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「テッド殿が、城のどこにもいません!」

「何だって!? アラン、それはどういうことなのだ!」

「分かりません、兄上! ただ、テッド殿の居室にこのようなものが!」

アランは国王に手紙のようなものを渡した。

それに素早く目を通す国王。

やがて深いため息をつきながら、手紙をアランに渡した。

「兄上」

「全て私が悪いのだ。テッドの苦悩を気づいてやらなかったばかりに」

「兄上、テッド殿は何と書いていたのですか?」

「テッドの率いる傭兵達が辞めていったことの謝罪と老齢により以前のような働きが出来ないことへの悔悟と」

国王は俺たちに背を向けたが、その肩は震えていた。

「全ては己の力不足によるものだから、責任をとって隊長職を辞職する。私に直接伝えれば決心が鈍るから、手紙で伝える無礼を許してほしい、と」

「失礼します」

アランは手紙を開け、自分も目を通す。

「クッ」

そして顔を歪め、俯きながら手紙をたたみ、国王に渡した。

「テッドが責任を感じることはなかったのだ。全ては私が悪かったのだ」

国王は俺たちに背を向けたまま肩を震わせ続けた。

「なぜ、もっと早く。なぜ、私は」

そのまま声は涙声になり、続かなかった。

「手紙の日付は1ヶ月前です。ちょうど勇者召喚で忙しくて、テッド殿にベルジュ城の防備など全てお任せしていた時です」

アランは辛そうに瞳を閉じた。

「そろそろ引退させてほしいと言っていたテッド殿を無理に押し留めたのは私です。テッド殿を追い詰めた責任は私にあります。兄上が責任を感じる必要はありません」

「それは違うぞ、アラン。やはり、全ての責任は私にあるのだ」

そう言いながら国王はガックリと膝をついた。その国王をアランは抱えるように肩を抱きしめた。

「兄上、こうしてはいられません。リジエール伯はいつベルジュ領を攻めるか分かりません。私は陛下について来た騎士たちにお願いして城の防備についてもらいます。兄上も、すぐにも援軍を各貴族にお願いしましょう」

「ああ、そうだな。アラン」

国王は俺へと視線を移した。

「勇者殿、お見苦しいところを見せてしまった。勇者殿もお疲れであろう。部屋を用意するからゆっくり休んでください」

「えっと」

俺はぽりぽりと額をかいた。

休めと言われて休めるような雰囲気ではない。

どうしようかと悩んでいるところに、

「ああ、陛下。アラン殿。こちらですか」

レニエが塔への階段を登りながらやって来た。

「レニエか。大変なことになった」

国王は真っ青な顔をレニエへと向けた。

「どうしました? いつになくお顔色が悪いですが」

「テッド殿が出奔したのです」

アランが国王に代わってテッドのことを説明する。

「なるほど。どうりで姿が見えないはずです」

レニエは顎に手をやり、しばらく考え込んだ。それから、振り払うように頭を振った。

「アラン殿、こうはしておれません。テッド殿がいないなら、貴方がこの城の防備を整えないと」

「ええ、兄上にもそれを今提案したところです。さ、兄上、参りましょう。少しでも応援の要請をするのです。まだ、王家に忠誠を誓っている貴族は多いでしょう」

「うむうむ。そうだな」

国王はよろよろと立ち上がり、アランに抱えられるように塔を降りて行った。

その姿を見送る俺とレニエ。


ん?


