夏祭りの時に出会った女神みたいなOLお姉さんと度々出くわすのでお茶して職場に招かれてデートするけど兄が追ってきたので最後に別れもなく都会を離れて以降会うことがなかった田舎から来た無職の話
都会に来たネズミとは僕の事だと思う。僕は女神のようなOLお姉さんにそう言った。
「それって、田舎の方が良かったってコト?キミは都会に来てなかったら、こんなに可愛いお姉さんと出会えなかったんだぞっ」
お姉さんはキラキラだ。都会のカフェというだけでキラキラなのに、さらにキラキラ。
店員がケーキを運んでくる。なんかチョコレート色のケーキ。
「んー。最高。これもキミと一緒に食べるからカナ?」
お姉さんは満面の笑み。僕もケーキを食べてみる。甘い。
「お姉さんと食べるケーキはどうよ?もう、最ッ高でしょ?」
「はい。美味しいと思います」
「キミ、なんか感情が稀薄?って感じ。どしたん?話聞こか?」
悩み───あるとすればこの状況。
「実は───お姉さんとどんな会話をしたらいいのか分からなくって」
キャハハ、とお姉さんは笑う。
「それは草。いやもうなんての。すっごいツボ。いいよ、キミ。それが田舎ジョークってやつか」
周りの客が驚いてお姉さんを見る。
「ごめん、ごめん。いや、ちょっとびっくりしたというか、安心したというか。実は好きな人ができて───とか言われたら心臓止まるとこだったし」
お姉さんは都会のコーヒーを静かに飲む。
「何かつまらないことでもいいから。私が面白くしてみせるし」
「じゃあ...ファックスってあるじゃないですか」
「待って。まずファックスが分からない」
「ファックス番号の時の音もそうですけど、送る時の音って聴かれてたらまずくないかなーって。音を聴いただけでどこにどんなものを送ったのか分かるのに」
「そ、そっかあ。お姉さん博識だから。物知りだからよく分かるよ、うん。そう、それって大事だよね」
「都会の人はいい人ばかりだから、それほど心配していないのですが、田舎だったら一発アウトです。こうやってお姉さんと話してるのだって、誰かに聴かれちゃってるわけですから」
「キミ、どんな田舎から来たの?」
「電車で一時間くらいのところ」
「結構お手軽な田舎だね!?」
僕はオレンジジュースを飲む。ケーキが甘かったせいでオレンジジュースが酸っぱい。
「では、僕はそろそろ」
「キミ、忙しくないでしょ。もうちょっと居ようよ。お姉さん寂しくて死んじゃう」
「いえ、結構忙しいので」
「無職のクセに?」
「トレーニングしないと。日課なので」
僕はお姉さんと別れてトレーニングを始めた。
僕とお姉さんとの出会いは、夏祭りだった。僕は他人のたくさんいるところには行かないから、偶然出くわしてしまった、というのに近い。夏祭りと。
茹だるような暑さの夏の夜だったから、商店でアイスクリンを買おうとしたら、ぼんぼりの灯りが見えて、きっと夏祭りでもしているに違いないと思った僕はその道を通らず別の通りへ。するとさっきの通りよりもぼんぼりが近い。さらに別の道へ出ると、もうぼんぼりが目の前で。どうやらこれは夏祭りに囲まれたっぽいぞと思った僕は、観念して夏祭りの中を歩いていった。人は多かった。屋台もたくさん。都会の夏の夜は蛍が飛んでないから寂しいところだと思っていたけど、こういうのも悪くないと思った。
屋台で買ったキュウリ味のアイスキャンデーを貪りながら来た道を帰る。電気が目の前を走りそうだったので僕は電気を素手で掴んだ。
「えっ」
その姿を見ていた人がいた。浴衣姿の美人なお姉さん。きっと女神の類だろうと僕は思った。
「何をしたの?」
「電気を手で掴みました。ほら」
僕はお姉さんに手のひらの電気を見せた。電気は徐々に放電していくから、ちょっと弱っていた。
「あなたは魔法使いかなにか?」
「ううん。ただの田舎の人です。田舎では電気を素手で掴むなんて普通だから。僕は生まれた時から出来てた」
「じゃあ、友達になりましょう」
「はい?」
「恋人がいいって言うの?田舎ってませてるのね~」
「キュウリ味のアイスキャンデー、美味しかったですよ」
そう言って僕はお姉さんの前から消えた。
「消えた...」
お姉さんはそう呟いていた。
そしてそこから約3日。偶然再会したお姉さんとお茶することになったわけだ。僕は全然覚えてなかったけど、お姉さんは僕のことを覚えてて、お姉さんから声をかけてきたのだ。
お姉さんは都会の人でOLらしい。一方の僕は失業して無職になって、職を求めて都会に来た。今日も頑張って就活するけど、なかなか職が決まらない。
日課のジョギング中にお姉さんに出会う。
「やあ。トレーニングしてるって言ってたから、そのうち会えるかもって思って」
