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城へ戻ると、中世風のチュニックを着た男性が城門のところで立っていた。
俺がこの城へ着いた時も同じように城門のところで国王達を迎えたので、おそらくこの城の執事か何かなのだろう。
「すまない。ジェド」
レニエが手を上げると、ジェドは深々とお辞儀をした。
「陛下は執務室でお待ちです」
「うん。ありがとう」
レニエは言葉短く答えるとひらりと馬から降りる。
すかさず、ジェドと同じようなチュニックを着た男たちが出てきて、レニエの馬を引いていく。
俺のそばにも寄って来て、跪き俺が馬から降りる手助けをしてくれた。
なんか、格好悪いなぁ。
レニエの言う通り、馬に乗る練習をしよう。
「さぁさぁ、陛下がお待ちですよ」
レニエは何が楽しいのか、馬から降りた俺を急かすように背を押した。
「レニエ、お前、何か企んでいるだろう?」
疑いの眼差しを向けると、レニエはおかしそうに片目をつぶった。
「もちろんです」
自身満々に断言したよ、コイツ。
はあと俺は大きくため息をついた。
この世界に召喚されてから3日と経ってはいない。
だが、そんな俺でもはっきりと分かることがあった。
それは、能天気なあの国王が曲がりなりにも国のトップをやって来れたのは、レニエのおかげだということだ。
レニエが何を企んでいても、国王が従うのは間違いなかった。
「信頼はしてるよ」
ポツリとつぶやくとレニエは少し目を開き、ニヤリと笑った。
その笑みにわずかに怖くなり、
「俺への負担も考えてくれれば、な」
と念押しすると明後日の方向を見た。
いや、そこもちょっとは考えてくれよ。
レニエにとって国王第一なのかもしれないけど、俺だって人間だぞ。
勇者だって持ち上げられても、できないものはできないんだからさぁ。
執務室には、国王と王妃、そしてアランと騎士が何名か待っていた。
「レニエ、待っていたぞ」
俺たちが部屋へ入ると、待ちかねていたのか国王が椅子から立ち上がりかけながら言った。
「お前たちが出かけて行ってからすぐに、コレ、ああいや、このモノ? いや、この方が来られたのだ」
国王が戸惑い気味に視線をやった先には、天井まで届く高い書棚の最上部に止まった、一羽の黒い鳥がいた。
カラス?
首を傾げるまでもなく、その鳥、間違いなくカラスは、書棚を飛び立ち、国王の机の縁に降り立った。
「そろそろお越しと思っていました」
レニエはそのカラスに向かって膝を折り、深々とお辞儀をした。
「学院長殿」
「ええええ! この世界ではカラスが学院長するのか!?」
さすがに驚きすぎて声に出してしまう。
途端に「は?」という顔で全員がこっちを見た。
あ、違う?
違いますよね?
よくあるアレですよね?
カラスに変身した魔法使いとか、そういう・・・。
「コホン」とレニエが咳払いして真面目な顔をこちらに向けた。
「貴方が仰りたいのは、この方が獣人族かどうかということですか? それとも、獣人族でも学院長になれるのかどうかですか?」
「あ、いえ、えーと」
冷汗をかきながらポリポリと額をかく。
獣人族?