「レニエ、国王について行かなくていいのか?」

俺と並んで国王を見送るレニエを見ると、彼は小さく肩をすくめた。

「宮廷魔導士としての仕事は終わりました。後はアラン殿にお任せしますよ。軍事に関しては、私は役立たずです」

俺はジッとレニエを見つめた。

「何ですか?」

「レニエ、テッドのこと、知っていたんだろ?」

レニエは首を傾げる。

「なぜ、そう思うのですか?」

「質問に質問で返すなよ。そもそも否定しないんだな」

俺は中庭を横切って居館の中へと入る国王とアランを見た。

「国王があそこまでショックを受ける人なんだろ? テッドって人は? それなのにレニエは随分平気そうだったから」

レニエに視線を戻すと、レニエはくるりと瞳を回した。

「そうですね。何ヶ月も前にテッド殿から相談を受けていましたから」

「もちろん、引き留めたんだろ? レニエがテッドを唆したんじゃ無いだろ?」

「それを私に聞くということは、私がそうしたと貴方は思っているということですよね」

「レニエ!」

話を混ぜ返そうとするレニエに、思わず声を荒げてしまった。

「お察しの通りですよ。テッド殿に辞任を勧めたのは私です」

俺は大きくため息をついた。

「何でそんなことを」

レニエは首を横に振った。

「テッド殿の身体も心ももうボロボロだったからです」

「え?」

「彼は陛下がご幼少の頃からこのベルジュ領の傭兵隊長をしていました。ベルジュはご覧の通り貧しい土地です。ろくに傭兵代を払えてなかったのに、先代男爵に恩を感じて、少ない代金で仕え続けていました。ですが、さすがに年齢には勝てず、最近は剣を握るのもままならなくなっていました。後継者を探そうにもベルジュが支払える代金では若い傭兵が来ないばかりか、彼を慕っていた傭兵達も次々と辞めていっていたので、ますます彼への負担が大きくなるばかりでした」

「あー、なるほどねー」


定年退職という概念なんてこの世界には無いだろうし、死ぬか退職かしか辞められないんだろうなぁ。


「テッド殿は何度か陛下やアラン殿に辞任の申し出をしましたが、陛下もアランもテッド殿を父のように慕っていたので、『傭兵としていなくてもいい、ただそこにいるだけでいい』と首を縦に振らなかったのです。でも、その『ただそこにいるだけでいい』こそが、テッド殿からすれば耐え難かったのです」

「で、レニエに相談を?」

「私の所に来た時にはかなり思いつめた顔をしていて、開口一番『いい死に場所は無いか』でした」

「え? そんなに?」

「はい。どこからか帝国が魔族討伐軍の要請をしたと聞きつけて、『そこに一兵卒として入れてくれ。最期に戦働きでご恩に報いたいのだ』と言って来て。『そうならないように陛下は尽力しているし、討伐軍を出すことになっても、テッド殿がそこに入るのは絶対に許さないだろう』と伝えると、声を上げて泣き出しましてね」

