』の支部に殴り込みなんか絶対にしないのになあ……」
エリザは憂鬱そうな表情を隠そうとしない。
彼女が襲撃を行った『連盟』の支部は、今の所抵抗らしい抵抗は非殺傷の武器による反撃しかない。
所属している魔法少女は魔獣討伐の任務か何かで出払っているのか、不在であった。
(あいつ――黒兎が新しく契約した魔法少女。そいつの保護に動くであろう『連盟』の支部を私が襲撃することで、相手側の意識を他所にずらす……。やっぱり私の負担が大きくないか? この作戦。今度会ったら、もっと魔力を要求してやる……!)
エリザが内心で黒兎に細やかな復讐に燃えていると、遠方から巨大な魔力反応を感知した。
「へえ……ようやくお出ましか。まあ、捕まらない程度には働きますか。――『ブラッド・パルペー』」
迎撃に来る魔法少女に対して、エリザは事前に魔法を使っておく。
彼女の手に出現するのは、深紅の鎌。その鋭利な切っ先は、何者であっても容易く切り裂いてしまうだろう。
準備万端なエリザの前に現れたのは、青色のドレスの魔法少女――アクアであった。
アクアの賢さを象徴するような眼鏡の奥から、険しい目つきでエリザを視界に捉える。
「――貴女、『魔女』エリザで間違いはないでしょうか?」
「うん、正解だよって……私有名人?」
「最近活動が消極的だからと見逃していましたが、『連盟』の支部を襲撃するとは……。今日こそは拘束させてもらいます」
「いいよ、いいよ! しばらく体が動かしてないせいで、鈍ってんだよね。準備運動ぐらいには私を楽しませてよね!」
深紅の『魔女』と、蒼眼の魔法少女の両者は戦闘を開始した。