お姉さんはトレーニングウェアを着ている。でもすっごいぜぇぜぇ言ってるから、多分いっつも走ってるって訳ではないのだろう。
「私、短距離派だから、長距離はイマイチで」
「走りながら話しますか?」
「は、走りながらッ!?」
最初お姉さんは驚いていたけど、何故だか観念した顔をした。
「よし。それほどお姉さんと一緒に汗だくになりながら運動がしたいんだね。分かった!しょーがないねっ」
汗だくになるほどとなると、相当な運動量だ。お姉さんが汗だくになるほど運動したいと言うなら仕方がない。
「ちょ、キミ。なんで木に上ろうと」
「汗だくになるくらいの運動となると、木から木へと跳び移る運動を山二三越えるくらいやらないと」
「ごめんなさい。お姉さんが悪かった。田舎を舐めてた」
お姉さんの要望で、普通にジョギングをする。
「ぜぇ、ハァ。田舎って暴走族とか、うぇっ。いるの?ウゲーッ」
「僕のとこにはいなかったです」
「ハッハッ。速。スピード落とそう。ウチ来ない、キミ」
「お断りします」
「おお!?一体どこと、アッーダメ死ぬ無理。勘違い、ゲッゲッ。お姉さんの部屋、ハァーゼェー」
お姉さんが限界そうなので休むことにする。
「はー。死ぬかと思った」
「まだ百メートルもしか走ってないですけど」
「ウチの会社に来てみない?って」
「お姉さんと一緒に仕事ってなると、いっつもおしゃべりばっかしてそう」
「キミにとって私はそんなオバハンみたいな存在なの!?」
そろそろ、職を決めないと。お金がないしな。
「あと、私、結構偉い人だったりするから、一緒に仕事することはないかなーって」
「面接受けます」
「キミ、もしかしてお姉さんのこと嫌い?ねえ、なにか言ってよ、キミー!」
面接で、その場で落とされた。
「いやー、まさか、ね。キミ、もしかして、いつもあんな感じ?」
「そうですね。気になると、つい」
部屋に飾ってあった壺を壊した。
「ま、落ち込みなさんなって。折角だし、お姉さんの働いてる姿でも見てってよ」
お姉さんの働いている姿は女神だった。みんなからはリーダーと呼ばれているらしい。お客様も、お姉さんも、職場の人も楽しそうだった。仕事って楽しいものなのだろう。
「お前ですリーダーの何なのさ」
若い男が声をかけてくる。お姉さんの職場の人。
「お前なんかがリーダーと合うわけがない。さてはストーカーってやつか。リーダーに金輪際近づくな。いいな」
僕は頷く。今までお姉さんから近づいて来ていたのだけれど、まあ、いいか。
「じゃあ、お姉さんにさよならと言っておいてください」
僕は男の人に伝えた。男の人は化け物を見るような目で僕を見た。
今日もまた、お姉さんに捕まり、水族館へ。お姉さんは純粋に凄いと思う。
「ほれ。これ、デートなんで。カップル料金」
申し訳ありませんが当館ではそのようなサービスを行っておりませんのでさっさと別の施設に逝きやがれくださいませ、とやんわり断られる。
「キミ、水族館の人にニヤニヤし過ぎじゃない!ムッツリ?」
「なんとなくだけど、お姉さんがイライラしている気がする」
「心の声がそのまま言葉になってるケド」
水族館なんてほとんど行ったことがなかったものだから、新鮮。
「これだけ弱ってたら、美味しくなさそうだな」
せめて焼魚か。
「お魚より私を見て、って、キミ。すごい斜め上の感想」
「空腹で耐えられないとき、よく海へ行って捕ってたから。海には必ず魚がいるから」
たまに毒のある魚も食べたな。
「ま、その、ごめん」
お姉さんは僕の腕に抱きつく。
「私の後輩が失礼なこと言っちゃって」
この前の男の人のことか。
「別にあの人とはなんともないの」
サメ。フカヒレは美味しいらしいけど、作るのも大変。サメは一撃では倒せないし、海の生き物はみんな臆病ですぐ逃げるから、仕留めるのも難しい。
「実際、お姉さんは女神だと思う」
「えっ告白。マジ。突然すぎるんですけど」
「女神と普通の人は接点なんてないから、あの男の人の言ってることは間違ってない」
「え。フェイントで別れ話?いや、このタイミングで?待って。作戦タイム」
お姉さんは僕の腕から離れて、一人クラゲの水槽へ。あ、ウミウシ可愛い。
「キミは私にとって普通なんかじゃないよ。特別なんだから」
ひととおり水槽を見終わって、お姉さんと別れた。
「HEY!大将やってる?」
「久しぶりだな」
元同僚が僕の部屋を訪ねてきた。
「どうよ」
「上手くいかない。都会ってやっぱ変」
そうだろそうだろ、と元同僚は言う。
「んで、今日来たのはさ、忠告。お前の兄貴が近くまで来てる」
「じゃあ、ここが見つかるのは時間の問題か。分かった。またどこかに流れるよ」
そして次の日、僕は都会から離れた。お姉さんにはそれから一度も会っていない。