「黙って出て行くことを勧めるしかなかった」

「そうです」

レニエは仕方なさそうに肩をすくめた。

「でも、タイミング悪すぎるだろ〜!」

頭を抱えると、レニエは悪びれもしないで微笑んだ。

「そんなもんです」

「お前は〜!」

「逆に考えましょうよ。今の状況にテッド殿がいらしゃったら、『最期の奉公だ!』と言って、王都へ特攻をかけかねないですよ」

「そういう人なの?」

「そういう人なのです」

「はあー」

俺は大きくため息をついた。

「で、宮廷魔導士としての仕事は終わったと言っていたけど、何か策はあるのか?」

「まぁ、多少は」

そこまで言って、俺をチラリと見た。

「最後の一押しが必要ではありますが」

「うん?」

レニエは俺を見てイタズラっぽく笑った。

「少し出かけませんか?」

「いいのか?」

「先ほども言いましたが、私の役目は一通り終わりました」

「いや、そうじゃなくて。攻めてくるかもしれないんだろ? リジエール伯が」

「ああ」

何だそんなことかとレニエは肩をすくめた。

「大丈夫です。彼はしばらく何もできませんよ」

「そうなの?」

「はい。私たちが生きてココにいる。それだけで彼らより一歩先んじているのです」

「ふーん?」

「それより、勇者殿は馬に乗れますか?」

「全然」

レニエは何がおかしいのかクスリと笑った。

「だと思いました」


俺とレニエは馬に乗って城の外へと出た。

レニエは普通に馬に乗れているが、俺は従者に引いてもらいながらだった。

馬はかなり背が高く、しかも揺れるので、引いてもらいながらでもバランスを取るのが難しかった。

「勇者殿、時間がありましたら馬に乗る練習をなさられた方がいいですよ」

「そ、うです、ね」

バランスを取りながら何とか答える。

「ち、なみに、まだ、ですか?」

「いえ、もう着きましたよ」

レニエは少しだけこんもりと盛り上がった丘の麓で止まった。

「ここから少し歩きましょう」

レニエは馬にくくりつけていた荷物を持つと、丘を登り始めた。

従者に助けられて馬から降りた俺は慌ててついて行く。

そんな俺たちを従者は一礼して見送った。

丘の中腹に不自然に開いた場所があって、レニエは真っ直ぐにそこへ向かっていた。

「レニエはベルジュのことをよく知っているの?」

俺の質問にレニエは肩をすくめる。

「どうでしょう? 陛下がご幼少の頃からの付き合いなので、かれこれ40年ぐらいですが、長いですかね?」

「充分長いよ! え、レニエって今いくつなの?」

「自分の年は数えてないので、100にはまだ届いてないかと思いますが」

「100!」

目を丸くするとレニエは首を傾げながら俺を見た。

「驚くことですか?」

「驚くよ! 100って言ったら、人間だとかなり高齢だよ! エルフってやっぱり長生きするの?」

「そうですね。ハーフエルフで200歳ぐらい。エルフだと1000歳ぐらいですね」

「じゃあ、魔族討伐の時から生きてるエルフもいるんじゃ?」

「そうかもしれませんが、フィアビタンスにいるエルフは魔族討伐に参加しなかったエルフですから、当時のことを知っている者はいないかと」

「あー」

ガッカリした表情が顔に出たのか、レニエはクスクス笑った。

「いたら、勇者についてもっと調べています」

「だよねー」

「着きましたよ。ここが目的地です」

レニエが立ち止まった先を見ると、木々の中明らかに人の手が入っていると分かる広場があった。

「ココは?」

「この辺りにのみ伝わる信仰の場所みたいなものです」

広場の奥には、石で積まれた祭壇のようなものがあり、その奥には不自然に開いた洞窟があった。

遠目に見えた丘の中腹にあった開けた場所はココのようだった。

「どんな信仰?」

祭壇の奥の洞窟を覗き込みながら、レニエに聞く。

「勇者信仰」

「え!?」

慌てて振り返ると、レニエはおかしそうに笑った。

「誰も忘れ去っていた信仰ですよ。何となくココは神聖な場所なんじゃないかなぁ、程度のね。初代勇者を召喚した場所だと判明したのはつい数十年前ですし、召喚術を何とか解明できたのはほんの1年前です」