またなんか、新しい種族が出てきたぞ。
「その質問には『いいえ』と『はい』とお答えします」
「と、言いますと」
「まず、このカラスは当代の学院長が使役している鳥ですので、獣人族ではありません。そして獣人族は魔法が使えないので、魔術学院の学院長になるのは難しいですが、学院はその可能性を閉ざしてはいません」
「ちょっと待って。まず前提条件で、『獣人族とは何ですか?』」
「あ、そこからですか?」
「そこからです」
レニエはうーんと唸って、カラスをチラリと見た。
『我々は待つ時間はある』
突然カラスがしゃべり出して、ビクリとそちらを見る。
カラスはそんな俺をしげしげと見つめた。
『勇者殿は我々の魔術には不慣れなようだ。説明が必要では無いか?』
レニエは困ったように頭を巡らし、思い直したようにコチラを見た。
「勇者殿、そもそもどこまでご説明したでしょうか?」
「そもそもどこまでご説明されたでしょうか?」
「・・・・・・・・・」
真面目に返すと沈黙が部屋に降りた。
うわー、気まずい。
でも、何だかんだのバタバタで、まともな説明受けて無いんだよね。
『カァッカァッカァッ』
カラスが笑い声なのか鳴き声なのか分からない声を出した。
『なるほど、そちらの事情は分かった。レニエ、そなたが「勇者召喚」の事実をもって我々に交渉しなかった理由もな』
「あ、いえ、それは」
レニエが珍しく狼狽した声を出した。
『だが、まぁ良い。そなたが考えた通り、それは我々にとっては瑣末な事だ』
そしてカラスは俺に顔を向ける。
『勇者殿、そんなわけで貴殿は何も知らずに我々の申し出を受ける気は無いか?』
「は? 中身を見ずに契約書にサインをしろと?」
冗談じゃないというニュアンスで言ったのに、カラスはしたり顔で頷く。
『そうだ。その勇気が貴殿にあるかな?』
「勇気というよりただのバカだろ? それは」
『カカカカ』
カラスはまたもや笑い声か鳴き声か分からない声を出した。
そして俺の返事を待つように小首を傾げる。
俺はチラリとレニエを見た。
レニエはすでに諦めきった顔をして明後日を見ている。
俺はこの部屋へ入る前のレニエとの会話を思い出した。
「信頼すると言ったしな」
小さく呟くとカラスを正面から見つめる。
「いいよ。何をすればいいんだ?」
レニエが目を丸くして俺を見たのは分かった。
だが俺はカラスから目を離さず、真っ直ぐに見る。
カラスは突然ただの鳥に戻ったかのように、首を細かくあちこちに動かしながら、机の上を右へ左へと歩き回った。
『良いだろう。では、コチラへ』
カラスが手招きするように翼を広げる。
「勇者殿、あの」
一歩カラスへ踏み出した俺に、レニエが思わず声をかける。
「この国にとって悪いことはしていない。だろ?」
「ええ、まぁ」
レニエは歯切れ悪く頷く。
「なら、大丈夫だろ?」
「うーん」
「そこは大丈夫ですって言えよ! 不安になるだろ!」
「フフ、すみません」
いつもの人の悪そうな笑顔に戻った後、レニエはカラスを横目に見ながら俺に言う。
「魔術学院に所属している魔術師は『良き人』ですよ。間違いなく」
カラスは素知らぬ顔で翼の毛づくろいを始める。
レニエは小さくウィンクする。
その意図に気づき、俺も大げさに頷く。
「ああ、信じてるよ。魔法を使う人は素晴らしい人ばかりだってね」
俺の言葉にカラスがわずかに顔を顰めてこちらを見た気がした。
レニエはにっこり笑う。
「もちろんです」
『猿芝居をいつまで続けるつもりだ』
カラスがイライラしたように言う。
『我々はエルフとも学園の者とも違う。それは知っているはずだ、レニエ』
「ええ、もちろんです。だから安心して勇者殿を預けることができるという話をしているのです」
レニエはすました顔でそう言うと、俺の手をギュッと握った。
(いいですか、彼らの質問にだけ答え、それ以外は一切しゃべってはいけません)
突然頭に響いた声にギョッとするが、レニエはニコニコと俺を見ていた。
(分かった)
心で考えたことが伝わるのか分からないが、短くそれだけ念じて、俺はカラスに近づいた。
『コレを』
カラスは再度翼を開いて、その翼から手鏡を取り出した。
まるで手品師みたいなその仕草に見惚れそうになるが、気を引き締めて手鏡を受け取った。
『鏡の中を見るのだ。そして、後は我々に任せよ』
言われた通り、鏡に集中する。
途端にエレベーターが動く時のようなフワリとした感覚、そしてエレベーターが止まる時のようなグンと引っ張られる感覚が身体を覆う。
そして、気づくと何もない真っ暗な部屋に立っていた。