レニエは笑いながらそう言った後で、わずかに顔を引き締めた。

「とはいえ、公にしていない話をなぜ帝国は?」

「スパイがいるということ?」

俺の質問にレニエは肩をすくめる。

「スパイぐらいいるでしょう? それに我々もそこまで秘密にしていませんでしたしね」

「はぁ!? 何で?」

「勇者召喚なんていい年した大人が本気にするものでは無いからです。これは子供の遊び、少年の夢みたいなものですよ」


まぁ、実際に召喚されて何の役にも立ってない者がココにいるからね。


「でも帝国は信じた」

「帝国と先王ですね」

「先王?」

「王妃様の御父上ですよ」


今の国王が入り婿なら、そうなるよね。


「あ! そうだ、レニエ! 国王が入り婿だって言ってよ!」

「あれ? 言ってなかったですか?」

「言ってないよ! 本人から聞いたんだからね!」

「まぁまぁ、貴方がそれを知ったからって大勢に影響はないでしょう?」

「そりゃそうかもしれないけど」

「そんなことより、中に入ってみませんか?」

「入れるの?」

「もちろんです。私と友人はよくここを遊び場にしていました」

そう言いながらレニエはズンズンと洞窟の奥へと入って行く。

「レニエにも友人がいたんだ」

ついて行きながらそう言うとムッとした声が返って来た。

「いますよ。もっともアレは、友人というより、悪友、いえ、腐れ縁みたいなものですけど」

中は洞窟というより、石で組まれた祠のようなものだった。

奥はそれほど深くなく、入り口から届く明かりで充分見渡せるほどだった。

「レニエも勇者召喚に憧れたクチ?」

壁を触るとつるりとした感触で、随分磨き上げられた石だな、と思った。

「私ではなく、友人ですよ」

仏頂面でそう言うレニエの声には、どこか懐かしむような響きがあった。

俺はニヤリと笑う。

「床に魔法陣とか描いたりしたんだろー?」

俺たちで言うヒーローごっこにレニエもハマっていた時代があったのかと思えば、何だかおかしかった。

俺はデタラメな魔法陣を描く真似をして、ふと床に何かの紋様があることに気づいた。

「あれ? もしかしてこれ?」

「やっとお気づきですか? 初代勇者を召喚した魔法陣です」

「ええ!?」

俺は慌てて飛び退る。

「貴重な遺跡じゃん! もっと早く言ってよ!」

「最初にここで初代勇者が召喚されたと言いましたけど」


あー、そういえば、そうだった。

レニエがズカズカ入って行くから、そんな貴重な場所だとは思わなかったよ。


改めて、この世界には「文化財保護」という言葉がないことを思い知る。

「別に気にしなくていいですよ。ここの魔法陣はほぼ解明されていて、同じものを城の地下に再現できていますから」

そう言いながらレニエは地面を指した。

「ほら、見覚えありませんか?」

「見覚えと言われても、召喚された時の記憶なんて何にもないよ」

そう言いながらレニエが指差す方を見て、首を傾げた。


何だろう?

あの紋様、どこかで見たことが。


しげしげと眺めて、「あ!」と思いあたる。


「子だ!」

「コ?」

「ん? いや、待てよ。そっちも見覚えがある」

俺は「子」という文字に見える紋様の斜め下を見つめた。

「え? あれ? だったらこっちはネか?」

「ネ?」

俺は「子」と見える紋様にチラリと視線を走らせた後、次の紋様のさらに斜め下を見た。

「やっぱりトラだ!」

それから「子」という文字に戻る。

「子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥! これ、十二支だ!」

「ジュウニシ?」

ポカンとするレニエに俺は得意げに語る。

「俺たちの世界で時間とか方角を示す時に昔の人が使っていた単位だよ!」

「時間と方角が、単位が一緒なんですか?」

「あ、えっと。時計があってね、この丸い円を十二等分して、時間を示すんだけど、この方向が方角と近いからかなぁ、とにかく一緒に使われていたんだよ!」


あー、もう!

俺たちの世界の話を説明するの難しすぎ!


「あれ? でもこれが十二支だとすると、初代勇者を召喚した人って日本人?」

さぁっと血の気が引く気がした。

「ちょっと待って。勇者って異世界から召喚される者なんだろ? でも勇者を召喚した人は俺たちの世界の、しかも日本人、ってどういうこと?」

混乱する俺の手をガシッとレニエが握った。

「やはり私の見立ては間違いなかった! 貴方はこの紋様が分かる、いえ、読めるのですね!」

「いや、読めてる訳ではないよ。俺達の国の言葉に似ているというだけで」

「充分です!」

レニエは俺の手を握ったままニヤリと笑った。

「これで勝ち目が出てきました」

「は?」

「さぁ、帰りますよ」

「いや、でも」

「忙しくなりますよ。少なくとも貴方には、やってもらわなければならないことがあります」


何だろう。

ものすごく嫌な予感がする。


ウキウキと歩き出すレニエの背を見つめながら、予感が外れてくれと俺は願った。

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